西暦690年 - 則天武后の専制

唐の内政混乱
則天武后
唐の第3 代皇帝、太宗 (たいそう) の死後、その后で尼僧となった則天武后 (そくてんぶこう) が、大雲教という偽の仏教をつくる。則天武后は自らが弥勒菩薩の生まれ変わりであると称し、息子の中宗を廃位させ、690 年、中国史上唯一の女帝となる。

則天武后は国号を周とあらため、対抗勢力を弾圧する恐怖政治を行った。その一方、科挙によって人材を登用するなど、合理的な政治も行った。
則天武后が没すると、中宗が帝位に戻り、国号は唐に戻る。しかし今度は、中宗の皇后、韋后 (いこう) が第二の則天武后になろうとして中宗を毒殺し、政治は混乱する。
この混乱を収めたのが、第6 代皇帝・玄宗 (げんそう) である。

この時代の世界

575 625 675 725 690 則天武后の専制 624 705 則天武后 598 649 太宗 628 683 高宗 618 唐の建国 602 661 武烈王 602 664 玄奘三蔵 645 玄奘が唐に帰国 663 白村江の戦い 663 白村江の戦い 626 671 天智天皇 594 661 皇極天皇→斉明天皇 615 645 蘇我入鹿 614 669 中臣鎌足→藤原鎌足 645 大化の改新 631 686 天武天皇 648 672 大友皇子→弘文天皇 667 大津宮に遷都 672 壬申の乱 645 702 持統天皇 659 720 藤原不比等 661 721 元明天皇 694 藤原京に遷都 683 707 文武天皇 701 大宝律令 710 平城京に遷都 661 ウマイヤ朝の成立 630 680 ムアーウィヤ Tooltip
(この項おわり)
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