宇和島城は五角形

2018年12月29日 撮影
天守 - 宇和島城
天守
宇和島城 (うわじまじょう) (愛媛県宇和島市丸之内1番地)は、標高76メートルの丘陵に築かれた平山城で、1601年(慶長6年)、藤堂高虎 (とうどう たかとら) が天守を築城した。
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登り口 - 宇和島城
登り口
登り口から天守まで徒歩で20分ほどを要する。
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石垣 - 宇和島城
石垣
上空から見ると五角形になっており、いまは埋め立てられているが、かつては五角形の堀に囲まれていた。かつて西側は海になっており、このため島の名が付いている。
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石段 - 宇和島城
石段
941年(天慶4年)、警固使の橘遠保 (たちばなの とおやす) 藤原純友の乱を鎮圧する際、この地に砦を構えたのがはじまりとされる。

藤堂高虎は今治に転封となり、伊達政宗の長子・秀宗 (ひでむね) が1615年(慶長20年)に入城。2代宗利 (むねとし) の時に大改修を行い、1671年(寛文11年)に3重3階の天守となり、現存12天守としてその姿をとどめている。
藤堂高虎は築城の名手として、宇和島城のほか、今治城、篠山城、津城、伊賀上野城、膳所城、二条城などを築城した。
石段は狭く、S字カーブを描くように敷かれており、天守へ攻め込むのが難しい。
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甲冑 - 宇和島城
甲冑
天守の1階には、伊達家7代当主の宗紀 (むねただ) 、8代当主の宗城 (むねなり) の肖像画や甲冑、城の模型などが展示されている。

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宇和島城下絵図屏風 - 宇和島城
宇和島城下絵図屏風
天守の1階には、1700年(元禄13年)頃に宇和島城を南西の方角から描いた鳥瞰図「宇和島城下絵図屏風」の複製画展示されている。これを見ると、堀の西側が海だったことがわかる。
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天守からの眺望 - 宇和島城
天守からの眺望
天守の3階から宇和島の街と海を望む。
1900年(明治33年)頃より櫓や城門が解体されたが、1934年(昭和9年)、国宝(現行法の重要文化財)に指定される。1945年(昭和20年)7月、空襲により大手門を焼失。1950年(昭和25年)、天守が重要文化財に指定された。
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宇和島鉄道1号形蒸気機関車
宇和島鉄道1号形蒸気機関車
最寄り駅となるJR四国(予讃線)宇和島駅の前には、かつて宇和島鉄道を走っていた1号形蒸気機関車の複製が展示されている。1913年(大正2年)、ドイツで5両が製造されたうちの1両で、遠州鉄道奥山線で1956年(昭和31年)まで活躍していた。
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ぱふぅ家が訪れた現存12天守

  1. 弘前城(青森県)
  2. 丸岡城(福井県)
  3. 姫路城(兵庫県)
  4. 松江城(島根県)
  5. 丸亀城(香川県)
  6. 松山城(愛媛県)
  7. 宇和島城(愛媛県)

交通アクセス

【鉄道】
  • JR予讃線「宇和島駅」から徒歩約15分
行き方ナビ
出発地の最寄駅:

目的地:宇和島城
宇和島城 関連

参考サイト

近隣の情報

(この項おわり)
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