『仮面病棟』――お医者さんが書いたミステリー小説

知念実希人=著
表紙 仮面病棟
著者 知念実希人
出版社 実業之日本社
サイズ 文庫
発売日 2014年12月
価格 652円(税込)
ISBN 9784408551999
それなら、ここにいる全員を殺せばいいだけじゃないか」(269ページ)

あらすじ

ピエロ恐怖症のイラスト
外科医の速水秀悟 (はやみず しゅうご) は週に1回、狛江市郊外の療養型病院・田所病院で当直のアルバイトをしていた。田所病院は外来で血液透析しているものの、急性期病院とは違い、秀悟にとっては当直室で待機しているだけの楽なアルバイトのはずだった。
ところが、たまたま先輩医師の代わりに当直した夜、ピエロの仮面をかぶった男が現れ、自らが撃ったという女性・川崎愛美 (かわさき まなみ) の治療を要求してきた。
秀悟は療養型病院にしては設備が行き届いている手術室を使って、愛美の傷を丁寧に縫合した。
一方で、ピエロの男はなぜか籠城を決め込む。秀悟は警察を呼ぼうとするが、電話線は切断され、携帯電話も通じない。そして、院長や当直看護師の行動がどこかおかしい。
第一の犠牲者が出たことをきっかけに、田所病院の本当の姿が明かされてゆく――。

レビュー

病院・医院の建物イラスト(医療)
作者の知念実希人 (ちねん みきと) さんは現役のお医者さんで日本内科学会認定医。2012年から作家として活動をはじめた。以前からTwitterを通じて存じ上げていたのだが、遅ればせながら、初めて作品に触れた。
本作品はとても読みやすい――サスペンスに見られる情動的な演出はなく、かといって、ライトノベルのようにキャラクターがストーリーを動かすわけでもない。クローズド・サークルに分類される純然たるミステリー作品であり、極めてロジカルな組み立てになっている――にもかかわらず、読みやすい。ミステリーが初めての方にもお勧めする。
あらすじのところで「田所病院の本当の姿」と書いたが、文庫本の冒頭に図示されている「田所病院 各階フロア図」が本筋に密に関係してくる。まるで科学読本でもあるかのように舞台設定を明かし、話がロジカルに進んでいく一方、登場人物の心象風景は、そこいらのホラー小説よりもドロドロと溶け出してゆく。
小説家は狂気と紙一重だと感じることがあるのだが――本書が発行されたのは2014年12月。その約4年後の2018年8月、狛江市と同じく東京都の郊外にある福生市の公立病院で患者が腎透析を拒否して死亡する事件が起きた――お医者さんは、現実という狂気のただ中で血まみれになりながら、一歩間違えば地獄に堕ちるような現場で働いているという点において、小説家に近い存在なのかもしれない。

そんな狂気にあてられて、次の作品の発注ボタンをクリックしていた――。
(2022年9月13日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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