『面従腹背』――民主主義はお嫌い?

前川喜平=著
表紙 面従腹背
著者 前川喜平
出版社 毎日新聞出版
サイズ 単行本
発売日 2018年06月25日頃
価格 1,430円(税込)
ISBN 9784620325149
国家に従属したり国家の部分として存在したりすることを拒否するという意味において、私はアナキストだったとも言える。(24ページ)

概要

前川喜平
前川喜平
著者は、文部科学事務次官を務め、天下り斡旋の責任をとって文部科学事務次官を辞職した前川喜平 (まえかわ きへい) さん。書名になっている「面従腹背」は、彼の座右の銘だという。
けれども、冒頭から矛盾が見られる――たとえば、「公務員は匿名」であり、「私個人の名前の入った文書であっても、それは私個人の意思を表したものではない」と記す一方で、後輩官僚に対しては「自分が尊厳のある個人であること―(中略)―を忘れてはならない」(4ページ)という相矛盾したメッセージを送っている。
また、「組織に残る以上は面従せざるを得ない」(14ページ)と記しているが、これもおかしい。組織が違法行為をしろと命じた場合、それに従ったら犯罪幇助である。

レビュー

前半は、ご自身が携わってきた文部科学行政を振り返り、論評を加えている。ユネスコの政治化や、国歌斉唱・国旗掲揚については学習指導要領に記されているのだから私立も同じように対応しなければいけないのに効率だけ厳しく指摘されるなどの文科行政の矛盾は、たしかにご指摘の通りである。
このように仕組みやルールについては論理的に分析できている前川さんだが、個人に対する評価には (ことわり) が見られない。たとえば、誘われて飲みに行った「7年先輩の河野愛さんや4年先輩の寺脇研さん」(26ページ)は高く評価するが、のちに愛知県知事となる加戸守行氏については「もともと国家主義的考え方の持ち主だ」(29ページ)と切って捨てる。
また、沖縄県竹富町の教科書採択問題についても、問題自体を客観的に分析し、「教科書採択は各学校の権限にすべきである。複数の学校で同一の教科書を使わなければならない理由もないからだ」(113ページ)と理路整然と結んでいるのだが、途中、「下村大臣、義家政務官の指示に従って―(中略)―完璧に面従していた」(108ページ)と関係ない話題を書いてしまう。

こうした矛盾やギャップがどこから来るのか――「内心においていかなる法も規律も認めず、国家に従属したり国家の部分として存在したりすることを拒否するという意味において、私はアナキストだったとも言える」(24ページ)という独白を読んで納得した。前川さんは、法令遵守を基盤とする民主主義、科学的合理主義とは相容れない方なのだ。
たとえば、南京大虐殺が史実であるという前提に立って、「法律も万能ではない。法律が決めたからといって教育内容として妥当だとは言えない」(125ページ)と書いてしまう。第3章の教育基本法改正に対する反論も、ルールや論理に立脚していないがために、いまひとつ説得力に欠ける。

そして第4章は、京都造形芸術大学の寺脇研 (てらわきけん) 氏、毎日新聞の倉重篤郎氏と3人で、加計学園問題についての対談となっている。
前川さんは、獣医学部は卒業まで学生1人当たり2000万円の収入になるから、学校は儲かると語る。教職員の人件費は、実験費は、施設維持費といった経費は算定しないのだろうか。そして、獣医学部新設は密室で決まったこととして、多くの政治家や官僚の名前を並べ上げ、陰謀論のような話になってゆく。

前川さんは、巻末でTwitterをやっていたことを白状し、いまは非公開にしていると結んでいる。
最後まで、ご自身に不都合なことには触れず、たしかにアナーキストの独白を読んでいるような印象を受けた。
(2018年7月29日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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