西暦1397年 - 金閣建立

足利義満の絶頂期
金閣
1397 年(応永 4 年)、室町幕府 3 代将軍・足利義満 (あしかがよしみつ) は、河内国の領地と交換に西園寺を譲り受け、北山山荘 (ほくざんさんそう) 北山殿 (ほくざんどの) )とした。
現在に残る世界遺産の「金閣」(舎利殿)を中心に、御所に匹敵する規模だった。義満は、1394 年に征夷大将軍を子の義持に譲って太政大臣となっていたが、政治の実権は手放さず、北山殿にあって政務を行っていたという。
足利義満は、1392 年、南朝の後亀山天皇が持っていた三種の神器を北朝の後小松天皇に譲ることで南北朝の合一を果たした。
また、1404 年から明との間に勘合貿易をはじめ、巨万の富を築いた。

義満の死後、義持によって北山殿は舎利殿を残して解体されるが、義満の遺言により禅寺とされ、義満の法号「鹿苑院」から鹿苑寺 (ろくおんじ) と名付けられた。
義満自身は天皇になろうとしたが果たせず、死後、太政大臣の称号を贈るという動きがあった。しかし、義持がこれを固辞した。
1325 1375 1425 1475 1525 1397 金閣建立 1358 1408 足利義満 1381 花の御所の完成 1428 正長の土一揆 1429 琉球国の統一 1347 1424 後亀山天皇 1377 1433 後小松天皇 1411 1463 日野重子 1394 1481 一休 1404 1473 山名宗全 1419 1470 後花園天皇 1392 李成桂が即位 1378 1425 洪熙帝 1371 1434 鄭和 1399 1435 宣徳帝 1378 1417 ローマ教会の大分裂(シスマ) 1368 1431 マルティヌス5世 1339 1453 百年戦争 1431 ジャンヌ・ダルクの処刑 1412 1431 ジャンヌ・ダルク 1389 1464 コジモ・デ・メディチ 1397 1455 ニコラウス5世 1394 1460 エンリケ航海王子 1403 1461 シャルル7世 1402 アンカラの戦い 1377 1447 シャー・ルフ 1405 1453 コンスタンティノス11世 1453 東ローマ帝国滅亡 Tooltip

参考書籍

表紙 天皇になろうとした将軍
著者 井沢元彦
出版社 小学館
サイズ 文庫
発売日 1998年04月01日
価格 514円(税込)
rakuten
ISBN 9784094023015
なぜ戦乱記を「大平」記と記したのだろうか?金閣寺に塗り込められた足利義満の「野心」、金閣「寺」の命名に秘められた義満「暗殺」の真相、義満暗殺の「実行犯」と「大文字焼き」の秘密…。下克上の世に渦巻く権謀術数の闇を、日本史の“なぜ?”に挑み続ける著者が歴史推理の大ナタをふるい白日のもとにさらす。
 

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【鉄道+バス】
  • 京都駅よりバス、「金閣」下車

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(この項おわり)
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