プラスチック粒子は胎盤を通り抜けるか

2026年08月06日 作成
妊娠中の女性の体内を漂う小さなプラスチック粒子のイメージ
72時間で最大10.7%が母体側から胎児側へ移動した
オランダのアムステルダム自由大学などの研究チームが、ヒトの細胞3種類を重ねてつくった胎盤 (たいばん) のモデルを使い、マイクロプラスチックやナノプラスチックの振る舞いを調べました。5種類のプラスチック粒子を母体側に加えたところ、72時間で最大10.7%が胎児側へ移動し、ステロイドホルモンの量にも変化が現れました。研究は2026年(令和8年)7月20日、学術誌『Molecular and Cellular Endocrinology』に掲載されました。

目次

3種類の細胞を重ねた「胎盤の模型」

母体側の細胞層、仕切りの膜、胎児側の細胞という三層構造の断面図
上が母体側、下が胎児側。仕切りの穴は直径3マイクロメートル
使ったのは3種類の細胞です。仕切りの上側には、胎盤の表面をつくるBeWo b30という細胞と、へその緒の血管からとったHUVECという細胞を貼り付けました。仕切りの下の皿には、胎児の副腎 (ふくじん) の代わりとしてH295Rという細胞を置きました。上側が母体、下側が胎児にあたります。仕切りには直径3マイクロメートルの穴が開いており、粒子はこの穴を通ります。
胎盤は妊娠中だけつくられる臓器です。栄養や酸素を受け渡すだけでなく、妊娠を支えるホルモンをつくる働きも担っています。ホルモンづくりは母体・胎盤・胎児が分担しており、どこか一か所が乱れると全体に影響します。これまでの動物実験はネズミが中心でしたが、ネズミの胎盤はヒトより細胞の層が1層多く、母体の卵巣がホルモンづくりの多くを担う点も違います。ヒトでは胎盤が主役です。

そこで研究チームは、ヒトの細胞だけで胎盤に近い構造をつくることにしました。細胞どうしがすき間なくつながっているかどうかは、細胞の層に電気を流したときの抵抗(TEER)で確認します。この実験では72時間にわたり基準の値を保っており、バリアとして働いていたことが確かめられています。顕微鏡で染めて調べると、細胞の境目をふさぐ「タイトジャンクション」も両方の層に確認できました。

通り抜けた割合は最大10.7%

細胞の層のすき間を小さなプラスチック粒子が通り抜ける拡大イラスト
小さい粒子ほどよく通り抜けた
試したのは5種類のプラスチックです。ポリスチレン(PS)は50・200・1000ナノメートルの3サイズ、ほかにポリメタクリル酸メチル(PMMA、340〜740ナノメートル)、ポリ塩化ビニル(PVC、2140〜5700ナノメートル)、ナイロン66(PA6,6、280〜640ナノメートル)、ポリエチレンテレフタラート(PET、1460〜5200ナノメートル)です。蛍光色素で光るようにして母体側に加えました。
72時間後に胎児側へ移動していた割合は、PMMAが10.7%で最も高く、次いでPVCが6.5%、PETが4.2%でした。ポリスチレンは粒が小さいほどよく通り、50ナノメートルが4.4%、200ナノメートルが4.3%、1000ナノメートルが2.5%です。ナイロン66は光り方が弱く、量を正確に測ることができませんでした。

顕微鏡で細胞の中を見ると、ポリスチレン、PMMA、PVC、PET、ナイロン66のいずれも細胞の内側に入り込んでいました。ただし下側のHUVEC層で見つかったのは小さい粒子ばかりです。1000ナノメートルのポリスチレンを加えた場合でも、上側の層にあった粒子が1100ナノメートルほどだったのに対し、下側で見つかったのは400ナノメートルほどでした。大きな粒がそのまま通ったのではなく、もともと混ざっていた小さな粒が通り抜けたと考えられます。

仕切りの穴は3マイクロメートルです。PVCやPETは平均でおよそ2〜3マイクロメートルあり、大きな粒子は物理的に通りにくくなります。研究チームは、これらのプラスチックの通り抜けやすさはこの実験では低めに出ている可能性があると述べています。

ホルモンの量が動きました

研究チームは、母体側で19種類、胎児側で18種類のステロイドホルモンを検出しました。プラスチックを加えたときの変化で目立ったのは、エチオコラノロンという物質です。男性ホルモンが分解される途中でできる物質で、PET、PMMA、ナイロン66、PVCを1ミリリットルあたり10マイクログラム加えると、母体側で23〜25%減りました。PETは1マイクログラムでも22%減っています。

ポリスチレンでは、エストロゲンの一種である17β-エストラジオールが、1000ナノメートル・1マイクログラムの条件で14%減りました。また、プロゲステロンから作られる17-OH-DHPという物質は、1000ナノメートルを10マイクログラム加えると母体側で35%、50ナノメートルを同じ濃度で加えると胎児側で28%減りました。

濃度のうち1マイクログラムは、人の血液からプラスチック粒子が見つかったという報告に近い水準です。10マイクログラムは毒性試験でよく使われる高めの水準になります。細胞の元気さの目安となるミトコンドリアの働きは、ポリスチレン50ナノメートル(1マイクログラム)と200ナノメートル(10マイクログラム)でおよそ2割下がりましたが、ほかのプラスチックでは変わりませんでした。

酵素をつくる指示にも変化がありました

ホルモンをつくる酵素の設計図(遺伝子)がどれだけ働いているかも調べました。胎児の副腎にあたるH295R細胞では、ポリスチレン200ナノメートル(10マイクログラム)と1000ナノメートル(1・10マイクログラム)を加えると、CYP17という酵素の働きが0.3〜0.4倍に下がりました。CYP17は、男性ホルモンをつくる流れの入口にあたる酵素です。

CYP17の働きが弱まれば、その先でつくられるDHEAやアンドロステンジオンが減り、さらにそこから作られるエストロゲンも減ります。実際にこれらの量も下がっており、遺伝子の変化とホルモンの変化がつながっていました。一方、PMMA、PVC、PET、ナイロン66では遺伝子の働きに大きな変化がなく、ホルモンが減った仕組みは分かっていません。

この研究で分かっていないこと

この研究は培養皿の中の実験です。使ったのはがん由来の細胞株を含む3種類で、本物の胎盤そのものではありません。血流も免疫もなく、胎盤の働きの一部を取り出して再現したものです。実際の妊娠で害が起きることを示した研究ではありません。筆頭著者のイェスケ・ファン・ボクセル氏も、妊娠中の害を直接示すものではないと述べています。

粒子の散らばり方にもばらつきがありました。同じ方法で分散させても種類によって固まりやすさが違い、実験ごとに通り抜けた割合が大きく揺れています。PMMAの10.7%という値も、実験による差が大きい数字です。また、通り抜けた後の粒子は、光の強さと重さの関係が加える前とは変わっている可能性があり、割合の数字自体に幅があります。

調べたのは72時間の変化だけで、妊娠期間を通じた影響は分かりません。ホルモンの量が数%から数十%動いたことが、胎児の育ち方にどう関わるのかも確かめられていません。研究チームは、どのくらいの大きさの粒子が実際に胎児側へ届くのかを見極めることと、ホルモンが変わる仕組みを明らかにすることが次の課題だとしています。

人の体からも見つかっています

これまでに、塩、魚介類、ビールやお茶といった食品からマイクロプラスチックが見つかっています。人の体では、血液、胎盤、羊水 (ようすい) 、生まれたばかりの赤ちゃんの便である胎便 (たいべん) からも検出されました。PMMA、PVC、PETは実際のヒト胎盤の試料から、ナイロン、PVC、PETは羊水から見つかっています。今回調べたプラスチックが胎児のいる場所まで届きうることは、人の試料からも裏づけられています。

今回の研究は、EUの研究助成プログラム「Horizon 2020」の支援を受けたAURORAプロジェクトの一環です。AURORAは、マイクロ・ナノプラスチックが人生の早い段階の健康に与える影響を調べています。研究にはアムステルダム自由大学のほか、ユトレヒト大学も参加しました。

暮らしの中で考えられること

今回の結果は、妊娠中の人が特別な対策を取らなければならないと示すものではありません。培養皿の中で起きたことが、そのまま体の中で起きるとは限らないからです。ただ、プラスチックの使用量そのものを減らすことは、環境にとっても体にとっても無駄にはなりません。

日常でできることとしては、熱い食品や飲み物をプラスチック容器で扱う機会を減らす、表面が傷んだプラスチック製の調理器具や容器は買い替える、使い捨ての包装をなるべく選ばない、といった方法があります。妊娠中の健康について心配なことがあれば、自己判断で対策を増やす前に、かかりつけの医師や助産師に相談してください。

参考サイト

(この項おわり)
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