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米西戦争で航空機の必要性を感じていた軍と、自身が事務局長を務めていたスミソニアン協会の後ろ盾を受け、1903 年 10 月、サミュエル・ラングレーが 52馬力のエンジンを搭載したエアロドローム号を開発して飛行実験を行った。 しかし、実験は失敗に終わる。 1903 年 12 月、米ノースカロライナ州のキティホークにあるキルデビルヒルズにて、12馬力のエンジンを搭載した「ライトフライヤー号」が世界初の有人動力飛行に成功した。 自転車店を経営することで開発資金を蓄えてきた兄ウィルバー・ライトと弟オービル・ライトが、地道な基礎研究を行った末に開発した飛行機である。 しかし、最初の実験の目撃者はわずか 5 人で、ライト兄弟が秘密主義を貫いたこともあだになり、科学的にあり得ないことなどとされ、社会の反応は冷たいものであった。 1908 年 7 月には、グレン・カーチスが開発した飛行機「ジューン・バグ」が公開実験に成功した。人々は飛行機が空を飛ぶことを認めるようになった。 その後、ライト兄弟とカーチスは飛行機をめぐる特許闘争に明け暮れるが、アメリカ人はカーチスが最初に飛行機で空を飛んだ人物だと考えていた。 兄ウィルバーは死去したが、1940 年代になりようやく、スミソニアン協会は兄弟の業績を認めた。 弟オービルが亡くなって間もなく、1948 年にイギリスに保管されていたライトフライヤー号がアメリカに返還され、スミソニアン博物館に展示されることになった。 |
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キルデビルヒルズ付近の地図 |
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参考書籍 |
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誰が本当の発明者か(志村幸雄/講談社/2006 年 8 月) 発明の歴史は「人と金と裁判の歴史」だ。
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(この項おわり)
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2010年01月25日 作成
2010年02月09日 更新
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