西暦907年 - 唐が滅ぶ

五代十国時代へ
龍門石窟 9 世紀末の唐では、塩の密売商人・黄巣 (こうそう) に率いられた農民が大規模な反乱を起こし、四川を除くほぼ全土に広がる。一時、黄巣が帝位につき国を大斉と号したが、内部分裂により間もなく鎮圧された。これにより唐の権威は失墜する。
黄巣の乱に参加していた節度使 (せつどし) 朱全忠 (しゅぜんちゅう) は、904 年、第22 代皇帝・昭宗を殺害し、若い昭宣帝(哀帝)を帝位に就ける。そして、907 年、昭宣帝から禅譲を受けた朱全忠は、国号を梁とあらため、新しい王朝を開いた。
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以後、宋が成立する 960 年まで、五代十国時代と呼ばれる、5 つの短命な王朝が替わり、節度使が 10 の国を建てて争いあう武断政治による群雄割拠の時代に入る。
YEAR
830
855
880
905
930
955
980
 
907
 
唐が滅ぶ
 
840?
黄巣
884
 
852
朱全忠
912
 
927
趙匡胤
976
(この項おわり)
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