anti-apartheid struggle

反アパルトヘイト闘争

意味

ネルソン・マンデラ - 反アパルトヘイト闘争
反アパルトヘイト闘争。

南アフリカ共和国では、1948年(昭和23年)、全人口の16%を占める白人が非白人を人種に基づいて差別するという政策が行われており、アパルトヘイト(Apartheid)と呼ばれた。アフリカーンス語で「隔離」を意味する。アパルトヘイトは、政治、経済、社会の全分野にわたり、すべて法制化された。
ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela、1918年(大正7年)~2013年)は1944年(昭和19年)、アフリカ民族会議(ANC)に入党し、反アパルトヘイト闘争を開始した。1961年(昭和36年)、ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)という軍事組織を作り最初の司令官になったが、その活動などで1962年(昭和37年)に逮捕される。
1990年(平成2年)に釈放され、ANC議長に就任する。当時の大統領フレデリック・デクラークと協力し民族融和を唱え、ともにノーベル平和賞を受賞する。
1994年(平成6年)から1999年まで大統領を務める。

例文

Nelson Mandela was at the forefront of all the major chapters in the anti-apartheid struggle.
ネルソン・マンデラは、反アパルトヘイト闘争の中で常に最前線に立っていた。

参考サイト

  • hate speech(ヘイトスピーチ、憎悪表現)
(この項おわり)
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