2007年9月11日 新大阪駅 写真:パパぱふぅ
新幹線0 系電車は、1964 年に「夢の超特急」として登場した初代新幹線車両である。営業最高時速は 220km/h。1986 年(昭和 61 年)までに改良を重ねつつ、合計3,216 両が製造された。
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0 系の営業最高速度は 220km/h と500 系の 300km/h に比べて 80km/h も遅く、700 系が投入された 1999 年(平成 11 年)9 月 18 日、「こだま 473 号」として最後の走行、JR 東海区間からは姿を消した。
その後は山陽新幹線区間で「こだま」として活躍。N700 系が投入された 2007 年(平成 19 年)7 月のダイヤ改正後も現役を続行中。2008 年(平成 20 年)12 月 14 日にラストランを迎えた。

全長は在来線車両より 5 メートル長い 25 メートル、全幅は在来線車両より 50 センチ以上広い 3.4 メートルで、普通鋼を使用しているため、1 両あたりの総重量は 64 トンにも達する。これは、鉄道博物館に展示されているC57 形式蒸気機関車に匹敵する重さである。

車体デザインは空力特性を考慮してた流線型になっているが、設計に携わった国鉄技術者の三木忠直は旧・日本海軍の技術将校であり、日本海軍の双発爆撃機「銀河」をデザインモチーフにしたと語っている。
0 系は、未経験の新技術は使わず、それまでに日本の鉄道が蓄積した、実証済みの技術の集積によって開発された、きわめて堅実な設計となっている。

主電動機出力は 185kW で、1964 年(昭和 39 年)当時、日本における電車用モーターとしては最強であった。これを 1 両あたり 4 基搭載し、16 両編成時には 11,840kW(約 16,000馬力)の出力を発揮している。100 系より出力が大きい。
当初、東海道新幹線は 12 両編成だったが、大阪万博(1970 年)の輸送力増強の必要性から 16 両編成となった。
その後は山陽新幹線区間で「こだま」として活躍。N700 系が投入された 2007 年(平成 19 年)7 月のダイヤ改正後も現役を続行中。2008 年(平成 20 年)12 月 14 日にラストランを迎えた。
全長は在来線車両より 5 メートル長い 25 メートル、全幅は在来線車両より 50 センチ以上広い 3.4 メートルで、普通鋼を使用しているため、1 両あたりの総重量は 64 トンにも達する。これは、鉄道博物館に展示されているC57 形式蒸気機関車に匹敵する重さである。
車体デザインは空力特性を考慮してた流線型になっているが、設計に携わった国鉄技術者の三木忠直は旧・日本海軍の技術将校であり、日本海軍の双発爆撃機「銀河」をデザインモチーフにしたと語っている。
0 系は、未経験の新技術は使わず、それまでに日本の鉄道が蓄積した、実証済みの技術の集積によって開発された、きわめて堅実な設計となっている。
主電動機出力は 185kW で、1964 年(昭和 39 年)当時、日本における電車用モーターとしては最強であった。これを 1 両あたり 4 基搭載し、16 両編成時には 11,840kW(約 16,000馬力)の出力を発揮している。100 系より出力が大きい。
当初、東海道新幹線は 12 両編成だったが、大阪万博(1970 年)の輸送力増強の必要性から 16 両編成となった。
(この項おわり)
