海堂尊の医療エンターテイメント

桜宮物語(過去)
表紙 ひかりの剣
著者 海堂 尊
出版社 文藝春秋
サイズ 単行本
発売日 2008年08月
価格 1,760円(税込)
rakuten
ISBN 9784163272702
だって、そのほうが面白いでしょう?(276ページ)

同じ作者による『ジェネラル・ルージュの凱旋』で活躍する外科医・速水と、『ジーン・ワルツ』に登場する清川医師の学生時代を描いた小説。
ジェネラル・ルージュの名の由来や、東城大学医学部附属病院・高階院長やグチ外来医師・田口と速水の関係が明らかにされる。しかも、本作はミステリーではなく、学園ドラマ仕立てになっている。

連作を縦横自在に組み合わせて、東医大という実在の運動大会を舞台を活用するのは、海堂先生ならでは巧さ。速水の章は三人称で、清川の章は一人称で進む。この文体の使い分けが、二人のキャラクターの違いを際だたせる。

本作では狸おやじぶりを発揮していた高階院長が、剣道部の顧問として、武士のような一面を覗かせる。

なお、本作の舞台となるのは医学生が最も多かった1980年代。このあと、国の施策によって医学生は徐々に減っていき、今日の医師不足を招くことになる。このあたりの背景を、運動部の新入部員獲得合戦というエピソードに絡めるあたりも巧い。
(2009年1月11日 読了)
表紙 スカラムーシュ・ムーン
著者 海堂尊
出版社 新潮社
サイズ 単行本
発売日 2015年07月31日頃
価格 1,760円(税込)
rakuten
ISBN 9784103065753
背負うことができない人のところには重荷はこないものなのです(132ページ)

チーム・バチスタの栄光』から10年。医師で重粒子医科学センター・Ai情報研究推進室室長の海堂尊氏が描く「桜宮サーガ」が終わる。
これまでのシリーズを読んできた人はニヤリとするだろうし、本書が初見の人は、微に入り細を穿った舞台設定に舌を巻くことだろう。設定や登場人物が、現実世界のカリカチュアであることは言うまでもない。
冒頭、裁判人が老医師に対し、「この者を獄へ繋げ。病気で苦しむ民草を見過ごすとは何事だ。旅人が死んだのはお前のせいだ」と裁きを下す。これに対し老医師は、「それは確かに私の罪です。でも無料で薬を分けたりしたら、病院は潰れてしまいます」と答える――「桜宮サーガ」の根幹を流れているのは、医療と司法の対立構造である。医療界のスカラムーシュ(大ぼら吹き)彦根新吾医師が本書の主人公だが、これは海堂尊先生ご本人なのではないだろうか――。

加賀にある養鶏会社ナナミエッグを、彦根新吾が訪問する。インフルエンザ・ワクチンの培地として、ナナミエッグに大量の有精卵を製造してほしいというのだ。応対したのは、ナナミエッグの社長の娘であり、加賀大学大学院に通う名波まどか――。
会社を精算することを考えていた社長は、娘に新事業の立ち上げを託した。かくして、大学院の研究課題として、幼なじみのの真砂拓也、獣医学部の鳩村誠一の3人が、この事業立ち上げに着手する。
インフルエンザワクチンの培地として自社の卵を供給することをこばむ父を見て一時は諦めたまどかに対し、ワクチンセンターの宇賀神総長は「ヒトを助けるためにはニワトリを犠牲にしなくてはならないとともあるのや」と真実を告げ、ついに事業がスタートする。

ナニワ・モンスター』のキャメル騒動はまだ終わっていなかった。
ワクチンセンターの宇賀神義治所長とまどかの父との因縁とは。暗躍する浪速市の村雨知事と、カマイタチこと浪速地検特捜部副部長・鎌形雅史――彦根は、これら一癖も二癖もある連中と対峙しながら、極北市民病院の院長を務める世良雅志を訪れ、モンテカルロのエトワール・天城雪彦の遺産への鍵を受け取る。モンテカルロからジュネーヴ、ベネチアへ飛ぶ。

帰国した彦根を待っていたのは、警察庁情報統括室室長の原田雨竜だった。すべてのシナリオが無に帰そうとしたその時、彦根たちを救ったのは、『イノセント・ゲリラの祝祭』でデモに巻き込まれたひとりの元医師だった。

空港で雨竜の渡米を見送った彦根は、桧山シオンと2人たたずむ――「気がつくと、二人のシルエットは消えていた。そう、すべては夢まぼろしのように」(409ページ)。海堂尊先生の旅は、まだ続きそうだ。
(2017年2月12日 読了)
表紙 ブラックペアン1988
著者 海堂 尊
出版社 講談社
サイズ 単行本
発売日 2007年09月21日頃
価格 1,760円(税込)
rakuten
ISBN 9784062142540
わての、願いはひとつ、だけ。世良先生、これに懲りずに、いいお医者さん、に、なって下され。(183ページ)

チーム・バチスタの栄光』でデビューした現役医師作家による医療エンターテイメント。

連作の舞台となっている東城大学医学部付属病院で、20年前に起きた神の手をもつ外科教授の医療ミスをめぐる話で、今までの作品の登場人物たちの若き日の活躍が描かれる。

殺人や死者を一人も出さずにここまでスリリングな展開にできるのは、現役医師ならではのこと。医療スタッフや患者の言葉の端々に重みを感じる。
(2010年5月20日 読了)
表紙 ブレイズメス1990
著者 海堂 尊
出版社 講談社
サイズ 単行本
発売日 2010年07月16日頃
価格 1,760円(税込)
rakuten
ISBN 9784062163132
私が患者を助ける理由は、カネを戴けるからだ。命と同じくらい大切なカネを、ね(92ページ)

映画化もされた『チーム・バチスタの栄光』の原作者であり現役医師の海堂尊による医療エンターテイメント。今回の舞台は「ブラックペアン1988」の2年後。海堂小説では珍しく、海外シーンからスタートする。

外部研修から戻ってきた東城大学の研修医・世良雅志は、外科医局長の垣谷雄次とともに、南フランスにいた。世良の任務は、天才外科医・天城雪彦を日本に連れ帰ること。世良はカジノで一世一代の賭けに成功、天城を日本に連れ帰ることに成功した。
佐伯清剛・病院長と天城は新しい心臓病専門病院の設立を計画、世良がこれをサポートしていくことになる。天城は、世界中で彼にしかできない心臓外科手術「ダイレクト・アナストモーシス」を公開の場で行うと宣言。世良は、大学病院内の激しい権力闘争に巻き込まれていくことになる。

天城は「私は東城大に心臓手術専門病院を設立するように、という指示を受けた。カネの算段もせず、新しい施設が作れるとお考えですか?」(175ページ)と、後に病院長となる高階権太に詰め寄る。高階は「医師の使命は患者の治療にあり、断じて集金が目的になってはならないからです」とやり返すが、天城の主張が次第に優勢になっていく。
天城は、「これから手術はニーズに応じ細分化していく。一般患者も手術の特性を知り、術式を自ら選ばなくてはならない時代になったのです。その時にはオペの見本市を開く必要がある」「医師は医療に専念すべし、などというしみったれた考えに洗脳され、医療とカネを分離しては、パラダイスは私たちのてのひらからこぼれおちていく」と言い切る。
天城の主張は、医療倫理や社会通念とは相反する。だが、天城自身のセリフに、現場を知る著者の叫びが込められているように感じた――「確かに命に貴賤はないのかもしれないが、労力には限りがある。だから私は、ふたりのうちひとりしか手術対応できない状況ならばどうするか、と問いかけた。どちらかを選ばなくてはならないという時点で人道的範噂からは外れるが、そんな状況は現実に存在する。ならば、そうしたことを考えることすら禁止するのは、欺瞞ではないのか?」
天城と高階の議論は、まるで政治哲学のマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」を彷彿とさせる。われわれは患者として医療従事者に全てを期待するのではなく、各々が医療哲学を持つべきではないだろうか。そして、医療従事者自身も、立ち止まってじっくりと哲学する時間が必要なのではないだろうか。

なお本作品には、『チーム・バチスタの栄光』の心臓外科医・桐生恭一や、「螺鈿迷宮」で重要な役割を担う女医・桜宮葵も登場する。
(2010年10月28日 読了)
表紙 スリジエセンター1991
著者 海堂 尊
出版社 講談社
サイズ 単行本
発売日 2012年10月
価格 1,760円(税込)
rakuten
ISBN 9784062179539
日本の未来がかかっていようが、世界が破減しようが、そんなことは知ったこっちゃねえ。オイラにとって大切なのは目の前の患者のいのちだけだ。(357ページ)

手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと放言する天才外科医・天城雪彦は、東城大学医学部でのスリジエ・ハートセンター設立資金捻出のため、ウエスギ・モーターズ会長の公開手術を目論む。
ブラックペアン1988』『ブレイズメス1990』を続くから連なる「ブラックペアン」シリーズが完結。

医局長に指名された世良雅司は、高階権太・講師と天城の対立に巻き込まれながらも公開手術を終えると、新入医局員を迎える。そのなかに、若き日の速水晃一がいた。速水は初日から遅刻する一方、すさまじいスピードで外科手技をマスターしてゆく天才だった。
ウエスギ・モーターズの上杉会長は公開手術を断るが、天城が行う医学生の講義へ出席する。そこで、5年生の彦根新吾が天城に食ってかかる。
そんな中、佐伯病院長は大胆な病院改革をぶち上げる。高階講師と藤原婦長がタッグを組み、反旗を翻す。

国際心臓外科学会の公開手術では、天城のピンチを高階が救う。反目する2人ではあったが、患者を救うという使命感を帯びていた。
一方、桜宮市ではデパートで火災が起き、多数の怪我人が東城大学病院へ搬送されていた。留守番の速水は、血染めの白衣を身に纏い現場の指揮を執る。

天城はスリジエセンターをオープンできるのか。高階が起こした反乱に翻弄される佐伯外科の運命は。そして、日本の医療の未来はどうなるのか。
ソ連が崩壊した1991年冬、すべてが新しい方角へ向かって動き始める。
(2015年2月15日 読了)
この項つづく
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