西暦1966年 - 文化大革命

権力闘争と粛正の時代
紅衛兵を描いた図
1966 年(昭和 41 年)、中華人民共和国で文化大革命(文革)が始まる。

中国の思想統制は 1949 年(昭和 24 年)の建国前後にすでに始まっていたが、1960 年代前半の中ソ論争を受け、独自路線としての毛沢東思想がさらに強調されるようになっていった。
毛沢東は国民の支持は受け続けていたが、1950 年代の人民公社政策や大躍進政策の失敗によって、1960 年代に入ると指導部での実権を失っていた。文化大革命は、林彪 (りんぴょう) が毛沢東の権威を利用し、中国のナンバー 2 であった劉少奇 (りゅうしょうき) を失脚させた権力闘争の色合いが濃い。
毛主席語録(ドイツ語版)
1966 年(昭和 41 年)、原理主義的な毛沢東思想を信奉する学生たちは紅衛兵 (こうえいへい) と呼ばれる団体を結成し、10 代の少年少女が続々と加入して拡大を続けた。
紅衛兵は真っ赤な表紙の「毛主席語録」を常に携帯し、集会で振りかざされるシーンが文化大革命を象徴する光景となってゆく。
彼らの活動で中国の高等教育は機能を停止し、この世代に大きな悪影響を残すことになる。
文化大革命中、粛清の嵐が吹き荒れ、行方不明者を含めた犠牲者数は推計で約数百万人から約 1000 万人以上といわれ、このために中国の経済発展は 30 年遅れたと言われている。
またマルクス主義に基づいて宗教が徹底的に否定され、教会や寺院・宗教的な文化財が破壊された。特にチベットではその影響が大きく、仏像が溶かされたり僧侶が投獄・殺害されたりした。

1971 年(昭和 46 年)、毛沢東暗殺に失敗した林彪はソ連へ逃亡を図るが、途中、墜落死する。
周恩来
1973 年(昭和 48 年)に入ると、江青 (こうせい) 張春橋 (ちょうしゅんきょう) 姚文元 (ようぶんげん) 王洪文 (おうこうぶん) 四人組が中国共産党の実権を掌握し、林彪と孔子や儒教を否定する批林批孔運動がはじまる。
この運動は、毛沢東の信任厚い周恩来 (しゅうおんらい) を孔子になぞらえ引きずり下ろそうとする四人組側のもくろみで行われたものと、後に判明する。江青が自らを武則天になぞらえ、女帝として毛沢東の後継者たらんとしていたからだともいわれる。

1976 年(昭和 51 年)、周恩来と毛沢東が相次いで死去すると、文化大革命も沈静化をみせる。新しく首相となった華国鋒は四人組を逮捕した。
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(この項おわり)
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