老化で傷んだタンパク質を酵素で修復

2026年08月02日 作成
糖化したコラーゲンを酵素が修復するイメージ
糖化したコラーゲンを酵素が修復するイメージ
体の中のタンパク質は、糖や脂質から生まれる反応性の高い物質と結びついて、少しずつ変質していきます。こうしてできる物質をまとめて終末糖化産物(AGE)と呼びます。AGEは、コラーゲンどうしを橋渡ししてしまうため、皮膚や血管の弾力が失われる原因になります。また、体の免疫のしくみを刺激して、慢性的な炎症を引き起こすことも分かっています。
AGEの中でも、Nε-カルボキシメチルリジン(CML)は、寿命の長いタンパク質に特にたくさんたまることが知られています。CMLは、タンパク質を構成するリジン (りじん) というアミノ酸に、カルボキシメチル基という小さな部品がくっついてできます。リジンはプラスの電気を帯びていますが、CMLになるとマイナスに変わるため、タンパク質の性質そのものが変わってしまいます。さらにCMLは、細胞の表面にあるRAGE(終末糖化産物受容体)という受け皿にはまり込み、炎症を起こす物質を放出させる引き金になります。

体には、AGEのもとになる反応性物質を無害化するグリオキサラーゼという仕組みがありますが、いったんタンパク質にくっついてしまったCMLを外すことはできません。CMLは化学的にとても安定していて、一度できたら元に戻せないと長く考えられてきました。

2026年(令和8年)、米国のレベル・ファーマシューティカルズ、カリコ(Calico Life Sciences)、コロラド大学医学部の研究チームは、医学誌『Nature Communications』に「Reversal of protein chemical aging by enzymatic deglycation(酵素による脱糖化を用いたタンパク質の化学的老化の巻き戻し)」という論文を発表しました。CMLだけを狙って取り除く酵素CMLaseを人工的につくり出した、という報告です。
研究チームは、まったく新しい酵素をゼロから設計したのではなく、もともと似た反応を行っている酵素を出発点にしました。目を付けたのが、グリシンを酸化するグリシンオキシダーゼという酵素です。CMLの中には、グリシンとよく似た構造の部分が含まれているためです。

実際に枯草菌のグリシンオキシダーゼを試したところ、遊離したCML(タンパク質から切り離された状態のCML)は分解できたものの、ペプチドやタンパク質にくっついたCMLにはまったく働きませんでした。原因を調べると、酵素の反応する場所(活性部位)のすぐそばに「α9ヘリックス」という構造があり、大きな分子が入り込むのを邪魔していました。

そこで研究チームは、AlphaFoldが予測した立体構造のデータベースを使い、44,783種類の酵素をコンピュータで一つずつ照合しました。そして、このα9ヘリックスが欠けている酵素を50種類ほど見つけ出し、その中から高温を好む細菌 Calidithermus roseus 由来のグリシンオキシダーゼ(CrGO)を選びました。この酵素は、ペプチドにくっついたCMLに、わずかながら反応する性質を持っていました。
大腸菌のコロニーを使った酵素の選抜実験
大腸菌のコロニーを使った酵素の選抜実験
次に研究チームは、この酵素の性能を高めるため、指向性進化という手法を使いました。遺伝子にわざとランダムな変異を入れて大量の変異体をつくり、その中から目的の働きが強いものだけを選び出す方法です。生物の進化を実験室で人工的に速めていると考えると分かりやすいでしょう。
変異体を選び分ける仕組みには工夫があります。研究チームは、リジンを自分でつくれない大腸菌を使いました。この大腸菌は、外からリジンをもらえないと増えることができません。そこで、CMLを含む短いペプチドをえさとして与え、酵素を大腸菌の外側の層(ペリプラズム)に配置します。酵素がうまく働いてCMLをリジンに戻せば、大腸菌はそのリジンを取り込んで増殖できます。つまり、コロニーが育つかどうかで酵素の性能が分かるわけです。

研究チームは、5回にわたって変異と選抜を繰り返しました。試した変異体の数は、合計で5億を超えます。ループ構造を短くしたり、活性部位のアミノ酸を入れ替えたり、熱に強くする変異を組み合わせたりして、段階的に性能を上げていきました。最終的に得られたのが、もとのCrGOから15か所のアミノ酸が置き換わり、2か所が欠けた変異体「CrGO-897」で、これをCMLaseと名付けました。ペプチドに対する反応の効率は、出発点の10倍以上になりました。

CMLaseは、CMLとよく似た構造を持つ別の糖化産物CMA(カルボキシメチルアルギニン)には反応せず、普通のアミノ酸も分解しませんでした。狙ったCMLだけを選んで取り除く性質を備えていることになります。
性能を確かめる試験では、まずCMLを人工的にくっつけた5種類のタンパク質(牛血清アルブミン、カゼイン、ヘモグロビン、コラーゲン、羊の網膜から取り出したタンパク質)を使いました。CMLaseを一晩反応させたところ、CMLの量は52%から97%減少しました。牛血清アルブミンについては、CMLがついた33か所のリジンを一つずつ調べ、30か所で減少、21か所では半分以下、7か所では9割以上減っていることが確認されました。

続いて研究チームは、実際に人の体の中で何十年もかけてたまったCMLを取り除けるかを調べました。CMLの蓄積は寿命の長い生き物でしか進まないため、マウスなどの短命な実験動物では研究できません。そのため、亡くなった方から提供された組織を直接使っています。

64歳のドナーの目の水晶体から取り出したタンパク質にCMLaseを一晩作用させたところ、質量分析による測定でCMLの総量が45%減少し、抗体を使ったELISA法による測定では78%減少しました。水晶体のタンパク質(クリスタリン (くりすたりん) )は、人の体の中でもっとも入れ替わりの遅いタンパク質の一つです。
顕微鏡で観察する動脈組織の切片
顕微鏡で観察する動脈組織の切片
さらに、75歳のドナーの腹部大動脈の切片では、CMLの染色が70%以上減少しました。高齢者の皮膚では55%以上減り、31歳の人の皮膚よりも低い水準まで下がりました。組織のかたまりの状態でも酵素が働くことが示されたことになります。
ただし、研究チームは実用化までにいくつもの課題があるとしています。今回の実験は、すりつぶしたタンパク質や、薄く切った標本を使ったもので、酵素が届きやすい条件でした。生きた臓器の中では、目の細かい網目のように詰まった組織の奥まで酵素が入り込めるかどうか、まだ分かっていません。また、CMLを取り除いたことで組織の弾力が実際に戻るのか、炎症の信号が止まるのかも確かめられていません。

CMLaseは細菌に由来する酵素のため、人の体に入れると免疫が異物として反応する(免疫原性 (めんえきげんせい) )おそれもあります。反応の際にできる過酸化水素とグリオキシル酸については、もともと体の中にあって代謝で処理される物質であり、CMLの量が少ないことから問題にならないだろうと研究チームは説明しています。

研究チームは、今回の成果は「原理の実証」であるとしたうえで、同じ手法を使えば他の糖化産物にも応用できると述べています。特に、人の組織で最も多い架橋型のAGEであるグルコセパンは、今のところ取り除く手段がなく、次の目標として挙げられています。老化にともなう分子の傷を修復するという発想が、実験室のレベルで成り立つことを示した研究といえます。

参考サイト

(この項おわり)
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