小説『幼女戦記』

カルロ・ゼン=著/篠月しのぶ=挿絵
ターニャ・デグレチャフ
西暦2013年2月22日、人事部課長の男はホームから突き落とされ死んだはずだった。だが、〈存在X〉により、〈帝国〉と呼ばれる軍事国家で、産まれたばかりの女児ターニャ・デグレチャフとして転生させられた。ときに統一暦1914年7月。ターニャは、この理不尽な〈存在X〉は神などではなく、悪魔だと確信した。天使のような愛くるしい外見に似合わず、自由市場経済のドグマを記憶する彼女の孤独な戦いが始まる――。

目次

表紙 幼女戦記 第1巻 -Deus lo vult-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2013年11月
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047291737
この世の理を外れうるのは神か悪魔である。神がいるならば、世の不条理を放置するはずもなし。故に、世界に神はいない。よって、眼前の存在Xは悪魔である。証明終了。(18ページ)

あらすじ

修道女のイラスト
孤児院で育ったターニャは、軍に志願。10歳にならない幼女が魔道少尉となった。
統一暦1923年6月、彼女は北方のノルデンで着弾観測を行っている最中、敵・協商連合のアンソン・スー中佐が率いる魔道中隊と遭遇。満身創痍になりながらも敵魔道中隊を撃退し、帝国の勲章の中で最も価値の高い銀翼突撃賞に推挙された。だが、叙勲課長のエーリッヒ・フォン・レルゲン少佐は「兵器として完成した子供などそら恐ろしいだけだ」と感じていた。

怪我から回復したターニャは、技術検証要員としてクルスコス陸軍航空隊試験工廠に転属になる。そこで、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した画期的な演算宝珠エレニウム95式を試験することになるが、これが非常に扱いにくい代物だった。それを欠陥品と指摘するターニャにシューゲルは激怒するが、そこに〈存在X〉が降臨し、神の栄光を称えることでエレニウム95式が完全稼動する〈奇跡〉を示した。
悪魔のコスプレをしている女の子のイラスト
ターニャは、西方で共和国との塹壕戦が続くライン戦線に転属になる。ここで小隊を任され、幼年学校を出た少女ヴィクトーリア・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長とペアを組む。ターニャはエレニウム95式を全力稼動させ、単騎で2個中隊を全滅させた。彼女は〈ラインの悪魔〉と呼ばれるようになる。

11歳になったターニャは帝国軍大学に入学し、参謀本部戦務参謀次長ハンス・フォン・ゼートゥーア准将と出会う。彼女は前世の記憶から、この戦争が世界大戦になるだろうと示した。彼女は、敵の戦争継続能力を削ぐために魔道大隊の創設を提案する。
ゼートゥーアはターニャを少佐に昇進させ大隊を組織させる。ターニャは安全な後方勤務に就こうと、魔道兵士に限界ギリギリの訓練を課すことで大隊編成の時間稼ぎをしようと目論むが、当てが外れ、第203航空魔道大隊という精鋭部隊が誕生してしまう。

レビュー

ターニャ・デグレチャフ
2016年1月からアニメ放映がはじまった『幼女戦記』の原作。カルロ・ゼンさんはウェブ小説として連載ライトノベルが書籍化され、作家としてデビューした。
ページの隅に解説として登場する用語――シカゴ学派マーフィーの法則――はビジネスマンにはお馴染みのものばかり。また、マルサスの人口論つじーん級、といった用語は、世界史フリークにはお馴染み。
そして、ROEの解説に「株主資本利益率ではなく、交戦規定のこと」と記されているのには笑ってしまった。カルロ・ゼンの中の人は、ターニャちゃんの中の人と同じ、かな~りのオッサンではないかと。御本人が「清く正しいカフェイン愛好家兼作家」と自己紹介されているので、間違いないw

ラノベなので背景描写は少なく、登場人物の台詞と心理描写が中心なのだが、にもかかわらず、第1巻が400ページ超というボリュームはどうしたもんだか。このため、一般的なラノベの倍以上の価格設定となっており、読者の悲鳴が漏れ伝わってくる。
原作の挿絵を担当している篠月しのぶさんの絵と、細越裕治さんがキャラクター・デザインを担当したアニメの絵柄は全く異なるのだが、ターニャちゃんの人外風味は、高橋葉介さんを連想し、懐かしさを覚えた。
原作の背景描写は、アニメが有り余る描写力でカバーしている。国別の兵装の描き分けは、実在の兵器をモチーフとしているものが多い。さらに、3D CGで描かれる演算宝珠、とくにエレニウム95式のそれは、4コアCPUをモチーフとしているでしょw
ターニャちゃんの声を担当している悠木碧 (ゆうき あおい) さんの演技力がハンパなく――とくに第伍話「はじまりの大隊」の終盤で宣戦布告するシーン――たいへん完成度の高いアニメとなっている。
(2016年3月18日 読了)
表紙 幼女戦記 第2巻 -Plus Ultra-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2014年06月
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047295698
人間を救えるのは、何時だって人間だけだ。そんな当たり前のことを忘れて宗教にすがるのが人間の弱さなのだろう。(488ページ)

あらすじ

18世紀の軍隊
統一暦1924年9月24日、ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊の初仕事は、帝国との国境を越えて進軍してきたダキア公国の大軍を迎え撃つことだった。航空戦力を持たず平文で無線通信する前近代的なダキア軍を簡単に蹴散らし、第203航空魔道大隊はダキア公国の首都を攻撃する。
第203航空魔道大隊は、北方ノルデンで、連合王国が加担しているらしい協商連合軍に苦戦する友軍の救援に向かう。
ターニャは朝鮮戦争でマッカーサーがとった仁川上陸作戦を思い出し、クルト・フォン・ルーデルドルフ少将が秘密裏に進めていた大規模揚陸作戦に気づく。ターニャの洞察力に驚いたルーデルドルフ少将は、第203航空魔道大隊にオース・フィヨルドへの空挺作戦を命じる。オース・フィヨルドには協商連合のアンソン・スー大佐が率いる魔道大隊が駐屯していたが、第203航空魔道大隊の急襲を受け、フィヨルドの砲台を守り切れず、帝国海軍の揚陸作戦を許してしまう。

スー大佐は、妻と娘メアリーを合衆国へ避難させ、協商連合の要人警護に当たることになった。メアリーは、別れ際にASのイニシャルの入った短機関銃を父にプレゼントする。連合王国の特務艦ライタールに乗り込んだ要人たちは、潜水艦に乗り移ろうとするが、偶然その場に第203航空魔道大隊が居合わせた。ターニャは強制臨検を命じるが、ライタールはこれを拒否し、ターニャはスー大佐に銃剣を突き立て短機関銃を奪うと、魔道大隊の威嚇射撃によって潜水艦は沈没するが、要人たちは逃げ延びた。
連合王国は帝国への情報漏れに恐れおののき、一方、帝国は連合王国の参戦に恐怖することになる。ターニャは無罪となり、海軍との総合演習に協力する。

ターニャが率いる第203航空魔道大隊はライン戦線に転属となる。そこで補充魔導師として戦地慣れしていない新人を送り込まれ、彼らを教育する羽目になる。そんな中、後方にあるアレーヌ市が敵の手に落ちる。このままではライン戦線への補給が止まってしまう。帝国軍は、かつてターニャが提出した市街戦の論文を参考に、国際法違反を回避しつつ、アレーヌ市への爆撃を開始する。先鋒は第203航空魔道大隊だ。
統一暦1925年5月18日、第203航空魔道大隊から選抜された精鋭中隊は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置に乗り込み、マッハ1.5のスピードでライン戦線を飛び越え、敵司令部を直接攻撃する――。

レビュー

第2巻は、第1巻を大幅に上回る574ページの大ボリューム! アニメ第1期の第5話~第10話に相当する。
〈帝国〉は、第一次大戦・第二次大戦のドイツがモデルだろう。シューゲル技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置は、アニメでは、第二次世界大戦時にドイツが開発したV-1ロケットをベースに、ブースターを追加したデザインになっている。堀内賢雄さんが演じるアンソン・スーの親としての狂気、飛田展男さんが演じるアーデルハイト・フォン・シューゲルの技術者としての狂気――戦争の恐怖を、コミカルに描いている。
(2016年3月23日 読了)
表紙 幼女戦記 第3巻 -The Finest Hour-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2014年11月29日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047300378
常識とは、基本的に偏見かもしれないという懐疑的な視座を忘れずに、パラダイムに挑戦し、革新をもたらすこともまた進歩のルール。その視座からしてみれば、自分が憂欝な気分になるというのも軍事的観点からすれば非合理と言えなくもないという事も理解はする。(18ページ)

あらすじ

V-1ロケット
ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊から選抜した12人は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が開発した強行偵察用特殊追加加速装置 V-1に乗り込み、マッハ1.5のスピードでライン戦線を飛び越え、敵司令部の直接攻撃する〈衝撃と畏怖〉作戦を完遂する。
帝国軍最高統帥会議に首席していたハンス・フォン・ゼートゥーア少将は、「既に、第一段階作戦により敵指揮系統を我が軍は撃滅いたしました。どうぞ、更なる続報をお待ちください」と宣言する。
共和国軍前線に酒を届けようとしていた航空魔導士のセヴラン・ビアント中佐は、前線で起きた大規模爆発を目撃し、司令部が壊滅したことを知る。これが帝国軍の〈解錠作戦〉だった。
潜水艦内で一夜の宿をとったターニャらは、ライン戦線の残敵掃討に出発する。途中、サー・アイザック・ダスティン・ドレイク中佐が率いる連合王国の航空魔道大隊と遭遇し、これを撃退する。
統一暦1925年6月、帝国軍は共和国首都パリースィイに進駐し、対共和国戦争は終わったかに見えた。だが、共和国のド・ルーゴ少将はビアント中佐と合流し、ブレスト軍港から残存兵とともに南方大陸へ脱出した。これを知ったターニャは、戦争を終わらせるべく V-1での出撃を進言するが、停戦命令が出てしまう。
第203航空魔道大隊は休暇に入るが、ターニャは一人、帝都へ向かい、ゼートゥーア少将に進言しようとするが、酒宴にうかれて空っぽになった参謀本部を見て愕然とする。

とある次元、とある存在領域で、天使たちが策動していた。その頃、ターニャとの戦いで戦死したアンソン・スー大佐の娘メアリー・スーが合衆国軍に志願する。

ゼートゥーアとクルト・フォン・ルーデルドルフは中将に昇進するが、共和国残党が自由共和国軍を称して南方大陸の植民地で抵抗運動を開始したことに頭を痛めていた。
9月4日、第203航空魔道大隊に、南方大陸のロメール軍団長の指揮下に入るよう転属命令が下る。ターニャはロメールと意気投合し、ド・ルーゴ少将の司令部の急襲に成功する。
そして、連合王国は帝国に宣戦布告する。

レビュー

アニメ第1期の第10話~第12話に相当する。南方戦役は「砂漠のパスタ大作戦」から劇場版へと続くところで少しだけ触れられている。
アニメにおける解錠作戦は、絶妙なカット割りで、映像と音声の迫力を際立たせた。また、停戦命令後にターニャとレルゲンが静かに語り合うオリジナル・シーンも印象的だった。
ターニャはレルゲンに「いかに近代化が進もうとも、いかに社会規範が浸透しようとも、人は時として合理性よりも、感情を優先する愚かな存在である。憎悪に囚われた人間は、打算も合理性も、損得さえも抜きに、どこまでも抗い続けます。憎悪の火は、全て消し去らねばならない」と語る。合理性を信条とするビジネスマンのターニャの本心がよくあらわれている。
だが、この信条が、次の連邦との戦いで仇となる――。
(2016年4月10日 読了)
表紙 幼女戦記 第4巻 -Dabit deus his quoque finem-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2015年06月29日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047304741
神様、どうか私達の中佐殿が私達の敵でないことを感謝させてください。(445ページ)

あらすじ

赤の広場
統一暦1926年3月15日、ターニャ・デグレチャフ少佐が率いる第203航空魔道大隊は、連邦との東部国境への偵察を命じられる。密かに連邦領に降り立つと、巨大な列車砲が帝国領へ向けて火を噴いた。連邦との戦争が始まったのだ。
資本主義の権化たるターニャは、コミー(共産主義者)に容赦がなかった。連邦に航空戦力が乏しいことを見て取るや、首都モスコーを急襲。上空から帝国国歌を歌い、帝国旗を掲げ、記念撮影までしてみせた。連邦の最高指導者ヨセフ・ジュガシヴィリの腹心ロリヤ内務人民委員部長官は、空を飛ぶターニャに「なんと可憐なのだ」と一目惚れする。

だが、兵士が畑でとれるという連邦軍は、150師団の大軍をもって東部戦線に押し寄せた。帝国軍は防戦するのに精一杯だ。
東部最前線へ送り込まれたターニャは、連邦軍が殺到し孤立した都市ティゲンホーフへ救援に向かうとともに、そこを橋頭堡として東部前線を支えようと考えた。連邦軍は次から次へと師団を送り込んでくるが、航空戦力はあらわれない。連邦は、魔導士を粛正してしまっていた。

連合王国と大陸を隔てるドードーバード海峡へ向かった第203航空魔道大隊は、連合王国と合衆国の協同部隊に遭遇する。ターニャとの戦いで戦死したアンソン・スー大佐の娘メアリー・スーは、彼女が父にプレゼントした短機関銃をターニャが持っていることを見るや否や、彼女に襲いかかる。ターニャスーを軽くいなすが、とどめを刺すことはできなかった。

ターニャは中佐に昇進し、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将はサラマンダー戦闘団の組織を命じる。戦闘団は第203航空魔道大隊を中核に構成され、東部戦線へ出発した。

レビュー

前半の連邦線は、劇場版アニメ『幼女戦記』で映像化されている。同志ロリヤのキャラクターや、メアリーの桁外れの攻撃能力は、映像化によって印象づけられた。
繰り返しになるが、ターニャ・デグレチャフの中の人は、現代日本を生きたビジネスマンである。自由市場経済を信奉し、共産主義者を忌み嫌う。「兵士が畑でとれる」というのは、もちろん、旧ソビエト連邦を皮肉った言葉として有名なもの。首都モスコーの様子は旧ソ連時代のモスクワのそれであるが、連邦は魔導士を粛正してしまい、モスコーは防空能力が皆無という設定。だがしかし、1975年の日本では、ソ連のミグ25の函館空港への強行着陸を許してしまっている。わが国の航空戦力は、一体どうなっていたのかと。
(2022年7月18日 読了)
表紙 幼女戦記 第5巻 -Abyssus abyssum invocat-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2016年01月28日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047309029
損害がたった10名と口にできる人間は、人的資本管理の欠片も理解していないアホだけだろう。類例を求めるならば、ベテランの販売員を解雇し、給料の安いアルバイトに全員を置き換え、現場が回らなくなった理由に首を傾げる超弩級の間抜けども。(267ページ)

あらすじ

共産主義と民族主義
東部戦線でターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、連邦からの亡命してきたヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ中尉の言語力を活用し、捕虜から驚くべく事実を聞き出した。彼らは共産党を支持しているのではなく、母国を侵略者から守ろうというナショナリズムで戦っていた。
ターニャは考える――イデオロギーと戦っているのであれば、イデオロギーの妥当性や正当性を攻撃すればよい。が、『ナショナリズム』との戦いはダメだ。
連邦との戦い方について、ターニャはハンス・フォン・ゼートゥーア中将に意見具申する。こうして参謀本部軍事諜報局は、ターニャに白翼大鉄十字を推薦した。だが、サラマンダー戦闘団は解体され、参謀本部が代わりの戦闘団を組織するという。

ターニャが率いる第203航空魔道大隊は、ノルデン北方で連合王国の大型輸送船RMSクイーン・オブ・アンジューの偵察任務に就くが、ウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐が率いる連合王国の海兵魔道部隊の攻撃を受け、十数名の部下を失う。ターニャは、「損害がたった10名と口にできる人間は、人的資本管理の欠片も理解していないアホだけだ」と罵る。

統一暦1926年10月8日、第203航空魔道大隊は潜水艦隊と協同で、RMSクイーン・オブ・アンジューに再戦を挑む機会を得た。ターニャらは陽動役を買って出て、勝利する。合衆国の義勇兵メアリー・スー少尉は生き残り、連邦の政治将校、クイーン・オブ・アンジュー中尉と出会う。

ターニャらは再び東部戦線に戻り、参謀本部が編成した練度の低い戦闘団をどうにか動かしながら、連邦と対峙する。だが、気象班の予報より早く冬が訪れようとしていた。
連邦は連合王国と手を組んだ。一方、帝国はターニャの提案を受け入れ、連邦が帝国と敵対させていた分離主義者(民族主義者)と手を組み、連邦への反抗を開始した。

レビュー

参謀本部にサラマンダー戦闘団を取り上げられたターニャにあてがわれたのは、戦場の経験がほとんどない新兵からなる戦闘団――「インストールすれば、その瞬間からプログラムが動き出すという具合に人間はできていないのだ」(272ページ)、「営業の最前線に、自分の取り扱う商品について理解していない新人を放り込むようなものだ。人手不足を補いたいという意図はさておき、酷い混乱を生み出すのは間違いない」(367ページ)、「自己判断を任せることすら危うい新人のアルバイトしか配属されていない繁忙店となれば結局、指揮官先頭とばかりに店頭に店長が立つしかない」(379ページ)と怨嗟の声を上げる。ターニャの中の人は、現代日本の人事部課長なのだ。同情を禁じ得ない。
一方で、自由市場経済の信奉者として共産主義者を忌み嫌っていたが、「『ナショナリズム』との戦いはダメだ」(85ページ)という歴史の教訓から、連邦の民族主義者と手を結ぶという合理的な提案をする。サラリーマンとしてはたいへん有能である。
(2022年7月20日 読了)
表紙 幼女戦記 第6巻 -Nil admirari-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2016年07月28日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047342101
ターニャ「多様性こそが、戦争に勝つためには必要不可欠だ」(25ページ)

あらすじ

冬将軍
新兵からなるサラマンダー戦闘団を率いて東部戦線に駐留するターニャ・フォン・デグレチャフ中佐。東部戦線の冬将軍到来で機能不全に陥った戦闘団だったが、連邦の武器を鹵獲して活用することを思い立つ。一方、連邦は連合王国と手を組み、迫害していた魔道士ミケル大佐らを復帰させた。連合王国のウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐は大隊長として、連邦のミケル大佐らと多国籍義勇軍を率い、サラマンダー戦闘団と交戦する。
帝国と分離主義者(民族主義者)による自治評議会と、連邦と連合王国の多国籍義勇軍――東部戦線の水面下では、両者による政治的駆け引きが行われていた。
年が明け統一暦1927年1月、イルドア王国の軍政家イゴール・ガスマン大将が動き出す。視察のため、レルゲン大佐が派遣され、そこでヴィルジオニ・カランドロ大佐からイルドアが講和を仲介すると提案される。

帝都に戻ったターニャは、珈琲の供給もままならず、前線との温度差を感じ、帝国が疲弊していることを見抜く。ターニャは、ウーガ中佐に講和の必要性を語る。
一方、レルゲン大佐がイルドアへ派遣されたことを知った連合王国だったが、チャーブル首相は連邦と協同して帝国西方へ海軍の展開を命じる。東部戦線に戦力を割いている帝国軍は、西方へ予備戦力を裂かざるを得なかったが、辛うじてこれを撃退した。

ドレイク中佐とミケル大佐は北方へ転進し、旧協商連合国のパルチザンと協同し、帝国軍へ反抗に出る。かつてターニャが率いる第203航空魔道大隊がオース・フィヨルドを空挺降下で急襲したが、その意趣返しであるかのように、ドレイクらは潜水艦から出撃して帝国軍を攪乱する。
ターニャが率いるサラマンダー戦闘団は北方へ向かうが、か細い補給線と、パルチザンの度重なる嫌がらせ攻撃を受け、次第に疲弊してゆく。
(2022年8月11日 読了)
表紙 幼女戦記 第7巻 -Ut sementem feceris、ita metes-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2016年12月28日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047344075
平和とは、恐怖の終焉でなければならないのだ。(254ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、サラマンダー戦闘団を率いて再び東部戦線にあった。だが、連邦軍の物量の前に、帝国軍は消耗戦を強いられていた。
一方、イルドア王国による和平工作を視野に入れた参謀本部は、レルゲン大佐を機動戦闘団指揮官として、サラマンダー戦闘団レルゲン戦闘団と呼称し、イルドア王国ヴィルジオニ・カランドロ大佐が観戦武官としてサラマンダー戦闘団に受け入れることになった。
カランドロ大佐は、連邦軍と容赦ない市街戦を展開するターニャの指揮ぶりに驚くが、ターニャは国際法違反ではないことを証明してみせる。いわく、「ルールとは、破るものではない。相手に破らせるものだ」(217ページ)。
ターニャたちが軍議を開いていたところ、突然、味方からの誤射を受ける。ターニャは誤射した相手に激怒し、事故を防ぐが、味方の観測魔道士が混乱していることは明らかだった。

一方、参謀本部のクルト・フォン・ルーデルドルフ中将は、東部戦線の反攻作戦――鉄槌作戦を計画立案する。同期で兵站を預かるハンス・フォン・ゼートゥーア中将は博打だと、そのリスクを懸念するが、統一暦1927年5月、帝国軍は制空権を掌握し、鉄槌作戦を成功させる。
一方、レルゲン大佐はルドア王国の軍政家イゴール・ガスマン大将に、帝国本国からのメッセージとして「糞くらえ」と伝えた。帝国はイルドア王国が示した講和案には応じなかった。

鉄槌作戦で活躍したサラマンダー戦闘団は、敵司令部の撃破に成功。なおも連邦軍の抵抗は続いたが、帝国軍はその動きを封じた。
帝国軍の完全勝利だった――ターニャも参謀本部も停戦を確信していた。だが、連邦のロリヤ内務人民委員部長官は、帝国の世論を冷静に分析し、内部工作を進めた。その結果、最高統帥会議は国内経済を立て直すために賠償要求は必須だと譲らない。
帝国軍は文民統制――参謀本部は、「東部における勝利を勘案し、再交渉により大幅な譲歩を迫るべし」と発令せざるを得なかった。

レビュー

共和国との戦いでは、参謀本部が勝利の活用を誤り停戦に至らなかった。今回の連邦との戦いでは、ターニャも参謀本部も、停戦まであと一歩に迫っていた。だが、連邦による世論操作により、再び停戦の機会を逃してしまう。
案外、現実世界における文民統制の弱点も、こんなところにあるのかもしれない。であるならば、平時にスパイ活動防止法を用意しておくに越したことはないだろう。
(2022年9月6日 読了)
表紙 幼女戦記 第8巻 -In omnia paratus-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2017年06月30日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047346550
ターニャ「愛国とは、無謀を肯定するものではありません。そもそも、国家を愛するのであれば、国家の平和を守るべきであり、重ねていうならば破滅を阻止することこそが愛国者の義務でもありましょう」(409ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1927年5月26日、帝都中央駅のプラットフォームでクルト・フォン・ルーデルドルフ中将が見送る中、ハンス・フォン・ゼートゥーア中将は東部戦線へ向かった。戦務参謀次長の職は解かれなかったものの、最高統帥会議に逆らったことで、事実上の更迭となった。2人は、帝国が大規模攻勢に転じるアンドロメダ作戦の成功を誓い合う。
自戒する。
ゼートゥーアの来訪を知らないターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、急な来訪に驚いた。ゼートゥーアターニャに囮になることを命じる。予備選力としてヴォーレン・グランツ中尉の小隊をゼートゥーアに引き抜かれた上で、ターニャが率いるサラマンダー戦闘団は、作戦通り、ソルディム528陣地で敵に包囲される。一方、連邦はラーゲリに収容していた魔導師たちを復帰させ、東部戦線へ送り込み、サラマンダー戦闘団は窮地に陥るが、航空魔道隊のテオバルト・ヴュステマン中尉や歩兵部隊のクラウス・トスパン中尉の成長により辛くも窮地をしのぐ。ターニャは、「足りぬ、足りぬは工夫が足りぬというが‥‥育てるという努力は怠るべきでないのだろうな。無論、現場の限界はあるが」(141ページ)と自戒する。

友軍の救援という名目で、ゼートゥーアはクラム師団に便乗し、ソルディム528陣地へ向かう。サラマンダー戦闘団は、連合王国のドレイク中佐が率いる多国籍義勇軍の攻撃を受けるが、ターニャを憎悪するメアリー・スー少尉の暴走により、これを撃退し、クラム師団と連邦軍を挟撃することに成功する。
だが、東部戦線南方の資源地帯の確保は失敗し、アンドロメダ作戦は頓挫する。ターニャらが連邦軍の物資を鹵獲、運用しなければならない状況に陥ったように、帝国の物資欠乏は隠しようのない事実だった。
その事実を思い知ったゼートゥーアは、ターニャにとんでもない相談を持ちかける――。

レビュー

サラリーマンには制約が付きものである。上司になったはいいが、部下が全員有能だとは限らない。だが経営陣は、十分な要員を手当てせずに成果を出せと言ってくる。無能な部下を移動させて、他事業部の有能な要員を引き抜けば、今度はその事業部がピンチに陥る。結局のところ、与えられた要員を育てるしかない。
部下の成長を褒め、けっしてハラスメントすることがないターニャの言動は、ある意味、理想的な上司像である。戦争という大量殺人業務に携わっていなければ、の話ではあるが‥‥。
(2022年9月23日 読了)
表紙 幼女戦記 第9巻 -Omnes una manet nox-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2018年01月12日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047348776
最大限の効用を追求したいのであれば、効率性と冗長性の双方を追求せねばならない。(20ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1927年6月29日、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐が率いるサラマンダー戦闘団(正式名称「レルゲン戦闘団」)は、再編・休暇のため、東部戦線から帝都ベルンに帰還した。帝都で展開されている戦意高揚のためのプロパガンダに辟易とするターニャだったが、帰還報告をしたレルゲン大佐やクルト・フォン・ルーデルドルフ中将の表情は憔悴しきっていた。最高統帥会議が帝国軍に求めている「勝利」の明確な定義もないという。
そんなとき、連合王国が帝国西方にある工業地帯への空爆を開始した。参謀本部は南方戦線のロメール少将を西方へ向かわせることを決める。
帝都の食糧事情は悪化しており、パンやコーヒーの質が落ちていた。ターニャは、もし講和を結んだとしても、そのあとに訪れるであろう国民の暴発を考え、不安に襲われる――勝った日露でさえ日比谷での暴徒がいた。歴史を見れば、茫然自失とならずに『あれほど恵まれた条件講和』にすら大反対した暴徒が実在するのだ。世論に対する適切な説明を欠けば、ああなる(164ページ)。

ロメール少将を帰還させるため、ターニャが率いる第二〇三航空魔導大隊の選抜中隊は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師がが開発した人間魚雷「V-2」に乗り込み、連合王国主力艦隊へ特攻を仕掛ける。ターニャは、この困難な任務を完遂し、連合王国空母艦隊に甚大な被害を与えた。

統一暦1927年7月17日、ターニャらはイルドア王国に親善訪問し、かつて東部戦線に観戦武官として派遣されたヴィルジオニ・カランドロ大佐に再会する。一行は豪華列車の中で、イルドア王国の豊かな食材を使った料理に舌鼓をうつ。
一方、サラマンダー戦闘団の再編にともない、後方の港湾守備隊へ配属されたロルフ・メーベルト大尉やクラウス・トスパン中尉は、そこで、敵コマンド部隊の襲撃を受ける。帝国の防衛能力は明らかに低下していた。

参謀本部に帰投したロメール少将は、ターニャは将校クラブへ誘い、「政治という分野に軍事的な脅威たるそれがあれば、軍事的な目標たりうるだろう。必要とあらば、独断専行すべき局面もありうる」(442ページ)と語る。

レビュー

ターニャの階級は中佐――会社で言えば課長である。課長が、ゼートゥーア中将という取締役事業部長から直接命令を下されるのだから大変である。しかも、炎上プロジェクトの火消し役ばかり。
ターニャは、「勝利の定義要件さえ行方不明なプロジェクト。成功の希望など、株主を騙す詐欺師以外、持ちえない代物。スタートアップ企業のプレスリリースだって、今少しはもっともらしくやるだろうに」(159ページ)とこぼす。課長として冷静な分析である。
失敗プロジェクトは「中止」という選択肢もある。早期に中止を選択すれば、違約金は少なくて済む。会社が被る信用毀損も最小限にとどめられる。にもかかわらず、世の中のプロジェクトで、この「中止」を選択することは滅多にない――なぜか? ぜひ本書をお読みいただきたい。
(2022年10月2日 読了)
表紙 幼女戦記 第10巻 -Viribus Unitis-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2018年09月29日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047353268
戦国有数の頭がどうかしている系で特筆すべき島津ですら、防御は自らの勢力圏でやっているぞ!(164ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1927年7月25日、帝都ベルン滞在中のターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は帝国の勝利は不可能であり、真剣に転職(亡命)を考えていた。
クルト・フォン・ルーデルドルフ中将はターニャに封緘書類を持たせ、東部戦線にあるハンス・フォン・ゼートゥーア中将に届けさせた。
ゼートゥーア中将は奇策をもって東部戦線での巻き返しをはかるべく、ターニャヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ中尉に威力偵察を命じる。これを、多国籍義勇軍のドレイク中佐とミケル大佐が迎え撃つが、父親の敵であるターニャに憎悪を燃やすメアリー・スー中尉が、膨大な魔力を発揮し、見方を誤爆。ドレイク中佐も重傷を負い、ゼートゥーア中将の作戦が発動する。
西方戦線の転属となったターニャは、ロメール少将から海軍と共同で連合王国本土を強襲する作戦を告げられる。ターニャは、帝国海軍の貧弱な海軍力に加え、制空権もない状況での強襲などあり得ないと抗議するが、ロメール少将は聞く耳を持たない。ターニャは心の中で、「頭がどうかしている。戦国有数の頭がどうかしている系で特筆すべき島津ですら、防御は自らの勢力圏でやっているぞ」(164ページ)と叫んだ。
ロメール少将の強襲作戦の裁可をもらうため帝都ベルンに戻ったターニャは、レルゲン大佐と外務省のコンラート参事官の面談を受け、帝国が勝てないことを力説し、講和を求める。だが、レルゲン大佐は、「統一された見解などなし。この一点のみで、参謀本部も、最高統帥会議も、政府も、全てが一致していましょうな」(232ページ)と語った。コンラート参事官は、「理屈ではないのだ、中佐。なにしろ、ライヒの問題だ。我らがライヒは、敗北を知らん」(240ページ)とため息を漏らす。

統一暦1927年8月17日、ロメール少将の強襲作戦が発動し、第二〇三航空魔導大隊は連合王国本土へ向かって発進した。だが、そこにはドレイク中佐が率いるベテラン魔導師部隊が待ち構えていた。帝国の暗号通信は連合王国に対して筒抜けだったのだ。
強襲作戦に失敗したターニャら第二〇三航空魔導大隊は、西方占領地帯で休暇を満喫することにした。
一方、ルーデルドルフ中将はレルゲン大佐を呼び出し、イルドア王国に攻撃を加える「予備計画」を検討していた。

レビュー

いよいよ転職(亡命)を真剣に考えるようになったターニャであるが、その中の人は人事が専門のビジネスマンである。
ゼートゥーア少将のOJTを「ブラック企業が『やりがい』を教え込むようなことじゃないか」(95ページ)とこき下ろし、ロメール少将の無茶な強襲作戦を「頭がどうかしている。戦国有数の頭がどうかしている系で特筆すべき島津ですら、防御は自らの勢力圏でやっているぞ!」(164ページ)と一蹴。最高統帥府と参謀本部が目指す目標がバラバラになっている現状に対し、「ブラック企業は、やる気と現状を打破し得るイノベーションを徹底して求めるが、そもそも論としてイノベーションを解決策として求める時点で敗北している。イノベーションとは、掛け声で完成などしない。反対に、自由と創造性を最大限に活用するものだ」(168ページ)と批判する。
ターニャは、すべてを経済活動として冷徹に見ようとするが、だがしかし、帝国が敗北すれば「己のキャリアも、勤労も、サービス残業も、超過労働も、全て『無価値』となってしまう」(243ページ)のも、また厳然たる事実であった。私たちサラリーマンも、企業が倒産する前の絶妙なタイミングで転職しなければ、こうなってしまうだろう。
(2022年10月9日 読了)
表紙 幼女戦記 第11巻 -Alea iacta est-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2019年02月20日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784047354968
カランドロ大佐「要するに、帝国には滅んでいただきたい。それが、先方の嘘偽りなき希望です」(118ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1927年9月10日、ともに大将に昇進したハンス・フォン・ゼートゥーアクルト・フォン・ルーデルドルフは帝都でクーデターを起こすことを検討する。だが、ルーデルドルフの執務室を出たゼートゥーア大将は、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐にルーデルドルフ大将の殺害計画を打ち明けた。
一方、エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐は、イルドア王国のヴィルジオニ・カランドロ大佐に講和の仲介をするよう工作していた。レルゲン大佐は、無賠償・無併合・民族自決の3本軸が帝国が最大限譲歩しうるラインだと考えていたが、カランドロ大佐は理解できなかった。交戦国が望んでいるのは帝国の滅亡だったからだ。
統一暦1927年9月26日、海上封鎖をしていた帝国軍潜水艦が、中立国である合衆国の貨客船を2隻も攻撃してしまう。
10月2日、東部方面軍司令部にて、ルーデルドルフ大将ゼートゥーア大将は今後の作戦計画を巡って激論をかわした。ルーデルドルフ大将が退出した後、ゼートゥーア大将はターニャにルーデルドルフ大将の殺害を命じた。
翌10月3日、ルーデルドルフ大将が乗った帝都へ帰る輸送機の護衛として、ターニャが率いる第二〇三航空魔導大隊の選抜中隊が護衛任務に就いた。帝都へ帰着する前にルーデルドルフ大将を殺害する計画だった。しかし、帝国の領空にも拘わらず連合王国の爆撃機が襲いかかり、航空支援を得られない第二〇三航空魔導大隊の奮戦虚しく、ルーデルドルフ大将が乗った輸送機は撃墜される。計画は失敗だったが、結果としてルーデルドルフ大将は帰らぬ人となった。
10月4日、ゼートゥーア大将が東部方面軍から参謀本部に帰還し、大将、戦務参謀次長、査閲官を兼ね、軍を掌握した。ゼートゥーア大将レルゲン大佐に、合衆国と同盟を結ぶ兆しがあるイルドア王国への攻撃を命じた。そして、ターニャのサラマンダー戦闘団にも参戦を命じた。命令とは、伝達されるものだ。上位者から、下位者へ。そこには、いかなる例外もあり得ない。

イルドア戦は時間との勝負だ。11月11日に帝国軍は、宣戦布告と同時に国境線を超えた。レルゲン大佐はイェルク中将が戦死した後の第八機甲師団を率い、とんでもない速度でイルドア国内へ侵攻し、イルドア国境司令部を急襲した。カランドロ大佐は司令部を放棄して脱出せざるを得なかった。
帝国軍の完勝だった。ターニャたちはイルドア王国の豊富な食材を使って勝利の宴を催した。だが、ゼートゥーア大将は容赦なく、ターニャに命じる。改良型V-1に乗り込み、改修中のイルドア海軍艦船を破壊しろと。
ゼートゥーア大将は敗北を前提に足掻いているのかもしれない。賽は投げられた。だが、詐欺師のゼートゥーア大将のことだ。サイコロにイカサマの一つも仕込んだと想定するべきだろう。

レビュー

ルーデルドルフ大将が去り、いよいよ帝国の敗色が濃厚になってきた。
だが、ゼートゥーア大将は権力を掌握し、イルドア王国に攻め込むという博打に打って出る。本来、参謀本部という後方で作戦指揮を執るレルゲン大佐までもが最前線に出て高揚する姿は、デスマーチで徹夜ハイになっているプログラマのようである。
「戦争へは、真面目にのめり込みすぎては心を病んでしまう。思い詰めるのは精神衛生に甚だ望ましからず」(270ページ)と思うターニャ。仕事と同じである。
(2022年10月22日 読了)
表紙 幼女戦記 第12巻 -Mundus vult decipi,ergo decipiatur-
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2020年02月20日頃
価格 1,210円(税込)
ISBN 9784047357341
カランドロ大佐「敗北の経験が抜けないうちに守りに入った軍というのは、心理的に敗北している」(223ページ)

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1927年11月12日、ハンス・フォン・ゼートゥーア大将は、帝国軍が電撃侵攻したイルドア王国へ向かい、ヴィルジオニ・カランドロ大佐と会見し、1週間の停戦を結ぶ。この間に、帝国軍は補給を済ませた。

一方、ロリヤ内務人民委員部長官はゼートゥーアに対し激怒していた。帝国のイルドア侵攻は、政治的に大きな意味があったからだ。
そんななか、連合国の老練な諜報員ミスター・ジョンソンは、連邦で多国籍軍を指揮しているウィリアム・ダグラス・ドレイク中佐に、イルドア王国への転属を命じる。ジョンソンはドレイクに「貴官は軍事的に正しく、政治的には落第だ」と告げる。
同じ頃、帝国軍参謀本部のエーリッヒ・フォン・レルゲン大佐は、「戦争だけできるのであれば、どれほど、気が楽なことか」と嘆く。

停戦期間が終わり、帝国軍の再侵攻が始まった。だが、ゼートゥーアターニャ・フォン・デグレチャフ中佐に王都を攻撃するなと命じる。これがゼートゥーアの手品だった。ターニャが率いる第203航空魔道大隊は、イルドア救援のため参戦した合衆国の魔導師連隊を軽く屠る。
イルドア軍と合衆国軍は、王都を守り帝国軍を敗退させたと思い込まされた。これこそがゼートゥーアの詐欺だった。彼らは、北条氏の小田原城や豊臣氏の大阪城のように、最初から守りに入ってしまった。あとは、帝国軍が全力でこれを叩けばお終いだ。
12月6日、王都は帝国に奪われた。ゼートゥーアは、ターニャからヴォーレン・グランツ中尉が率いる中隊を護衛に付け、車から降りて王都を散歩してみせた。
このとき、ゼートゥーアはイルドア北部の工業地帯と穀倉地帯を占領していた。大量の住民が王都へ向かって避難を開始した。合衆国軍は、その正義がゆえに、避難民を守り、食糧を確保しなければならなくなった。

ゼートゥーアは王都で使える物資をすべて奪い、マクシミリアン・ヨハン・フォン・ウーガ大佐に鉄道で帝都へ搬送することを命じ、王都を放棄する。殿を務める第203航空魔道大隊は、イルドアの補給路を断つべく、合衆国が荷揚げを行っている港湾施設を急襲した。しかし、この作戦は敵に読まれており、ターニャらは、またしても、大佐に昇進した変態のドレイクと猪のメアリー・スー中尉らのいる多国籍軍と交戦する羽目に陥る。
多国籍軍が散弾を使用したことに対し、ターニャは一般回線を通じて戦時国際法違反だと告発する。「本気なのか? 連中、この期に及んで、何を言うんだ? 気にするのはそこなのか?」と、ドレイクは頭を抱えた。

世界を敵に回した帝国――だがしかし、合衆国も連合王国もイルドア王国も、正義を錦の御旗に掲げるがゆえに、ゼートゥーアの手のひらの上で踊らされる羽目になる。そして、唯一、帝国を倒しうる連邦までもが、その煽りで立ち往生する羽目となった。
「世界が騙されたがるならば、私に騙されてもらう」と、ゼートゥーアはほくそ笑んだ。

レビュー

合衆国の物量を前にして、ターニャのエレニウム九五式演算宝珠の力もチートではなくなってきている。だが、第203航空魔道大隊の必死の働きと、ゼートゥーア大将の命を賭した謀略により、合衆国も連邦もきりきり舞いさせられる。
そして、12巻にいたってなお、帝国軍、協商連合、共和国、連合王国、イルドア王国、連邦、合衆国のいずれの国家も、相手のことを理解できないできる。だから平和は訪れない。
この世界で存在Xバベルの塔をやらかしたのかは分からないが、もし存在Xが全知全能であるなら、これほど欠陥だらけの人類を創造するわけがなかろう。
(2023年1月21日 読了)
表紙 幼女戦記 第13巻 -Dum spiro, spero- (上)
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2023年08月30日頃
価格 1,320円(税込)
ISBN 9784047368194
核兵器は強力だが、原爆一発だけで世界を征服できるはずもない。原爆を活用できる軍事力があればこそ、世界は核攻撃システムへ恐怖するのだ。

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1928年1月15日、参謀本部のハンス・フォン・ゼートゥーア大将は、世界を相手に勝てると確信し、気分爽快であった。一方、東部の最前線の塹壕にいるターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は「戦争なんて、大嫌いだ」と心の叫びを上げていた。

1月1日、宮中の新年行司に参列したゼートゥーア大将とコンラート参事官は、表情にこそ出さないものの、周囲から見られていることを意識し、心に余裕がある振りをして回っていた。ゼートゥーア大将は傍にあったナプキン紙に「黎明は近い。されど、払暁あり」と書いてコンラート参事官に渡した。このメモが、後世の歴史研究家たちを驚かせることになるとは知るよしもない。
新年行司から帰還したゼートゥーア大将、ターニャに「私ある限り、帝国はまず負けんよ。共産主義者に、イデオロギーを超越する現実があることを、また、教えてやる」と語る。
ところが、エーリッヒ・フォン・レルゲン大佐とマクシミリアン・ヨハン・フォン・ウーガ大佐は口を揃えてゼートゥーア閣下が怖くなくなったと語る。ターニャはその真意を測りかねていたが、2人の大佐の口ぶりから、帝国は、組織の失敗をゼートゥーア大将という有能な管理職によって一時的にカバーできてしまい、常にB案が軽んじられてきたことに気付く。これまでターニャが参戦した回転ドア、鉄槌、アンドロメダ作戦のいずれにおいても、プランBの用意が手薄だった。

一方、連邦のモスコーにある最高司令部では、誰の敵意も買わない物腰と手堅い手腕で宿将となったクトゥズ大将が、帝国への反攻作戦「黎明」として2案を提示した。
ターニャが率いるサラマンダー戦闘団は、東部前線へ戻ったが、そこに連邦軍の姿はなく、副官のヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ中尉とともに威力偵察に出るが、練度の低い魔導師に会敵しただけだった。とはいえ、サラマンダー戦闘団も要員不足に加え、整備も不十分な状態だった。そんななか、連邦から魔導反応を垂れ流す機械化部隊が接近しているとの報告がもたらされた。これこそ、クトゥズ大将が練りに練った革命的な拠点攻略戦術であった。

1月9日、レルゲン大佐はターニャに、皇帝陛下の末娘で、たいへん真面目に軍務をこなす第二十三親衛近衛連隊の連隊長あるアレクサンドラ皇女殿下(大佐)が東部戦線を視察に来ると告げる。ターニャは視察を断る理由として東部戦線が危険である証拠をつかもうと部下を偵察に飛ばすが、何もない。そこで、1月13日に自らがヴォーレン・グランツ中尉をペアに指名し長距離偵察に出たところ、連邦が大規模な補給路を築いていることを発見。急いでサラマンダー戦闘団駐屯地へ帰還するが、時すでに遅し。連邦の戦略攻勢「黎明」がはじまった。東部方面軍のヨハン・フォン・ラウドン大将は生死不明。司令部はパニック状態に陥った。
ターニャは頭の中であらゆるケースを検討した結果、可及的速やかに戦略的撤退しなければ帝国軍は全滅すると判断。しかし東部方面軍への命令権が無いターニャは、記憶を辿って軍規違反にならないことを確認したうえで、ゼートゥーア大将が東部戦線にいたときに残していた暗号を流用し、独断専行で東部方面軍に撤退命令を発する。ターニャは笑う。「我々で。帝国を救うぞ。絶望するにはまだ早い。息がある限り。希望もある!

レビュー

3年半ぶりの新刊――。
帝国軍は、その攻勢作戦において、常にプランBを実行に移す余力がなかった。現代ビジネスマンであるターニャにとって、これはあり得ないことであろう。新規事業計画でプランBを用意しない企業は、まず間違いなくブラックであるのだから。
一方、連邦で粛正もされこともなく無難に宿将を務めているクトゥズ大将は、黎明作戦に対してハイリスク・ハイリターンのA案とローリスク・ローリターンのB案の2案を提案する。共産主義者が皮肉にも、合理的・組織的な解答を出していくるのが13巻・14巻のバックボーンとなっており、当然、ターニャたち帝国軍は今までにない危機に見舞われる。
(2024年2月1日 読了)
表紙 幼女戦記 第14巻 -Dum spiro, spero- (下)
著者 カルロ・ゼン/篠月しのぶ
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2023年09月29日頃
価格 1,320円(税込)
ISBN 9784047375956
ゼートゥーア大将「すまないな、中佐。貴官には、随分と無理を頼んでいるが……戦後も含めてこき使うことになるだろう。多大な労を頼むことになる

あらすじ

ターニャ・フォン・デグレチャフ
統一暦1928年1月14日、連邦の戦略攻勢「黎明」を前にして帝国の東部方面軍司令部はパニックに陥っていた。通信部門の当直責任者であるクレーマー大佐のもとに、参謀本部の[エーリッヒ・フォン・レルゲンエーリッヒ・フォン・レルゲン大佐名義で想像もしない類いの命令が飛び込んできた。
しかも、ハンス・フォン・ゼートゥーア大将の名前が併記されており、それはゼートゥーアが持っている使い捨て暗号で復号できてしまった。クレーマー大佐は、その命令書をハーゼンクレファー中将に送付した。ハーゼンクレファーゼートゥーアが残した金庫を解錠すると、たしかに封緘された「防衛計画第四号」なるものが実在した。
それでも信じられない東部方面司令部は、若手少佐がサラマンダー戦闘団の駐屯地へとモーターバイクで乗り込み確認しようとするが、応対したマテウス・ヨハン・ヴァイス少佐は「津波に対する唯一賢明なアプローチはご存じかな? 避難だ。安全なところへ、直ちに遅滞なく。後退あるのみ」と断固たる口調で説明する。

ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は全線から魔導師をかき集め、航空魔導師団を編成。無茶を承知で連邦の兵站を攻撃する。
一方、ターニャのメモを携えて将校伝令として参謀本部へ急行したヴォーレン・グランツ中尉は、帝都防空司令部に誰何を受けるも、[アーデルハイト・フォン・シューゲル技師の助力で何とかゼートゥーアのもとに辿り着く。ゼートゥーアは、東部方面へ発令しようとしていた命令を全て取消し、ターニャの独断専行を追認する。そして、畏るべきゼートゥーアは帝国全土から魔導師をかき集め、ターニャに連邦の後方攪乱を命じたのだった。
1月20日、3個師団の魔導師たちが片道切符の輸送機に乗り込み、第二方面軍司令部、バルク大橋、連邦の鉄道の結節点であるノルク駅の3カ所のチョークポイントに空挺降下した。集められた魔導師達の練度は低く、途中で脱落する者も出て、師団の管制はターニャの手に余った。そんなとき、「ライン・コントロールより、全航空魔導部隊へ。懐かしい顔にも、新顔にも、ごきげんよう! 連邦軍第二方面軍司令部の篤志により、ライン・コントロールが同窓会の開幕をお伝えします」との通信が。かつてライン戦線でターニャ達を支えた古参の管制官が支援を買って出たのである。ターニャたちは、「次がないやけっぱちの明るさ」「次を捨てた、ある種の職業人の爽快さ」をもって作戦に当たる。一方で、飲酒飛行制限の限定的な解除を法務担当士官に書面にしたためさせるターニャは、ホモ・エコノミクスとしての矜持を崩さない。
この一部始終を観測していた連合王国のジョンおじさんは、「帝国軍魔導師、恐るべし」と感じとり、試作段階にあった対魔導近接信管を組み込んだ榴弾砲を連邦に使わせたが、ターニャに察知され、すべてを廃棄し撤収せざるを得なかった。

帝国軍は生き残った。
ゼートゥーア大将は皇帝陛下に随行し東部戦線に降り立つと、ターニャの前で、すっと頭を下げ、「よくぞ、あそこで独断専行してくれた。よくぞ、越権してくれた。そして、よくぞ、軍を救ってくれた」と礼を述べた。
そして、ゼートゥーアは言う。「すまないな、中佐。貴官には、随分と無理を頼んでいるが……戦後も含めてこき使うことになるだろう。多大な労を頼むことになる」と。
一方、イルドア王国のアライアンス軍のガスマン大将もまた、戦争の終わらせ方を考えていた。

レビュー

ホモ・エコノミクスであり、どんな緊急事態においてもコンプライアンスを遵守するターニャは、しかして、独断専行で東部方面軍を戦略的撤退させることに成功する。
前巻で「常にプランBを実行に移す余力がなかった」と書いたが、ターニャやゼートゥーアの頭の中には確かにプランBは存在しており、かろうじてメモが残っていたことをターニャは利用する。加えて、使い捨て暗号という、現代でも使われる究極の認証方式を使って、ターニャは自軍に命令を信じさせることに成功し、かつ、巧妙に軍規違反を回避する。
列強はゼートゥーアが詐欺師だという認識で一致しているが、じつは、ラインの悪魔というコードネームしか知られていないターニャの方が、よほど詐欺師である。そして、現代ビジネスにおいて、暗号や認証といったセキュリティ技術を巧みに使うことで、より巧妙な詐欺行為ができる可能性を、本書は臭わせている
(2024年2月3日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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