西暦1620年 - ピルグリム・ファーザーズ/『ノヴム・オルガヌム』

清教徒がアメリカに入植/経験哲学の祖

ピルグリム・ファーザーズ

メイフラワー号
1620年9月16日、ピルグリム・ファーザーズの101名はメイフラワー号に乗船し、イギリスのプリマスを出港。北米のバージニア植民地を目指す。途中、北に流され、11月21日にケープゴットに接岸し、最初の入植地にプリマスという名を与える。

ケープゴットの位置

ピルグリム・ファーザーズは、イギリスのスチュアート朝の時代に弾圧を受けたピューリタン(清教徒)であった。
ピューリタンは、イングランド国教会に残っていたカトリック的な要素に不満をもち、カルヴァン主義の立場から、信仰と生活の清純をモットーとしていた。
三角貿易
この頃の新大陸の植民地では、サトウキビやタバコを大規模農場で生産しており、大量の労働者が必要であった。当初は原住民を使役していたが、ヨーロッパからもたらされた天然痘などの感染症で死んでいったため、代わりにアフリカから奴隷が輸入された。その見返りとして、ヨーロッパは新大陸へ毛織物を、アフリカへは武器や日用品を輸出していた。
このようなヨーロッパ=新大陸=アフリカの間の交易を三角貿易と呼んでいる。

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』
1620年、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは、哲学書『ノヴム・オルガヌム』(Novum Organum)を発表する。

4つのイドラ(先入観による認知の歪み)を紹介し、法則から事実を予見するアリストテレス『オルガノン』の演繹法を批判し、実験や観察から知見を統合する帰納法を提唱した。また、真の知識は幸福を実現する力をもつことから、「知識は力なり」と述べた。
4つのイドラ(idola)
  1. 種族のイドラ‥‥人間の錯覚や偏見に由来するもの。
  2. 洞窟のイドラ‥‥個人の習慣、経験、性癖などに由来するもの。
  3. 市場のイドラ‥‥社会生活やコミュニケーションの不全に由来するもの。
  4. 劇場のイドラ‥‥間違った学説や思想に由来するもの。
イドラは、アイドル(偶像)の語源でもある。

1561年、フランシス・ベーコンは、エリザベス1世の国璽尚書を務めたニコラス・ベーコンの子として産まれる。大学では法律を学び、23歳で国会議員となり、エセックス伯の腹心となった。1601年にエセックス伯が反乱を起こすと、これを告発した。
1618年に大法官となった。この頃、トマス・ホッブズがベーコンの秘書を務めていた。
1621年、収賄の告発を受け、政界を追われた。隠遁生活の中で著述に専念したが、実験中に病を得て、1626年、65歳で死去した。

ベーコンが帰納法を提唱した背景には、ギリシア哲学やスコラ哲学が具体的な成果を挙げていない一方、コロンブスによる大西洋航路の発見のように、観察と実験から新しい発見がもたらされたことが挙げられる。このことから、ベーコンは「経験哲学の祖」と呼ばれることがある。ベーコンは、シェークスピア、ケプラー、ガリレオと同時代人である。
表紙 ノヴム・オルガヌム
著者 フランシス・ベーコン/桂寿一
出版社 岩波書店
サイズ 文庫
発売日 1995年12月
価格 858円(税込)
ISBN 9784003361726
 

この時代の世界

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(この項おわり)
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