西暦1348年 - 黒死病がヨーロッパで猛威をふるう

ヨーロッパの3分の2が死亡
黒死病
黒死病 (こくしびょう) とはペストの別名である。全身の皮膚が内出血のために紫黒色になって死亡することから、この名前がついた。

モンゴル帝国が勃興し東ローマ帝国との交易が盛んになったことに伴い、1347 年、中央アジアからイタリアのメッシーナに黒死病が上陸した。ヨーロッパに運ばれた毛皮についていたノミが媒介したとされる。
1348 年になるとアルプス以北のヨーロッパにも伝わり、14 世紀末まで 3 回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威をふるった。
当時のヨーロッパ人口の 3 分の 2 にあたる 3,500 万人が死亡したとされる。

また、地球規模の気候変動で、現在よりも平均気温がかなり低かったこのころ、とくに緯度が高い地方で飢餓が頻発した。
また、地球規模の気候変動で、現在よりも平均気温がかなり低かったこのころ、とくに緯度が高い地方で飢餓が頻発した。

都市国家が栄えたイタリアは、ルネサンスの先駆とされるダンテやボッカチオを生んだ。
1275 1325 1375 1425 1475 1348 黒死病がヨーロッパで猛威をふるう 1339 1453 百年戦争 1309 1377 教皇のアヴィニョン捕囚 1336 1378 グレゴリウス11世 1293 1350 フィリップ6世 1312 1377 エドワード3世 1356 カール4世の金印勅書 1316 1378 カール4世 1318 1389 ウルバヌス6世 1338 1380 シャルル5世 1342 1394 クレメンス7世 1313 1375 ボッカチオ 1304 1374 ペトラルカ 1340 1400 チョーサー 1338 足利尊氏、征夷大将軍に任官 1305 1358 足利尊氏 1306 1352 足利直義 1336 1392 南北朝時代 1288 1339 後醍醐天皇 1294 1336 楠木正成 1301 1338 新田義貞 1313 1364 光厳天皇 1308 1335 護良親王 1333 鎌倉幕府滅亡 1303 1333 北条高時 1297 1348 花園天皇 1330 1367 足利義詮 1321 1380 光明天皇 1381 花の御所の完成 1358 1408 足利義満 1397 金閣建立 1328 1398 朱元璋→洪武帝 1368 明の建国 1335 1408 李成桂 1377 1402 建文帝 1392 李成桂が即位 1304 1368 イブン・バトゥータ 1332 1406 イブン・ハルドゥーン 1336 1405 ティムール 1370 ティムール帝国の成立 1360 1403 バヤズィト1世 1402 アンカラの戦い Tooltip
(この項おわり)
header