西暦1931年 - ガンジー・アーウィン協定

インド独立へのマイルストン
マハトマ・ガンジー
1931 年(昭和 6 年)3 月 5 日、非暴力・非服従をかかげてインドの民衆運動を展開していたマハトマ・ガンジーは、イギリスのインド総督アーウィン卿と会見し、インド人による塩の製造と政治犯の釈放を認めるガンジー・アーウィン協定が結ばれる。
1888 年(明治 21 年)、ガンジーはイギリスへ渡り、法律学校へ入学。1891 年(明治 24 年)に弁護士の資格を取る。
1893 年(明治 26 年)5 月、南アフリカへ渡ったガンジーは、人種差別の現実を目の当たりにする。1906 年(明治 39 年)、南アフリカで外国人登録証への不服運動を始める。一切暴力を用いないという運動だった。
1915 年(大正 4 年)にインドに帰郷したガンジーは、糸車「チャルカ」をシンボルに民衆運動を展開する。

しかし、1922 年(大正 11 年)3 月 10 日、民衆を扇動した罪でインド総督府に逮捕される。
1924 年(大正 13 年)2 月 5 日に釈放されたガンジーは、1924 年(大正 13 年)3 月 12 日、78 人の有志とともに海へ向かって歩き始める。当時のインド人は、海水から塩を製造することを禁じられていた。ガンジーらは、自分たちの摂る塩は自分たちで作るということをスローガンにした。
やがて塩の行進には数千人が参加し、3 キロの長さの大行進にふくれあがった。
4 月 6 日にはアラビア海の海岸に到着し、実際に塩を作った。
このことで 5 月 5 日、ガンジーは再び逮捕される。
1931 年(昭和 6 年)1 月 19 日に解放されたガンジーは、自らがインド国民の代表として交渉することを総督府に要請。3 月 5 日、交渉は実現し、アーウィン総督はインド人による塩の製造と 10 万人の政治犯釈放に応じる。

1947 年(昭和 22 年)8 月 15 日、インドは念願の独立を果たすが、ガンジーの願いもむなしく、ヒンドゥー教とイスラム教の対立のためにパキスタンとの分離独立する結果になった。
表紙 ガンジー自伝
著者 マハトマ・ガンディ-/蝋山芳郎
出版社 中央公論新社
サイズ 文庫
発売日 1983年06月
価格 822円(税込)
rakuten
ISBN 9784122010383
 
1825 1875 1925 1975 2025 1931 ガンジー・アーウィン協定 1869 1948 ガンジー 1897 1945 チャンドラ・ボース 1881 1938 ムスタファ・ケマル 1922 ツタンカーメンの墓の発掘 1928 ファシスト党による一党独裁 1883 1945 ムッソリーニ 1859 1941 ヴィルヘルム2世 1934 ヒトラー総統の登場 1889 1945 ヒトラー 1939 1945 第二次世界大戦 1945 国際連合が発足 1946 ユネスコが発足 1879 1955 アインシュタイン 1867 1934 マリー・キュリー 1879 1953 スターリン 1929 暗黒の木曜日 1872 1933 カルビン・クーリッジ 1882 1945 フランクリン・ルーズベルト 1927 航空機による大西洋横断 1866 1946 H.G.ウェルズ 1934 日米親善野球 1895 1948 ベーブ・ルース 1903 1941 ルー・ゲーリッグ 1928 ディズニーアニメにミッキーマウス登場 1930 冥王星の発見 1927 昭和金融恐慌 1928 昭和天皇、即位の大礼 1928 張作霖爆殺事件 1931 満州事変 1932 五・一五事件 1936 二・二六事件 1937 盧溝橋事件 1861 1949 牧野伸顕 1868 1952 岡田啓介 1858 1954 尾崎行雄 1940 杉原千畝が難民にビザ発給 1941 1945 太平洋戦争 1884 1943 山本五十六 1884 1948 近衛文麿 1884 1948 東条英機 1867 1947 幸田露伴 1865 1950 長岡半太郎 1872 1943 島崎藤村 1878 1942 与謝野晶子 1896 1933 宮沢賢治 1909 1948 太宰治 1906 1967 愛新覚羅溥儀 1914 1987 嵯峨浩 1907 1994 愛新覚羅溥傑 1907 1971 林彪 1915 1989 胡耀邦 1914 1991 江青 Tooltip
(この項おわり)
header