『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』

山中伸弥・緑慎也=著
表紙 山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた
著者 山中 伸弥/緑 慎也
出版社 講談社
サイズ 単行本
発売日 2012年10月11日
価格 1,296円(税込)
rakuten
ISBN 9784062180160
いろんな人に支えられてできたiPS細胞です。(153ページ)

概要

著者は、2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥 (しんや) さん。数学と物理が好きな科学少年で、電気製品を分解したり、星新一やペリー・ローダン・シリーズを愛読、学生時代にNECのパソコンでBASICプログラムを組んでいたというところに共感を感じる。こう言っては失礼だが、3歳年上の兄貴のような存在だ。
本書は、山中さん自身が専門用語を易しく解説しており、中学生でも読める内容となっている。

レビュー

iPS細胞
iPS細胞
第2部のインタビューの中で、山中さんは研究チームの一人一人の功績を挙げ、「いろんな人に支えられてできたiPS細胞です」(153ページ)と答えている。山中さんが所長を務めるCiRA (サイラ) (京都大学iPS細胞研究所)がオープンラボの形態をとっているのも、その表れであろう。
「コンピュータの世界は、ユーザー1人1人がハードウェア、ソフトウェア、データをすべて自分で管理していた時代から、ネットワークを介してさまざまなサービスをみんなで共有するクラウドコンピューティングの時代に変わりつつあります。こういう時代の変化にあわせて、研究スタイルも変わりつつあります」(180ページ)と言う。
また、山中さん自身は「研究者でもありつづけたいので、研究者と経営者の仕事のバランスは、どちらに偏ってもダメで、五分五分を維持したい」(185ページ)という。研究は継続性が重要なので、雇用も含めて体制づくりに腐心しているという。
研究者が背負うには重すぎる責任ではないかとの質問に対しては、難病で苦しむ患者のことを思ったら、努力するのは当たり前との回答――ビジネスマンとして、兄貴の姿勢は大いに勉強になる。

山中さんは電気いじりが好きな人だから不器用なはずはないのだが、研修医時代は手術が遅く「ジャマナカ」と馬鹿にされたという。そして薬理学専攻の大学院に挑戦し、「いったん基礎医学の世界に逃げた」(35ページ)と謙遜するが、その努力は並大抵のことではなかったはず。指導教官の教えを守り、「ヤマチュウ」と呼ばれるようになる。
やがてアメリカに留学し、遺伝子の研究をしていくうちにES細胞の研究にのめり込んでいく。

だが、アメリカから帰国し、日本の研究環境の貧しさから、うつ状態になってしまう。山中さんは、「もっと辛かったのは、自分の研究を理解してくれる人が周囲にほとんどいなかったこと」(73ページ)と振り返る。
1998年、アメリカのジェイムズ・トムソン教授がヒトES細胞の作成に成功したことや、奈良先端科学技術大学院大学の助教授のポストを得られたことから、精神状態は好転する。研究室に学生を集めるために、「ヒトの胚を使わずに、体細胞からES細胞と同じような細胞を作る」(81ページ)というビジョンを掲げる。
この研究を進めていくには、いままでなら膨大な時間や費用がかかったろう。だが時代が山中さんをサポートする。遺伝子データベースや検索ソフトが無料公開されたのだ。そして2003年、科学技術振興機構のプロジェクトに採択され、年間5000万円の研究費が支給されることになった。
奈良先端大には医学部がなくヒトの細胞を扱うことができなかったため、抽出した24個の遺伝子とスタッフを伴い、山中さんは2004年、京都大学再生医科学研究所へ移籍する。

iPS細胞のネーミングが、AppleのiPodにあやかって付けられたことは有名な話だが、当時は韓国の黄教授によるES細胞の論文捏造事件があったばかりで、たった4個の遺伝子で体細胞が初期化されることに疑いのまなざしが向けられた。
だがiPS細胞の場合、だれもがすぐに追試できた。逆に、研究開発競争に火を付けたのだった。
そんななか、山中さんの研究チームは、「iPS細胞ストックを作ることとあわせて、ぼくらがいちばん力を入れているのは、iPS細胞の安全性を高めるための研究」(137ページ)だという。当初はレトロウイルスを使ってiPS細胞を作っていたが、現在はより安全なプラスミドを使っている。
意外だったのは、「ES細胞やiPS細胞が作製できるのは、ほ乳類の一部だけ」(165ページ)ということ。イモリやプラナリアの再生能力は、ES細胞やiPS細胞の万能性とは異なる性質のものだという。

最後に山中さんは、息子が臨床医になったことをとても喜んで亡くなった父に対し、「父にもう一度会う前に、是非、iPS細胞の医学応用を実現させたいのです」(190ページ)と結んでいる。
(2014年1月12日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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