西暦802年 - 坂上田村麻呂が東国を平定

坂上田村麻呂 『前賢故実』(菊池容斎画)より
802 年(延暦 21 年)4 月 15 日、坂上田村麻呂 (さかのうえのたむらまろ) は、蝦夷の軍事指導者であった阿弖利為 (あてるい) ら約 500 人の降伏を受け入れ、東国を平定する。

坂上田村麻呂は、身長176 センチ、体重120 キロの巨漢で、目は鷹のように鋭く、怒ると猛獣をも倒すが、笑うと赤ん坊がよくなつくと伝えられている。
坂上氏は中国の後漢の霊帝 (れいてい) の流れを汲むという東漢氏に繋がる家系で、代々弓馬の道をよくする武門の一族として朝廷を守護してきた。

田村麻呂の父、坂上刈田麻呂 (さかのうえのかりたまろ) は、770 年(宝亀元年)称徳天皇 (しょうとくてんのう) が崩御すると、弓削道鏡 (ゆげのどうきょう) の姦計をあばき、正四位下に進み、陸奥鎮守将軍となった。その後、従三位の地位まで出世している。

794 年(延暦 13 年)、都を平安京に移した桓武天皇 (かんむてんのう) は、東国平定に力を入れた。これは、すべての国土・人民を天皇が治めることによって、天皇の徳が全国に行き渡る仁政を目指すものであった。実際は、東国の豊かな土地を獲得することで、そこから得られる生産物が律令国家を維持していくために有用であったためと考えられている。

796 年(延暦 15 年)、坂上田村麻呂は陸奥 (むつ) 出羽 (でわ) 按察使 (あぜち) 陸奥守 (むつのかみ) 鎮守府将軍 (ちんじゅふしょうぐん) に任命され、関東や北陸の民衆5 千人を伊治城 (いじじょう) (現在の宮城県にあった)へ住まわせた。これは蝦夷と住民レベルの交流をはかることで、宥和することを狙った施策である。

797 年(延暦 16 年)11 月 5 日、40 歳になった坂上田村麻呂は、史上初めて征夷大将軍 (せいいたいしょうぐん) に任命される。
田村麻呂は、帰順してくる蝦夷の者に対しては土地を与え生活を保証し、律令農民との交易も認めた。しかし、抵抗する者に対しては、断固として武力でこれを弾圧した。

801 年(延暦 20 年)、桓武天皇から節刀 (せっとう) を授かった田村麻呂は、蝦夷の根拠地である胆沢 (いさわ) (岩手県)の攻略に取りかかる。
そして、802 年(延暦 21 年)4 月 15 日、ついに蝦夷の指導者であった阿弖利為と母礼 (もれ) を降伏させる。
7 月、阿弖利為と母礼を連行して平安京に凱旋した田村麻呂は、二人の助命を嘆願したが聞き入れられず、翌月、二人とも処刑された。

翌年、田村麻呂は胆沢城 (いさわじょう) を築き、東国への睨みをきかせた。
大納言右近衛大将まで出世した田村麻呂は、弘仁 2 年(811 年)、54 歳で生涯を閉じる。

清水寺 (きよみずでら) (京都府京都市東山区清水 1-294)には、1994 年(平成 6 年)、平安建都1200 年を期して阿弖利為と母礼の碑が建立された。

2011 年(平成 23 年)9 月 2 日、坂上田村麻呂が生まれた場所と伝えられる福島県郡山市田村町徳定に「生誕の地」を示す記念碑が建立された。田村麻呂が清水寺を建立したとされる伝説を縁に、清水寺の森清範 (せいはん) 貫主が碑文を記した。

この時代の世界

675 725 775 825 875 802 坂上田村麻呂が東国を平定 758 811 坂上田村麻呂 760 802 阿弖利為 752 大仏の開眼供養 718 785 大伴家持 727 786 坂上苅田麻呂 735 785 藤原種継 758 764 淳仁天皇 733 799 和気清麻呂 750 785 早良親王 737 806 桓武天皇 784 長岡京へ遷都 767 822 最澄 794 平安京へ遷都 774 824 平城天皇 774 835 空海 804 最澄、空海が唐へ 755 763 安史の乱 742 805 徳宗 780 850 フワーリズミー 750 アッバース朝が成立 786 ハールーン・アッラシードが即位 766 809 ハールーン・アッラシード 800 カールの戴冠 742 814 カール大帝 750 816 レオ3世 793 ヴァイキングがイングランドへ侵入 732 トゥール・ポアティエの戦い 714 768 ピピン 760 811 ニケフォロス1世 Tooltip

参考書籍

表紙 火怨(上) 北の燿星アテルイ
著者 高橋克彦
出版社 講談社
サイズ 文庫
発売日 2002年10月
価格 907円(税込)
rakuten
ISBN 9784062735285
辺境と蔑まれ、それゆえに朝廷の興味から遠ざけられ、平和に暮らしていた陸奥の民。八世紀、黄金を求めて支配せんとする朝廷の大軍に、蝦夷の若きリーダー・阿弓流為は遊撃戦を開始した。北の将たちの熱い思いと民の希望を担って。古代東北の英雄の生涯を空前のスケールで描く、吉川英治文学賞受賞の傑作。
 
表紙 火怨(下) 北の燿星アテルイ
著者 高橋克彦
出版社 講談社
サイズ 文庫
発売日 2002年10月
価格 884円(税込)
rakuten
ISBN 9784062735292
朝廷の大軍を退けた蝦夷たちの前に、智将・坂上田村麻呂が立ちはだかる。威信を懸けた朝廷の逆襲がはじまった。信に足る武人・田村麻呂の出現で、阿弓流為は、民のため命を捨てる覚悟を決めた。北の大地に将たちが一人、また一人と果てていく。蝦夷の心を守り戦い抜いた古代の英雄を、圧倒的迫力で描く歴史巨編。
 

胆沢城跡

岩手県奥州市水沢区佐倉河字九蔵田

【アクセス】
  • JR 水沢駅よりバスで旧国道4 号を北上して約 15 分。佐倉河「八幡」で下車する。

この付近でネットができる宿

(この項おわり)
header