『ニッポン宇宙開発秘史』――適度な貧乏

的川泰宣=著
表紙 ニッポン宇宙開発秘史
著者 的川泰宣
出版社 NHK出版
サイズ 新書
発売日 2017年11月08日
価格 842円(税込)
rakuten
ISBN 9784140885338
私は決して貧乏に価値があると言いたいわけではありません。大事なのはあくまでも「志」であり、「志」があれば貧乏という逆境もむしろプラスに働くということを言いたかったわけです。(188ページ)

概要

著者は、JAXA名誉教授の的川泰宣 (まとがわ やすのり) さん。日本のロケットの父、糸川英夫博士の研究室に入り、数々の宇宙開発の現場に立ち会い、優れた啓蒙活動から「宇宙教育の父」とも称される方だ。的川さんは、「好奇心」「冒険心」「匠の心」という3つの心があるから、人は宇宙に惹かれるという。
ドイツでV2ロケットを開発したフォン・ブラウン博士とのやり取り、ペンシルロケットを開発した糸川博士のもとで研究した話など、的川さんだからこそ知っているエピソードが開陳される。

レビュー

冒頭、的川さんは、なぜ人は宇宙に惹かれるのか、と問いかけ、そこには、「好奇心」「冒険心」「匠の心」という3つの心があるからだと説く。
そして、大学院生時代、ドイツでV2ロケットを開発したフォン・ブラウン博士に問いかけ、「月や火星に行くためだったら、私は悪魔とでも手を握ったはずです」という強烈な回答を得たエピソードや、糸川博士が佐渡島へ行く途中で船酔いになって、ベビーロケットの発射試験場が秋田県になったエピソードを紹介する。まさに「宇宙開発秘史」であり、ドンドン引き込まれる。

糸川博士は、名著『逆転の発想』にあるとおり、奇想天外のアイデアを思いつく先生だったらしい。ペンシルロケットを水平発射型にしたのも、当時、日本のレーダーは性能が低く、ロケットを追跡できなかったから。そこで、水平に発射して、吸い取り紙を破った時刻をもとに、加速度などを計測したという。

糸川博士に対してマスコミがネガティブキャンペーンを展開したエピソードも記されている。本書では社名を出していないが、記憶では朝日新聞社である。予算も人材も無いなか進んでいた日本初の人工衛星打ち上げプロジェクトへの波及を懸念した糸川博士は、55歳の若さで東大を辞職した。
半世紀遡って、アメリカのロケットの父、ロバート・ゴダードもニューヨークタイムスから「狂人」扱いされたという。
ちょうど今週、iPS論文の不正をめぐり、ノーベル賞受賞者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授の責任を問う記事が共同通信から配信された。半世紀を経て、マスコミは、また有能な科学者を退場させようとしているのだろうか。まったく酷い話である。

第3章では、すだれコリメーターで有名なX戦天文学の小田稔博士を紹介する。
世界で初めて「はくちょう座X1」を発見し、その源がブラックホールではないかという仮説を立てたのは小田博士だった。
そして、日本のお家芸となるX線天文衛星の初号機「はくちょう」――はくちょうが活躍していた頃、各国のX線天文衛星が壊れるというアクシデントが発生する。心ないマスコミは、これを「日本が妨害電波を出したためではないか」(109ページ)という記事にしたそうである。

1985年には、ハレー彗星探査衛星「さきがけ」「すいせい」が成功し、ヨーロッパやアメリカの探査衛星のガイド役を担った。はじめ、固体燃料ロケットで地球外に探査衛星を飛ばすことなどできるわけがないと考えていたアメリカの科学者たちも舌を巻いたという。
ちょうどこの時期、内之浦発射場で、太陽系ができた45億年前の物質を取ってこれるかどうかで、理学系と工学系の若手研究者の間で言い争いがあったという。
ロケット開発をしていた工学部出身の若手は、「アメリカやソ連でさえ手を付けていない分野だからといって、なぜ日本にはできないと最初から決めつけるのか」「他国にできないことを日本がやってみせたらおかしいのか」「じゃあ俺たちが計画を作ってやる」(152ページ)と言ってのけ、[はやぶさ計画が立ち上がる。
しかし、はやぶさ計画についた予算は、欧米に比べたら数分の一。そこで、プロジェクトチームは、探査機をコンポーネントに分け、町工場に直接発注した。

的川さんは、「町工場の職人さんたちは、太陽系の始まりとかそういったことにはあまり興味がありません。ひたすら『難しいものを作る』ということに専念」していることにカルチャーショックを覚えたという。冒頭で「匠の心」を挙げたのは、そのことがあるからだとか。
はやぶさプロジェクトは苦難の連続だった。帰還軌道に乗った後も故障が続き、コントロールセンターには、京都の飛行神社をはじめ、いろんなお札が掲げられたという。
だが、ついにすべてのイオンエンジンが停止してしまう。そんななか、設計図にはないはずのイオンエンジン同士を繋ぐ仕組みが用意されていた。このルール違反が、はやぶさを地球まで帰すことにつながった。
はやぶさが持ち帰ってきた微粒子のうち、数十%はまだ分析しないまま残っているそうだ。「今から50年後、100年後には、人類の分析技術が遥かに進歩すると予想されるので、そのときのために残してある」(187ページ)という。夢は続く――。

的川さんは、はやぶさ成功の原動力として、「適度な貧乏」を挙げている。
「予算が少ないので手分けして全国を回って作った探査機だからこそ、システムの隅々までみんなが知っていた。だからこそ、「はやぶさ」のようなトラブルに際してもアイデアの「引き出し」を使うことができたのです」(188ページ)。「しかし、誤解のないようにあえて付け加えますが、私は決して貧乏に価値があると言いたいわけではありません。大事なのはあくまでも「志」であり、「志」があれば貧乏という逆境もむしろプラスに働くということを言いたかったわけです」(188ページ)。

電算屋として思う――自社開発のシステムは、本当に自社の人間がシステムの隅々まで理解しているか。どこかブラックボックスになっていやしないか。
さて、次は糸川博士の『逆転の発想』を読むことにしよう。
(2018年02月03日 読了)
(この項おわり)
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