西暦1348年 - 黒死病がヨーロッパで猛威をふるう

ヨーロッパの3分の2が死亡
黒死病
黒死病 (こくしびょう) とはペストの別名である。全身の皮膚が内出血のために紫黒色になって死亡することから、この名前がついた。

モンゴル帝国が勃興し東ローマ帝国との交易が盛んになったことに伴い、1347年(興国8年)、中央アジアからイタリアのメッシーナに黒死病が上陸した。ヨーロッパに運ばれた毛皮についていたノミが媒介したとされる。
1348年(正平2年)になるとアルプス以北のヨーロッパにも伝わり、14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威をふるった。
当時のヨーロッパ人口の3分の2にあたる3,500万人が死亡したとされる。

また、地球規模の気候変動で、現在よりも平均気温がかなり低かったこのころ、とくに緯度が高い地方で飢餓が頻発した。
都市国家が栄えたイタリアは、ルネサンスの先駆とされるダンテやボッカチオを生んだ。
ボッカチオの短編小説集『デカメロン』は、ペストから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の計10人が退屈しのぎの話をするという設定で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる。1348~1353年(正平7年)にかけて制作された。デカメロンはギリシャ語の「10日」(deka hemerai) に由来する。あらゆる身分の人物の逸話を盛り込んでいるところから、1321年(元応3年)に完成したダンテの『神曲』に対し、「人曲」と呼ばれる。

この時代の世界

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(この項おわり)
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