米山海水浴場から柏崎刈羽原発を望む

2016年9月10日 撮影
聖ヶ鼻 - 米山海水浴場
米山海水浴場(新潟県柏崎市米山町)は、米山福浦八景の一つである聖ヶ鼻 (ひじりがはな) の真下にある海水浴場である。
海開きは、毎年7月上旬で、8月のお盆まで海水浴を楽しめる。

写真は、聖ヶ鼻の展望広場から撮影したもの。
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聖ヶ鼻 - 米山海水浴場
昔、越前から来た泰澄上人 (たいちょうしょうにん) が、八崎の一番高い岬で修業中、沖を通る船に鉄鉢を飛ばし、食べ物の寄進を受けた。船頭たちは、鉢が飛んでくるところから「八崎」を「鉢崎」と呼び、土地の人は上人の住む岬を聖ヶ鼻と名づけたと伝えられている。
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柏崎刈羽原子力発電所 - 米山海水浴場
海岸から見て北東には、柏崎刈羽原子力発電所が見える。直線距離にして約20km。
2007年(平成19年)の新潟県中越沖地震では最大993ガルの揺れを観測し、中央制御室では数十秒間にわたり続く揺れのために計器の確認ができないほどだったが、運転中の全ての原子炉は緊急停止して安全が確保された。
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松田伝十郎の石碑 - 米山海水浴場
松田伝十郎 (まつだでんじゅうろう) は、1769年(明和6年)、米山町に生まれた。
1808年(文化5年)、間宮林蔵とともに樺太に渡り、松田は西海岸を、マニ屋は東海岸を探検した。死線を越えて北緯52度のラッカ岬から西方を望み、大陸の山々を見たことで、樺太が離島であることを確認。日本国境の柱を立てて引き返した。

展望広場には、伝十郎の偉業を称えた石碑が建立されている。
2007年(平成19年)の新潟県中越沖地震で発生した土砂崩れによって埋もれてしまったが、その後引き上げられ、2010年(平成22年)に現在の場所に再建された。
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米山海水浴場
浜の広さは、長さ200メートル、奥行き30メートルの砂浜だ。
トイレやシャワーはあるが、更衣室は2件ある浜茶屋を利用する。
サーフィン、ボードセイリング、水上スキーは禁止。家族で楽しめる、のんびりとした海水浴場だ。
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米山海水浴場
米山町には、俳人松尾芭蕉が宿泊した俵屋跡がある。

米山町の南東には、新潟県中越地方と上越地方との境に位置する米山(標高992.5メートル)がある。きれいなピラミッド型の頂上部をもつ山容はよく目立ち、古くから海上交通の目印ともされてきた。
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米山駅
最寄駅は、JR信越本線の米山駅。1897年(明治30年)に開業し、現在は無人駅である。
駅舎は、JA柏崎の旧米山支所と診療所が共同利用している。JAの窓口は合理化により閉鎖され、現在はATMのみが稼動している。
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交通アクセス

【鉄道】
  • JR信越本線「米山駅」から徒歩で5分
【自動車】
  • 北陸自動車道「米山I.C.」から10分
行き方ナビ
出発地の最寄駅:

目的地:米山海水浴場

近隣の情報

参考サイト

(この項おわり)
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