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1776 年 7 月 4 日、フィアデルフィアでアメリカ独立宣言が採択される。
七年戦争の終結により北米でのフランスの脅威が無くなったことを受け、イギリスは植民地に遠慮無く課税した。ところがこのことが裏目に出て、植民地の独立気運が高まる。 |
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まず、七年戦争で失った財政の穴埋めに、1765 年、植民地におけるすべての出版物に税金をかける印紙税法を発布した。娯楽品であったトランプにまで課税されたため、植民地側は「代表なければ課税無し」と主張し、これに反対した。 印紙税法は撤回されるが、1773 年、財政難に陥った東インド会社を救済するために、植民地における茶の販売を東インド会社に独占させる「茶法」が発布された。怒った植民地側は、ボストンに入稿した東インド会社の船を襲い、積荷の茶を海に投げ捨てるという「ボストン茶会事件」に発展する。 そして、1775 年、イギリスと植民地の間で武力衝突が起きる(レキシントン・コンコードの戦い)。これが契機となり、アメリカ独立戦争がはじまる。独立軍側はワシントンが総司令官を務めた。 独立戦争の最中の 1776 年に採択されたのがアメリカ独立宣言である。これは、イギリスの啓蒙思想家ジョン・ロック(John Locke)が唱えた「自由と平等」「社会契約説」などを盛り込み、のちのフランス革命における人権宣言にも影響を与えた。 その後、1777 年のサラトガの戦い、1781 年のヨークタウンの戦いで独立軍は勝利し、1783 年のパリ条約で講和、独立戦争は終結する。 1787 年に合衆国憲法が制定され、1789 年にワシントンが初代大統領に就任する。 |
(この項おわり)
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2009年11月27日 作成
2009年11月27日 更新
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