西暦645年 - 大化の改新

蘇我氏が滅亡
大化の改新 645 年、中大兄皇子 (なかのおおえのおうじ) (のちの天智天皇 (てんじてんのう) )と中臣鎌足 (なかとみのかまたり) (のちの藤原鎌足)らが蘇我入鹿 (そがのいるか) を暗殺するという乙巳の変 (いっしのへん) が起きる。父の蘇我馬子 (そがのうまこ) は自害し、ここに蘇我氏は滅びる。
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中大兄皇子は孝徳天皇を即位させ、年号を大化と定める。そして自らは皇太子として政治の実権を握った。これが「大化の改新」である。
翌646 年、公地公民制、地方行政組織の確立、戸籍・計帳の作成と班田収授法の施行、租・庸・調の統一的税制の実施を中心とした「改新の (みことのり) 」を発布し、氏姓制度による皇族・豪族の支配を否定して、中央集権的支配の実現へと向かった。
YEAR
570
595
620
645
670
 
594
皇極天皇→斉明天皇
661
 
597?
孝徳天皇
654
 
626
天智天皇
671
 
648
弘文天皇
672
 
614
中臣(藤原)鎌足
669
 
645
 
大化の改新
 
586?
蘇我蝦夷
645
 
615?
蘇我入鹿
645
(この項おわり)
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