西暦645年 - 大化の改新

蘇我氏が滅亡
大化の改新
皇極天皇4 年(645 年)6 月 12 日、飛鳥板蓋宮にて、中大兄皇子 (なかのおおえのおうじ) (のちの天智天皇 (てんじてんのう) )と中臣鎌足 (なかとみのかまたり) (のちの藤原鎌足)らが蘇我入鹿 (そがのいるか) を暗殺するという乙巳の変 (いっしのへん) が起きる。父の蘇我馬子 (そがのうまこ) は自害し、ここに蘇我氏は滅びる。
中大兄皇子は孝徳天皇を即位させ、年号を大化と定める。そして自らは皇太子として政治の実権を握った。これが「大化の改新」である。

翌646 年、公地公民制、地方行政組織の確立、戸籍・計帳の作成と班田収授法の施行、租・庸・調の統一的税制の実施を中心とした「改新の (みことのり) 」を発布し、氏姓制度による皇族・豪族の支配を否定して、中央集権的支配の実現へと向かった。
525 575 625 675 725 645 大化の改新 614 669 中臣鎌足→藤原鎌足 626 671 天智天皇 597 654 孝徳天皇 594 661 皇極天皇→斉明天皇 631 686 天武天皇 615 645 蘇我入鹿 586 645 蘇我蝦夷 648 672 大友皇子→弘文天皇 663 白村江の戦い 667 大津宮に遷都 672 壬申の乱 554 628 推古天皇 592 崇峻天皇、暗殺 574 622 聖徳大使 603 冠位十二階 604 十七条憲法 607 第2回遣隋使 645 玄奘が唐に帰国 602 664 玄奘三蔵 589 隋による中国統一 569 618 煬帝 566 635 高祖 574 648 孔穎達 618 唐の建国 598 649 太宗 602 661 武烈王 628 683 高宗 663 白村江の戦い 581 649 ソンツェン・ガンボ 590 647 ハルシャ・ヴァルダナ 600 642 プラケーシン2世 570 632 ムハンマド 622 ヒジュラ(聖遷) 600 661 アリー 642 ニハーヴァンドの戦い 630 680 ムアーウィヤ 661 ウマイヤ朝の成立 Tooltip
(この項おわり)
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