音読・手書き・計算で記憶力は保てるか

2026年08月06日 作成
机で本を声に出して読む高齢の女性
1日30分の音読・手書き・計算を12週間続けた
アメリカのジョージ・メイソン大学などの研究チームが、脳の体操プログラム「ストロンガーメモリー」の効果を調べました。記憶に不安のある59歳から94歳の102人が、12週間にわたり1日30分の音読・手書き・計算に取り組みました。その結果、認知機能の検査点数は平均12.73点から13.26点(15点満点)へ上がりました。研究は2025年(令和7年)7月10日、学術誌『Educational Gerontology』に掲載されました。

目次

1日30分、3つの脳の体操

音読10分、手書き10分、計算10分の3つの活動
3つの活動を10分ずつ、合わせて30分
プログラムの中身は3つだけです。声に出して読む音読を10分、手で文章を書く手書きを10分、簡単な計算問題を10分。合わせて30分です。ねらいは、記憶を思い出す働きや、判断、集中、計画を担う前頭前野 (ぜんとうぜんや) を刺激することです。おでこのすぐ後ろにある部分です。
読む本も書く題材も、参加者が自分で選べます。研究チームの報告には、別の州に住む姉妹へ手紙を書き続けた人や、2人で交互に詩を読み合った人の例が挙げられています。計算問題は「正解を気にせず集中できるように」作られており、手書きも「文法や誤字を心配しなくてよい」と伝えられました。不安を感じずに続けられるようにする工夫です。

参加者はそれぞれ自分の都合のよい時間に取り組み、週に1回グループで集まって進み具合を確認しました。集まりを欠席した人には連絡を取り、参加を促しました。決められた通りに実施できた割合は85%と見積もられています。プログラムを開発したグッドウィン・リビングは、ストロンガーメモリーの公式サイトで教材を無料公開しています。

誰を対象にした研究でしょうか

参加の条件は、55歳以上で、自分では記憶の低下を感じているものの、認知症の診断は受けていない人です。データは2021年(令和3年)1月から2022年(令和4年)6月にかけて、対面またはZoomでの聞き取りによって集められました。研究に登録したのは171人ですが、体調や事情による途中脱落が40%あり、最後まで完了したのは102人でした。

102人の内訳は、自宅に住み続けるための地域の相互支援組織「ビレッジ」に参加している人が85人、自立から介護までを一体で提供する高齢者施設「CCRC」で暮らす人が17人です。年齢は59歳から94歳、平均76.0歳。女性が82.7%、男性が16.3%を占めました。人種は非ヒスパニック系白人が88.5%、学歴は4年制大学卒業以上が88.4%でした。参加者の背景がかなり限られている点は、結果を読むときに注意が必要です。

伸びたのは「思い出す」課題だけでした

研究チームは2つの尺度を使いました。1つはモントリオール認知評価(MoCA)の5分間短縮版(Mini MoCA、15点満点)で、点数として表せる客観的な指標です。採点されるのは、1分間に「T」で始まる単語をできるだけ挙げる語想起(4点)、日付と場所を答える見当識(6点)、直前に覚えた5つの単語を思い出す再生(5点)の3つです。もう1つは、自分の記憶をどう感じているかを尋ねる記憶機能質問票(MFQ)です。

12週間の前後で、Mini MoCAの平均点は12.73点から13.26点へ、0.53点上がりました。統計的に意味のある差です(p<.001)。ただし内訳をみると、伸びていたのは5つの単語を思い出す再生課題だけでした(3.44点→3.92点、p<.001)。見当識は5.84点から5.81点、語想起は3.51点から3.59点で、いずれも統計的な差は認められませんでした。

主観のほうでも変化がありました。MFQの「1年前と比べて、あなたの記憶はどうですか」という質問(1=はるかに悪い〜7=はるかに良い)の平均は、3.72から4.03へ上がりました(p<.001)。検査の点数と自分の実感の両方が、同じ方向に動いたことになります。

暮らし方によって差がありました

研究チームは、開始前の点数の差を統計的に調整したうえで、住まいの違いによる影響を調べました。調整後の終了時点の平均点は、一人暮らしの人が13.72点、家族などと同居している人が13.51点、CCRCで暮らす人が11.97点でした。CCRCの人だけが有意に低く、住まいの違いが結果のばらつきをかなり説明していました。CCRCの人の実際の点数は、12.33点から11.53点へ下がっています。

研究チームはこの差について、CCRCは交流の場を用意している一方で、自分で決めて動き、自分で問題を解決する機会が相対的に少ないのではないかと述べています。また、CCRCの人は平均年齢が81.1歳と高く、もともと持病があったり、人とのつながりが細くなっていた可能性も挙げています。いずれもこの研究で確かめられた説明ではありません

この研究で分かっていないこと

この研究は準実験デザインと呼ばれる形式で、比べるための対照群がありません。参加者を無作為に振り分けておらず、「プログラムをしなかった人」との比較ができていません。そのため、点数が上がった理由がプログラムの中身なのか、週1回集まって人と話したことなのか、研究者に見守られ期待されているという意識(プラセボ効果)なのか、区別できません。同じ検査を2回受けたことによる慣れの影響も残ります。

研究チーム自身も、今後は「集まる回数は同じで、前頭前野を狙わない活動(たとえばリラクゼーション)を行うグループ」を用意して比べる必要があるとしています。また、0.53点という差は15点満点の検査としては小さく、家計の管理や道順の把握といった実生活の力が本当に改善したかどうかは、この短い検査では測れないと認めています。

日本の研究が土台にあります

論文が引用している文献には、東北大学の川島隆太氏らによる研究が複数含まれています。音読と簡単な計算が高齢者の認知機能や処理速度を高めるという報告や、手書きが記憶の定着に関わるという報告です。音読・手書き・計算という組み合わせは、日本で進められてきた研究の流れを受けたものだといえます。

プログラム自体は、アメリカ・バージニア州で高齢者向け住宅を運営するグッドウィン・リビングが作りました。The Zebraの記事によると、同社の最高経営責任者ロブ・リーブライク氏は、2011年(平成23年)に母親が認知症の症状を示したことをきっかけに脳の健康を調べ始め、2012年(平成24年)に出席した学会で日本の医師たちによる脳の活動と発達に関する研究の展示を見て、プログラム作りに動いたと語っています。教材を整えたのが2019年(平成31年)、試験的な実施を始めたのが2020年(令和2年)です。

自分で試すときの考え方

音読、手書き、計算は、特別な道具も費用もほとんどいりません。1日30分という時間も、多くの人が確保できる範囲でしょう。体を痛める心配も小さいので、習慣として試してみる価値はあります。研究チームは、参加者のグループ討論から「仲間意識が育った」という副次的な効果も報告しています。人と一緒に続ける形にすると、続けやすくなるかもしれません。

一方で、この研究は「毎日30分の脳の体操をすれば認知症を防げる」ことを示したものではありません。効果は小さく、比較の方法にも課題が残っています。記憶や物忘れで気になることがあれば、自己流の対策だけに頼らず、医療機関に相談してください。軽度認知障害や認知症の予防には、運動、睡眠、食事、人との交流、生活習慣病の管理も関わるとされています。脳の体操は、その一部として位置づけるのが現実的です。

参考サイト

(この項おわり)
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