『宮崎駿の〈世界〉』――共感できるか、できないか

切通理作=著
表紙 宮崎駿の〈世界〉
著者 切通理作
出版社 筑摩書房
サイズ 新書
発売日 2001年08月21日頃
価格 1,034円(税込)
ISBN 9784480059086
天安門事件の後、『紅の豚』の準備をしていた89年にはソ連が崩壊した。真っ赤な飛行艇に乗り、秘密警察の目を逃れて自由に飛んでいる男ポルコ・ロッソの姿を、宮崎は社会主義の幻想が崩れた自分が立て龍もる場所にしていたようだ。(272ページ)

概要

アニメーターのイラスト
私と同世代のエッセイスト切通理作 (きりどおし りさく) さんによるアニメ監督・宮崎駿の研究本である。通常の新書の1.5倍のページ数に加え、本文の一部が二段組みになっているという、膨大な文字数の作品である。しかし、これを読み通すのは苦痛の連続だった。なにせ、宮崎駿のアニメ作品の「あらすじ」と「感想文」が綯い交ぜになった長文が延々と続くのだから。
私の同世代人は、多かれ少なかれ、宮崎駿の影響を受けている。子ども時代、「アルプスの少女ハイジ」にはじまるカルピス名作劇場を家族で見ていた人は多いだろう。一方、ルパン三世シリーズや映画版「[カリオストロの城:wikipedia:ルパン三世_カリオストロの城:」を通じて、後の「おたく」が生まれてゆく。そして、NHK初の連続アニメ「未来少年コナン」と、初のオリジナル長編アニメ「風の谷のナウシカ」により、宮崎駿の名前は全国区となった。

本書は、そういった事実を延々と並べ(刊行時点で最新映画だった「千と千尋の神隠し」への言及は少ない)、筆者の感想が付け加えられているだけなのである。ナウシカをリアルタイムで見た頃の私だったら、それでも納得できたかもしれないが、歴代の宮崎作品を見続け、社会人となり、自分の子どもに「トトロ」を見せている現在では大いに不満がある。
一番大きな不満は、関係者の生の声がないことである。文章の大半は、雑誌や対談からの引用である。関係者が死亡した後の時代ならともかく、宮崎駿をはじめ、ほとんどの人々はいまだ一線で活躍しているのである。かりにも読者から金を取るなら、彼らに直接インタビューするくらいの努力はしていただきたいものだ。これで「研究本」を名乗れるのだとしたら、「おたく」なら誰でも発刊できるであろう。
もう1つの不満は、宮崎駿の社会への影響である。本書でも触れられているが、「カリオストロの城」に続いて起きたロリコン・ブームと宮崎勤事件、教団の資料でナウシカを神聖視していたオウム真理教――宮崎作品には光の部分と影の部分がある。それが人気の秘密だと思うのだが、光と影のメッセージ性が強すぎるのである。宮崎アニメに潜む病理について、もっと研究してほしかった。

私は、アニメに限らず、映画はエンターテイメントに徹すればいいと考えている。その意味では、著者が宮崎アニメの「第一期」に分類する「カリオストロの城」や「[未来少年コナン]blue]」は、エンターテイメント性の強い作品だった。おかしくなってきたのは、「風の谷のナウシカ」からである。その後、「天空の城ラピュタ」「紅の豚」などは、それなりに楽しめる作品だったが、最近はそれもなくなってしまった。
宮崎駿という人物は、どうも、アニメを作りながら自分の考えを作品に埋め込んでいる節があり、観客のことを考えていないのではないかという気がする。それが天才の天才たるゆえんだろうが、金を払って映画を見る観客としてはいい迷惑である。もっと観客を楽しませる作品を作ってほしいものだ。でないと、本書のように、量だけで中身のない批評家が増えるばかりである。
(2005年11月3日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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