西暦1159年 - 平治の乱

平氏が政治を握る
平治物語絵巻 1159 年(平治 1 年)12 月、後白河上皇の側近の間にクーデターが発生し、藤原信頼 (ふじわらののぶより) 源義朝 (みなもとのよしとも) による上皇幽閉、藤原通憲(信西)殺害という事件に発展した。
しかし、平清盛の計略によって上皇は脱出し、激しい合戦のすえ源氏方は敗北した。その結果、源義朝は東国への脱出の途中で殺害され、その三男、源頼朝は伊豆蛭ヶ小島へ配流となった。
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この乱を境に、平氏が政権の中枢を担うようになる。
平清盛は 1166 年に内大臣に、1167 年に太政大臣となる。また、日宋貿易を支配し、多大な富を蓄えた。そして、1180 年、高倉天皇を譲位させ、清盛の孫の安徳天皇が 2 歳で第81 代天皇となった。
YEAR
1080
1105
1130
1155
1180
1205
 
1127
後白河天皇
1192
 
1097
藤原忠通
1164
 
1133
藤原信頼
1159
 
1159
 
平治の乱
 
1118
平清盛
1181
 
1123
源義朝
1160
 
1147
源頼朝
1199
(この項おわり)
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