西暦1918年 - トゥーレ協会結成/タクシー数

アーリア神話とナチス/神秘の数学者

トゥーレ協会結成

トゥーレ協会のシンボルマーク
トゥーレ協会のシンボルマーク
1918年1月、ゼボッテンドルフ男爵(本名 Rudolf Grauer)は、右翼政治結社のゲルマン騎士団の依頼で、騎士団の非公式バイエルン支部「トゥーレ協会」を結成する。

協会は数十名の小組織で、表向きの目的はゲルマン古代の研究であったが、アーリア民族の優越性を魔術的に立証する研究を進めるオカルト団体である。民族主義団体の連合体「全ドイツ同盟」とも密接な関係を保っており、他の多くの国粋主義団体の母体となった。
協会名は、ギリシア・ローマ時代に知られていた伝説上の極北の島ウルティマ・トゥーレに由来する。鉤十字(ハーケンクロイツ)と剣をシンボルマークとしていた。
協会は、反ワイマール共和国的な思想の宣伝に努め、ドイツ労働者党とドイツ社会党を設立したアントン・ドレクスラーとカール・ハラーが会員であった。また、後にナチスで重要な役割を担う、ルドルフ・ヘス、アルフレート・ローゼンベルク、ディートリヒ・エッカート、ハンス・フランクなども所属していた。ただし、アドルフ・ヒトラーは会員ではない。また、ゼボッテンドルフ男爵自身も、1919年にトゥーレ協会を退会している。

ナチスの勢力が拡大すると、トゥーレ協会は疎んじられるようになり、1937年にはフリーメイソンおよびその類似団体の活動が禁止されたことに伴い、ゲルマン騎士団ともども解散したとされる。
代わって、1925年に入隊したハインリヒ・ヒムラーが親衛隊(SS)を拡充し、ヒトラーの側近の地位を手に入れた。
ただ、ヒムラー自身も神秘主義に傾き、架空のアーリア民族のルーツを探るとして、チベットへ探検隊を派遣するなどしている。優等生だったヒムラーは、トゥーレ協会のやり方を真似るうちに、ミイラ取りがミイラになってしまったようだ。

アーリア神話とトゥーレ協会

アーリア民族とは、インド・ヨーロッパ語族の諸言語を使う全ての民族は、共通の祖先アーリア人から発生したものだとする学説であるが、科学的根拠に乏しく、現代ではアーリア神話と呼ばれる。
ドイツに生まれ、イギリスに帰化したインド学者マックス・ミュラーは、インドに侵入したサンスクリット語を話す人々をアーリア人と呼ぶべきだと提唱した。その後、神智学のヘレナ・ブラヴァツキーは、アーリア神話を拡大し、現代の人類はアトランティス大陸の第四根源人種から進化した第五根幹人種であり、その人種はアーリア人種だとした。

アーリア神話は、列強によるアジア支配を正義とするための方便として利用された。極右のドイツ騎士団やトゥーレ協会もまた、アーリア神話を利用する。
獄中にあったヒトラーは、『わが闘争』でアーリア神話を利用し、アーリア人の中で純粋民族であるゲルマン民族が最上位であるとした民族主義を唱えた。

タクシー数の発見

ラマヌジャン
ラマヌジャン
1918年、入院していたインド出身の数学者ラマヌジャンは、彼をイギリスに呼び寄せた数学者ハーディの見舞いを受けていた。
ハーディは乗ってきたタクシーのナンバーが1729であることを告げると、ラマヌジャンは、それがとても興味深い数字と指摘し、即座に2通りの2つの立法数の和で表せる最小の整数であることを指摘した。
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ラマヌジャンは、貧しいバラモン階級の家庭に生まれ、幼少の頃から徹底的にヒンドゥー教の教育を受けた。15歳の時に、ジョージ・カーが著した『純粋数学要覧』の感銘を受け、奨学金を得て大学に進学した。だが、数学に没頭するあまり、学位を得られず中退してしまう。
その後、周囲の勧めでイギリスの学者に研究成果を記した手紙を出す。これがケンブリッジ大学のハーディの目に止まり、1914年に渡英することになる。

イギリスにおいて、ラマヌジャンは25の論文を発表し、4,000もの定理や公式を次々に「発見」した。そのなかには、すでに証明された数式も含まれていたが、ラマヌジャンは証明することを正しく学んでいなかった。だが、ハーディはラマヌジャンの直観を大切にし、自らが証明することを買って出た。
ラマヌジャンは、空想力に優れていた。普通の数学者には見えていないものが、彼には見えていたのだろう。ラマヌジャンは、その直観を「ナマギーリ女神が舌に数式を書いてくれる」と言った。

ラマヌジャンは敬虔なヒンドゥー教徒で菜食主義者だったが、第一次大戦下のイギリスではドイツによる海上封鎖などの影響で、十分な食事を採ることができず、身体を壊し、1919年にインドに帰国。その後も数学の研究を続けるが、翌年、32歳という若さで他界した。

2013年、ラマヌジャンの遺稿を整理している最中、彼がなぜタクシー数に関心を示していたかが分かった。タクシー数の答えを導出する過程で、ラマヌジャンは1958年に発見されることになる K3曲面の存在を認識していたのである。
ラマヌジャンの遺稿は、死後100年近くになる現代でも、最先端の数学研究の対象となっている。その数式は、インターネットや宇宙物理学を支えているのである。

この時代の世界

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参考書籍

表紙 ナチスと隕石仏像
著者 浜本 隆志
出版社 集英社
サイズ 新書
発売日 2017年07月14日
価格 836円(税込)
rakuten
ISBN 9784087208924
二〇一二年、「宇宙から来たブッダ」というタイトルで、シュトゥットガルト大学のグループが、学会誌「隕石学と宇宙科学」に論文を発表した。それによると、アーリア民族のルーツ調査のため、かつてナチス親衛隊(SS)長官ヒムラーが、第二次世界大戦前夜の一九三八年にチベットへ探検隊を派遣した。その折、かれらが発見し、持ち帰った仏像が隕石製であったという、驚くべき鑑定結果が報告された。胸に「卍」が刻まれたこの仏像の真贋と秘められた現代史に、探検隊の踏査行と仏像、ナチス思想を検証することで迫る、アカデミック・ドキュメンタリー。ナチスの闇が、ここに眠る。
 
(この項おわり)
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