西暦1781年 - 天王星の発見

望遠鏡で初めて発見された惑星
天王星
天王星
1781年3月13日、イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェルが望遠鏡を用いて新天体を発見した。
発見当初、ハーシェルはそれが彗星だと考えていたが、観測が進むにつれ、新天体は土星のはるか彼方にある大型の惑星であることが分かった。

ハーシェルは、イギリス国王ジョージ3世にちなみ、新惑星を「ジョージ星」と名付けた。しかしこの名前は国際的に普及せず、ヨハン・ボーデが提案したウラヌスという名前が広まった。これを中国語訳したのが「天王星」である。

ウィリアム・ハーシェル

ウィリアム・ハーシェル
ウィリアム・ハーシェル
1752年、ハーシェルは、父が勤めているドイツ・ハノーヴァーの軍楽隊のオーボエ奏者として入団する。1757年、激化する七年戦争の難を逃れるため、短期間で英語を身につけ、イギリスへ渡り、フレデリック・ウィリアム・ハーシェルと名乗るようになった。このとき同行した妹のカロライン・ハーシェルは、後に天体観測の助手を務めることになる。

1766年には、バースの礼拝堂でオルガン奏者として迎えられ、演奏家、歌手、作曲家としての活動を展開する。後期バロック音楽の流れをくんで作曲した交響曲や協奏曲は数百に及び、当時のイギリスではバッハをしのぐ人気があったという。
40フィート望遠鏡
40フィート望遠鏡
ハーシェルが学んだテキスト『和声学、音楽の哲学』の著者スミスは、天文学や光学にも造詣が深く、ハーシェルは自分の手で組み立てた望遠鏡で星を眺めてみたいという思いに駆られ、天体望遠鏡の自作を始める。
ついにはグリニッジ天文台の望遠鏡の性能を上回る反射望遠鏡を製作し、1781年に天王星を発見することになる。
ジョージ3世
ジョージ3世
ハーシェルの反射望遠鏡を使って天王星を見た国王ジョージ3世は、彼を王室天文官として召し抱え、ハーシェルは天体観測に専念できるようになる。
1789年、国王からの資金援助を受けたハーシェルは、口径1.2メートル、全長12メートルという世界最大の反射望遠鏡(40フィート望遠鏡)を完成させる。これを使って、2,500の星雲と800あまりの二重性を発見し、恒星天文学の基礎を築いた。
ハーシェルの宇宙
ハーシェルの宇宙
ハーシェルは恒星の固有運動を研究史、太陽系が宇宙空間の中を運動していることに初めて気づいた。さらに、天の川銀河が円盤状に分布していることも明らかにし、その直径は6,000光年と算定した。
ウィリアム、キャロライン兄妹
ウィリアム、キャロライン兄妹
それは、現在分かっている天の川銀河の20分の1のサイズだが、太陽系から外へ目を向けたハーシェルの想像力はとどまることを知らず、惑星や太陽には生物が住んでおり、独自の文明が存在すると考えていた。

晩年、摂政皇太子(後のジョージ4世)からナイトに叙せられた。
1822年、ハーシェルは84年の生涯を閉じた。奇しくも、自らが発見した天王星の公転周期と同じ年数であった。

キャロライン・ハーシェル

キャロライン・ハーシェル
キャロライン・ハーシェル
ハーシェルの観測助手を務めたのが、妹のキャロライン・ハーシェルだ。
1772年、イギリスのウィリアムの元へ移り住み、兄の音楽と天体観測の両方の仕事を手伝った。ソプラノ歌手でもあり、兄の合唱隊のレッスンを引き受けたりした。
1787年には、ジョージ3世から助手としての報酬を得るようになり、イギリスで科学的な仕事で公的な報酬を得た最初の女性となった。
自らも天体観測を行い、3つの星雲、8つの彗星を発見し、彗星を発見した最初の女性となった。1797年には、フラムスティードの星図に記載されていない561の恒星を含む星表を発表した。
兄が死去するとドイツに戻り、1828年にはウィリアムが1800年以降に発見した2,500の星雲のカタログを完成させた。1828年に王立天文学会ゴールドメダルを受賞し、1835年にメアリー・サマヴィルとともに王立天文学会初の女性会員に選ばれた。1846年にはプロイセン王から科学金賞が授けられた。
1848年、97年の生涯を閉じた。

参考書籍

表紙 女性と天文学
著者 ヤエル・ナゼ/北井 礼三郎
出版社 恒星社厚生閣
サイズ 単行本
発売日 2021年11月18日頃
価格 2,750円(税込)
ISBN 9784769916734
「世界を変えた天文学者」といえば、誰を思い浮かべるでしょうか。コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、それともハッブル?みな男性ですね。地球から天体までの距離の測定を可能にする法則を発見したのも、現在も使われる恒星の分類法を確立したのも、太陽大気組成は水素とヘリウムが主体であると指摘したのも、数多くの彗星や小惑星を発見したのも、そしてパルサーを発見したのも、実は、すべて女性なのです!男性優位の研究環境の中、宇宙を愛し、研究を深め、天文学の発展に寄与した女性天文学者たちの業績とその生涯。
 

この時代の世界

1675 1725 1775 1825 1875 1781 天王星の発見 1738 1822 ウィリアム・ハーシェル 1750 1848 キャロライン・ハーシェル 1792 1871 ジョン・ハーシェル 1738 1820 ジョージ3世 1756 1763 七年戦争 1740 1748 オーストリア継承戦争 1759 大英博物館が開館 1784 メシエ天体カタログ完成 1730 1817 シャルル・メシエ 1736 1813 ラグランジュ 1801 小惑星ケレスの発見 1746 1826 ジュゼッペ・ピアッツィ 1789 1799 フランス革命 1754 1793 ルイ16世 1755 1793 マリー・アントワネット 1749 1791 オノーレ・ミラボー 1758 1794 ロベスピエール 1755 1824 ルイ18世 1769 ワット式蒸気機関 1736 1819 ジェームズ・ワット 1723 1790 アダム・スミス 1783 熱気球の発明 1745 1799 ジャック・エティエンヌ・モンゴルフィエ 1740 1810 ジョセフ・ミシェル・モンゴルフィエ 1732 1809 ハイドン 1756 1791 モーツァルト 1774 質量保存の法則の発見 1743 1794 ラヴォアジェ 1762 「社会契約論」「エミール」が発禁に 1712 1778 ルソー 1771 「ブリタニカ百科事典」の完成 1717 1783 ジャン・ル・ロン・ダランベール 1724 1804 イマヌエル・カント 1796 種痘の実施 1749 1823 ジェンナー 1800 ボルタが電池を発明 1745 1827 ボルタ 1759 1806 ウィリアム・ピット 1737 1798 ガルバーニ 1712 1786 フリードリヒ2世 1717 1780 マリア・テレジア 1759 1805 フリードリヒ・シラー 1749 1832 ゲーテ 1742 1823 ピウス7世 1799 ロゼッタ・ストーンの発見 1776 アメリカ独立宣言 1773 ボストン茶会事件 1775 1783 アメリカ独立戦争 1732 1789 ジョージ・ワシントン 1735 1826 ジョン・アダムズ 1743 1828 トーマス・ジェファーソン 1812 1814 米英戦争 1815 神聖同盟 1769 1771 クック船長が最初の太平洋探検へ 1728 1779 ジェームズ・クック 1770 消しゴムの発明 1733 1804 ジョゼフ・プリーストリー 1731 1810 ヘンリー・キャヴェンディッシュ 1749 1827 ピエール=シモン・ラプラス 1758 1840 ハインリヒ・オルバース 1752 フランクリンの雷実験 1706 1790 ベンジャミン・フランクリン 1776 アメリカ独立宣言 1773 ボストン茶会事件 1775 1783 アメリカ独立戦争 1732 1789 ジョージ・ワシントン 1735 1826 ジョン・アダムズ 1743 1828 トーマス・ジェファーソン 1812 1814 米英戦争 1795 ハワイ王国の建国 1758 1819 カメハメハ1世 1767 1786 田沼時代 1719 1788 田沼意次 1782 1787 天明の大飢饉 1737 1786 徳川家治 1787 寛政の改革 1758 1829 松平定信 1716 1783 与謝蕪村 1776 平賀源内によるエレキテルの実験 1728 1779 平賀源内 1723 1803 前野良沢 1730 1801 本居宣長 1745 1795 長谷川宣以 1774 解体新書 1733 1817 杉田玄白 1753 1806 喜多川歌麿 1745 1818 伊能忠敬 1792 大黒屋光太夫がロシア女帝に謁見 1751 1823 大黒屋光太夫 1755 1829 鶴屋南北 1794 1795 東洲斎写楽の活動 1765 1831 十返舎一九 1760 1849 葛飾北斎 1767 1848 曲亭馬琴 1802 1822 「東海道中膝栗毛」の出版 1809 間宮海峡の発見 1711 1799 乾隆帝 1729 1796 エカチェリーナ2世 1777 1825 アレクサンドル1世 1815 神聖同盟 1799 ロゼッタ・ストーンの発見 Tooltip
(この項おわり)
header