西暦1273年 - ルドルフ1世の即位

ハプスブルク家の創始
ルドルフ1世
1273 年、国王選挙において選帝侯たちはハプスブルク伯ルドルフを神聖ローマ皇帝に推し、ルドルフ 1 世として即位。1250 年から続いた大空位時代が終わる。

ルドルフの外交政策と軍事政策は成功を収め、混乱の続いていた帝国に 20 年近い平和をもたらした。一方、ルドルフは選帝侯たちの思惑に反し、ハプスブルク家の富と権力を増やしていった。
ルドルフ 1 世は、1278 年、ウィーンを占拠していたボヘミア王オタカル 2 世と戦い、これに勝利する。
1282 年、ルドルフ 1 世はウィーンに拠点を移した。ウィーンは、20 世紀までハプスブルク家の本拠となる。
ハプスブルク家は神聖ローマ皇帝を世襲していく。1806 年、ナポレオン 1 世によるライン同盟によって神聖ローマ帝国が瓦解した後も、オーストリア帝室として存続した。

この時代の世界

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(この項おわり)
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