西暦1898年 - ファショダ事件

アフリカ分割の行方
ファショダ事件
ドイツのビスマルクが主催したベルリン会議により、列強によるアフリカの分割が加速した。そんな中、アフリカ縦断政策をとるイギリスと、横断政策をとるフランスは、1898 年(明治 31 年)、ナイル河畔のファショダ村で相まみえる。このときは、両軍の司令官が交渉し、フランス軍が譲歩する形になった。

この事件を受けた本国の交渉は難航するが、間もなくドイツ帝国のアフリカ進出が目立つようになり、1904 年(明治 37 年)、両国は[英仏協商:welio]を結び、これに対抗することになる。
その後、第一次世界大戦でイギリスが、敗北したドイツからドイツ領東アフリカ(タンガニーカ)を獲得し、大陸縦貫政策は完成した。フランスはアフリカ大陸の西半分とマダガスカルを領有し、事実上アフリカ大陸をイギリスと 2 分割することになる。
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ファショダ(現Kodok)付近の地図

(この項おわり)
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