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1886 年(明治 19 年)、イギリスのノルマントン号が紀伊半島沖で沈没するという事故が起きた。 乗員は外国人乗客 26 人を全員助けたが、日本人 23 人は全員溺死した。船長はイギリス領事の裁判を受けたが無罪になる。日本は、幕末に結んだ諸外国との不平等条約で領事裁判権を認めていたので、どうすることもできなかった。 1891 年(明治 24 年)、滋賀県大津市において、警察官が日本を訪問中のロシア皇太子(のちのニコライ 2 世)を斬りつけるという事件が発生(大津事件)。不平等条約改正は一時中断せざるをえなくなる。 イギリスとの不平等条約を改正し領事裁判権を無効にするのは 1894 年(明治 27 年)のこと(日英通商航海条約)で、さらに関税自主権を取り戻すには 1911 年(明治 44 年)まで待たねばならなかった。 |
(この項おわり)
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2009年10月22日 作成
2009年10月24日 更新
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