海堂尊の医療エンターテイメント

桜宮物語(現在)
表紙 チーム・バチスタの栄光
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2006年02月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784796650793
ルールは破られるためにあるのです。そしてルールを破ることが許されるのは、未来に対して、よりよい状態をお返しできるという確信を、個人の責任で引き受ける時なのです (117ページ)

これがデビュー作となるミステリー作家の海堂尊 (かいとう たける) さん。本業は医師。舞台となる大学病院の描写は、非常に写実的である。それとは対照的に、登場人物がコミカルだ。
ストーリーは、ミステリーの王道である逆転に次ぐ逆転の展開。それが陳腐にならないのは、舞台と登場人物の描写のアンバランスさのおかげだろう。スターウォーズを背景にして名探偵コナンをやっているような感じである。

主人公は私と同い年で、仕事は昼行灯。しかも一人称で書かれているものだから、時間を忘れて読みふけってしまった。後半部分は、アイザック・アシモフのミステリーSF『鋼鉄都市』に登場する刑事イライジャ・ベイリとロボット・ダニール・オリヴォーの掛け合い漫才を彷彿とさせる。
文句なく楽しめる作品だ。
(2006年9月16日 読了)
表紙 ナイチンゲールの沈黙
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2006年10月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784796654753
真実なんて、どうせ誰にもわからないんです。だって、人って自分自身のことすら、よくわかっていないんですからね (318ページ)

東城大学医学部附属病院の看護師、浜田小夜は、忘年会の出し物で「アヴェ・マリア」を歌い優勝した。彼女が受け持つ小児科病棟には、網膜芽腫で眼球摘出を控えた子どもや、白血病で余命幾ばくもない子どもたちがいる。子どもたちのメンタルヘルスを不定愁訴外来に依頼したところ、ある子どもの肉親が殺害されバラバラにされるという痛ましい事件が起きた――。

前作「チーム・バチスタの栄光」に続き、“昼行灯”こと田口公平医師の、まったく冴えない主人公っぷりや、伝説の歌姫の緊急入院、厚生労働省の変人役人・白鳥調査官の乱入、白鳥にも勝るとも劣らない加納警視正の傍若無人ぶり――一癖も二癖もある登場人物がストーリーを混乱させる一方で、アニメの「カエル宇宙人」やファミレス「ジョーナーズ」が奇妙なリアル感を醸し出す。

著者の海堂尊は1961年(昭和36年)千葉県生まれで、本業は医師。本作では、社会問題にもなっている小児科業務の過酷さがストーリーに織り込まれている。

前作とは全く異なるストーリー展開で、前作を読んでいなくても楽しめるし、読んでいれば二倍楽しめる仕上がりになっている。
(2007年3月11日 読了)
表紙 ジェネラル・ルージュの凱旋
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2007年04月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784796657549
俺を裁くことができるのは、俺の目の前に横たわる、患者という現実だけだ (277ページ)

東城大学医学部附属病院ICUの速水部長は、一人でも多くの救急患者を救うため、ドクター・ヘリ導入の悲願を抱いていた。そんな彼に不正取引の疑惑が――。

前作「ナイチンゲールの沈黙」とまったく同じ時間、同じ場所で、違う事件が展開していくという設定には感心させられた。さまざまな人の想いが凝縮する病院の中では、あり得る話だ。

今回も、“昼行灯”こと田口公平医師や厚生労働省の変人役人・白鳥調査官が大活躍。さらに、白鳥の部下で現場の足を引っ張る姫宮嬢や、速水医師をめぐる恋物語と、シリーズを重ねる毎に登場人物の人間味が濃くなってきたように感じる。

著者の海堂尊は1961年(昭和36年)千葉県生まれで、本業は医師。本作では、社会問題にもなっている「医療崩壊」問題を暗に織り込んでいるように感じられる。速水医師は、厚生労働省出身の病院事務長・三船に向かい「あんたたち官僚の血脈が目指す医療システムは、近い将来必ず崩壊する」と断じ、災害現場を飛び回るヘリに向かい「取材のヘリは飛ぶのに、ドクター・ヘリはどうして桜宮の空を飛ばないんだ」と叫ぶ。

これは、小説の中だけの話だろうか。
(2007年7月17日 読了)
表紙 イノセント・ゲリラの祝祭
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2008年11月
価格 1,650円(税込)
ISBN 9784796666763
国家は滅びることがあっても、医療は滅びない (347ページ)

映画化された「チーム・バチスタの栄光」から2年後、今回は厚生労働省が舞台。昼行灯の呼び名が定着した主人公、田口公平医師をめぐり、一癖も二癖もある人物が暗躍する。しかも今回は、医療事故も殺人事件も起こらない。それでいながら、終盤の厚生労働省審議会における論理の応酬は、探偵ミステリー小説のノリである。

著者の作品発表のペースは速い。「チーム・バチスタの栄光」「ナイチンゲールの沈黙」から本書にいたる、田口公平医師が主人公をつとめるシリーズを本伝と呼ぶなら、「螺鈿迷宮」「ジーン・ワルツ」「ひかりの剣」は外伝と呼べるだろう。本作は、そんな外伝の登場人物が乱入し、しかも「ジーン・ワルツ」で触れられていた重大事件が並行して進んでいるという状況(これは次回作で明らかにされる模様)。まるでシャーロック・ホームズでワトソン博士が語っているエピソードのノリである。

一方、医師のストライキを先導したとして行政サイドから疎んじられている彦根新吾医師であるが、およそ半世紀前、本当に医師ストライキを実現した者がいる――後の日本医師会長、武見太郎である。牧野伸顕伯爵の娘婿として、吉田茂首相と結び、当時の厚生省と堂々と渡り合った巨魁である。

物語のプロットは、著者のノンフィクション「死因不明社会」に基づく。実は非常に深刻な社会問題に触れている。

「国家が滅びることはあっても、医療は滅びない」(347ページ)――本作品で、著者が言いたかった一言ではないだろうか。病理医という本業が光る作品である。

追伸――終盤で厚生労働省解体という議論が噴出するが、つい最近(もちろん本作品の発表後)、この話題はメディアを騒がせた。結局、なし崩し的に終息したわけが、霞ヶ関では一体何があったのだろう。本作品を読んで、あらためて詮索したくなる。

著者が予言者だとは言うつもりはないが、現実社会というのは意外に論理的に動いており、その論理をクールに見つめた結果がこのシリーズなのかもしれない。だとすると、霞ヶ関には白鳥室長のような型破りな官僚が本当にいるのかも(笑)。
(2009年6月7日 読了)
表紙 アリアドネの弾丸
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2010年09月
価格 1,571円(税込)
ISBN 9784796677417
司法の闇は深い。人が作り出した世界なのに、自然界の闇よりも、人工物の社会の闇の方が深いというのは、いったいどういうことなのだろう (407ページ)

映画化もされた『チーム・バチスタの栄光』でデビューした、現役医師による“自称”メディカル・エンターテインメント・シリーズの新刊。
東城大学病院に導入された新型MRI「コロンブスエッグ」の周囲で、次々に死亡事件が起きる。ついには高階病院長に収賄と殺人の容疑がかけられてしまう。タイムリミットは72時間。はたして、グチ外来の田口公平医師と厚生労働省の型破り官僚・白鳥は高階院長を救い出すことはできるか!?

今回は、3テスラMRIという最新鋭の医療機器を使ったトリックが目を見張る一方で、同じ作者によるドキュメンタリー『死因不明社会』がバックボーンを担っている。本職が病理医ということだけあって、医療と司法の間の齟齬を鮮やかに描き出している。
ちなみに、作者は病理医専従ではなくなり、2010年(平成22年)3月に「独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター・Ai情報研究推進室室長」という肩書きを持つにいたる。もしかしたら、作中に登場する医療界のスカムラージュ(大ぼらふき)こと彦根新吾先生は、作者自身がモデルなのでは。
(2011年6月1日 読了)
表紙 螺鈿迷宮
著者 海堂尊
出版社 角川書店
サイズ 単行本
発売日 2006年11月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784048737395
桜宮病院に入院すると生きて帰れない――ミステリー小説を装いながら、現代の終末期医療に疑問を投げかける内容だ。著者は、「チーム・バチスタの栄光」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した海堂尊、現役の医師だ。

時間軸としては、この次の作品となる「ジェネラル・ルージュの凱旋」の後の話になる。「チーム・バチスタの栄光」に続く3作品の外伝という位置づけだ。東城大学医学部附属病院と同じ街にある桜宮病院が舞台で、落第医学生の天馬大吉が劇中の無理難題をすべて引き受ける。本シリーズにも登場する厚生労働省の変人役人・白鳥調査官や、歩く医学事典・姫宮嬢が活躍する。

作者の海堂尊は病理医――今回は、その本領発揮というところか。桜宮病院の院長が天馬に「ひとりひとりの患者の死に、きちんと向き合い続けてさえいれば、いつか必ず立派な医者になれる」と語る。これは、作者の経験に裏打ちされた言葉ではないだろうか。我が国は、離れた医療機関同士で病理画像やデータを共有できるシステムに助成金を惜しまない。だが、これが患者のための医療なのだろうか。

本シリーズのカバーリングは、「チーム・バチスタの栄光」の黄色にはじまり、「ナイチンゲールの沈黙」の青、「ジェネラル・ルージュの凱旋」の赤と、テーマに合わせた象徴的なカラーリングを施してきた。外伝である本作の表紙は「螺鈿(らでん)」だ。見る角度によって色が変わる螺鈿細工は、作者の終末期医療に感じるカラーなのであろう。
(2007年8月15日 読了)
表紙 輝天炎上
著者 海堂尊
出版社 角川書店
サイズ 単行本
発売日 2013年01月
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784041103784
螺鈿迷宮』の続編。
桜宮市の終末医療を担っていた碧翠院桜宮病院の炎上事件から1年後、東城大学の落第医学生・天馬大吉は勉学に対する態度を一変、優秀な同級生・冷泉深雪と「日本の死因究明制度」を調査することに。だが2人は取材を重ねるうちに、この制度の矛盾に気づいてゆく。
一方、碧翠院桜宮病院の跡地にAiセンターが設立され、センター長に不定愁訴外来の田口公平医師が任命された。碧翠院を経営していた桜宮一族の生き残りが活動を再開。東城大への復習の牙をむく。
天馬と冷泉を中心に、海堂ワールドの登場人物が総出演。

ミステリー仕立ての流れの中に、医療の素晴らしさを織り込んでいるのは現役医師ならでは。
医学生の天馬は患者・美智の臨終に立ち会い、「『午前11時52分、ご臨終です』自分の声を耳にして、僕の膝が崩れ落ち、動かなくなった美智の身体にしがみつく。これが、人が死ぬ、ということなのか」(204ページ)というは、終末医療そのもの。
天馬は、焼死した碧翠院桜宮病院の巌雄院長が遺した言葉「死に学べ。そうすれば、いっぱしの医者になれるだろうさ」(139ページ)を思い出す。
田口公平が記した美智のカルテの読んだ天馬は、「医療は、こんなことまでできるのか」(206ページ)と絶句する。昼行灯の異名をとる田口が書いたカルテこそ、患者が生きた証だったのだ。

ヒロインの冷泉深雪はツンデレなのだが、ツインテールではなくツイン・シニョンというのはご愛敬。ラノベすらパロディにしてしまう海堂ワールドに脱帽。
(2013年3月31日 読了)
表紙 ケルベロスの肖像
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2012年07月
価格 1,676円(税込)
ISBN 9784796698580
「この程度でギブアップか? お前の野望はそんなチャチなものだったのか」(347ページ)

「東城大学病院とケルベロスの塔を破壊する」――1通の脅迫状が始まりだった。
愚痴外来の田口公平医師は新設されるAiセンター長に就任。その元へ、『チーム・バチスタの栄光』から連なる小説群(桜宮サーガ)で活躍してきた登場人物が集う。

ケルベロスは3つの頭を持つ地獄の番犬。その弟は双頭のオルトロス――ここまではいい。しかし、彼らには3番目の弟がいるという。名前は忘れられてしまっており、シロ、ロン、シンノスケ、ソウイチロウ、ネロ、ポチ、パウワウ、キョロ‥‥いきなり笑いの沸点を下げられてしまった。

厚労省の変人役人・白鳥圭輔の部下、姫宮が田口公平医師と初対面。無理数が好きなのかと聞く田口医師に対し、こくりと頷き、「ええ、好きです。割り切れない、ご無体なところが、とても」(40ページ)。
東城大学病院の高階院長は、Aiセンター長の田口医師の部下になると言いだし、「田口先生には、シンポジウムでは神輿になっていただきます。神輿はかつがれるもので、自分の意思ではどこへも行けません。その歯痒さ、もどかしさを思えば、まだ私にこき使われていた時の方が幸せだったと気づくでしょう」(54ページ)とつぶやく。
ノーベル賞に最も近いと言われるマサチューセッツ医科大学の東堂医師は、9テスラのマンモスMRIの運搬に陸上自衛隊の戦車を利用したうえ、「解剖は、破壊しない場所のことは何もわからないんです」と南雲監察医に宣戦布告する。

運命の8月29日、Aiセンターでシンポジウムが開催される。そこで大事件が――黒幕は誰か。そして物語は大団円を迎える。

本書はミステリー小説でも医療小説でもない。『チーム・バチスタの栄光』のミステリー感や『イノセント・ゲリラの祝祭』での医療問題提起を期待してはいけない。本書は純然たるエンターテイメント小説なのである。
桜宮サーガで蒔かれてきたフラグが、本書で回収される。海堂ファンなら「なるほど」と楽しめるだろうし、本書が初めての読者はラノベとして楽しんでほしい。なにしろ登場人物は、みな中2病なのだから。
そして新たなフラグがばらまかれる――登場人物たちの今後の人生は!?
(2013年11月20日 読了)
表紙 カレイドスコープの箱庭
著者 海堂尊
出版社 宝島社
サイズ 文庫
発売日 2015年07月04日頃
価格 715円(税込)
ISBN 9784800242372
准教授に昇格した東城大学医学部附属病院・不定愁訴外来(愚痴外来)の田口公平医師に、高階権太院長が無理難題を吹きかける。今回の依頼は、誤診疑惑の調査――電子カルテ導入委員長として、病院内の関連部署に聴取して回る。気管支鏡検査室で見た気管支鏡の映像は、まるでカレイドスコープ(万華鏡)のようだった――。
そして、田口は後輩の病理医・彦根新吾を呼び寄せ、病理検査室の菊村教授と牛崎講師の3人で、問題の病理標本を再度診断する。診断の正確さで定評のある牛崎講師の誤診だった――。
高階院長に報告書案を提出した田口は、Ai標準化国際会議を準備するため、ボストンへ飛び、マサチューセッツ医科大学の東堂文昭を訪ねる。300人の聴衆を前にAiの講義をする羽目になり、 世界的なゲーム理論学者・曾根崎伸一郎と対峙する。
帰国すると、不定愁訴外来に厚生労働省の白鳥圭輔技官がやって来て、田口の院内調査を再調査すると言い出す。
カレイドスコープを電極に使ったウソ発見器を携えた白鳥と田口は、再び病理検査室を訪れる。手術検体が行方不明となっていることが明らかになった。
そうこうしているうちに、Ai標準化国際会議の開催が迫る――不定愁訴外来に、『ジェネラル・ルージュの凱旋』の救急医・速水晃一、『チーム・バチスタの栄光』の心臓外科医・桐生恭一、『イノセント・ゲリラの祝祭』の病理医・彦根新吾が集まり、田口や白鳥とともに祝杯を挙げる。
国際会議が終わると、田口と白鳥が調査を再開。誤診疑惑の真実が明らかになる。白鳥が持ち込んだカレイドスコープは、じつは‥‥。

病理検査室は解散し、あらたな組織として再スタートを切ることになった。そのトップとなった牛崎医師は田口の問いかけに、「人口の減少に伴いあらゆる社会領域が縮小している現代では、これまでと同じ制度は維持できないと諦めるしかありません」と答える。田口・白鳥コンビの最後の事件において、海堂先生の諦観を言葉にしたものではないだろうか――。

巻末に「作品相関図」「桜宮市年表」が付いており、海堂ワールドの羅針盤となろう。
また、「放言日記」は『ジェネラル・ルージュの伝説』巻末の書き足し。2010年(平成22年)以降の海堂先生の活躍が分かる。
表紙 氷獄
著者 海堂 尊
出版社 KADOKAWA
サイズ 単行本
発売日 2019年07月31日頃
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784041083321
新人弁護士・日高正義が初めて担当する事件は、2年前、手術室での連続殺人として世を震撼させた「バチスタ・スキャンダル」だった。表題の「氷獄」は、『チーム・バチスタの栄光』で投獄された麻酔医・氷室貢一郎の獄中生活を主軸に、『ジェネラル・ルージュの凱旋』『イノセント・ゲリラの祝祭』『アリアドネの弾丸』のエピソードが加わり、東日本大震災やスプリング8が折り込まれた中編。この他、『螺鈿迷宮』に絡んだ「双生」、『ナイチンゲールの沈黙』の後日談「星宿」「黎明」の、計4作品が収録されている。
患者に寄り添う医療とは何か、終末期医療とは、そして司法の正義とは――答えの出ない社会問題に、医師で作家の海堂尊さんが斬り込む――。

双生
1994年(平成6年)春、東城大学医学部附属病院の医師・田口公平のもとで、碧翠院桜宮病院の双子姉妹すみれ・小百合が研修していた。外来患者の片平清美は認知症だった。だが、その夫の異変に気づいたすみれは、ある斬新な治療法を提案する。
田口は「すみれ先生は正しい。でも残念ながら大学病院はユートピアではない。自由闊達な議論なんて、存在しないんだよ」(27ページ)と指摘する。

星宿
2007年(平成19年)冬、看護師の如月翔子は、手術を拒否し続ける少年・村本亮の「十字星を見たい」という願いを叶えるため、便利屋・城崎を呼び出した。オレンジ新棟の2階・小児科病棟の上には、使われたことのない3階があり、古いプラネタリウムが放置されていた。だが、そのプラネタリウムを動かすためには莫大な電力が必要だ。そこで、田口公平が考えた奇策は――

黎明
2012年(平成24年)春、末期の膵臓がんと診断された黒沼千草は、愚痴外来の医師・田口公平の診察を受け、「ドア・トゥ・ヘブン」を改装してできたホスピス病棟「黎明」へ入所する。黎明を仕切る黒沼師長は、末期癌患者にむやみに希望を与えない方針だ。だが、子宮がんで1年以上入所している山岡と黒沼は、驚くべきことを目論んでいた。

氷獄
2019年(平成31年)春、弁護士・日高正義は、駆け出しだった2008年(平成20年)春に手掛けた「バチスタ・スキャンダ」「青葉川芋煮会集団食中毒事件」を振り返る。獄中の麻酔医・氷室貢一郎は弁護を拒否し黙秘を続けていたが、4人目の国選弁護士となった日高と接見を続ける。
氷室は「弁護士や検事の仕事は人工的な世界でのやり取りだから本質はテレビゲームと変わらない。その意味では科学や医学は相手が自然だからもっと深いんです。だから法曹関係者は傲慢になり、科学者や医者は謙虚にならざるをえないわけです」(168ページ)と語る。
氷室の紹介で、日高は、東城大学病院の田口医師、厚生労働省の白鳥技官、病理医の彦根新吾医師と会話する。いつも通り、相手の名前の由来を聞いた田口は、「日高さんは、お父さんから大切な意志を受け取っています。でも理解しながらもそれに従うのをためらっておられる。それはあなたご自身が、正義という言葉に懐疑的になっているからです。その迷いは正しいと思います。正義という言葉ほど難しい概念はないからです」(185ページ)と語る。白鳥は、「まったく、法ってヤツはどこまでいってもロクデナシや出来損ないの味方で、正義なんてどうやっても実現できっこないし、誰ひとり本気で実現するつもりもありゃしないのさ」(202ページ)と司法批判を展開。彦根新吾は「僕が目指す理想の地は、医療と司法の完全分離が達成された社会です」(219ページ)と持論を述べる。
そして日高は、東京地検特捜部の福本検事正に、「被疑者がこの犯罪に手を染めたことはスプリング8の微量元素解析で、麻酔医しか入手できない毒物成分を検出できれば証明できます。その物証で殺人罪に問えます」(211ページ)と取引を持ちかける。だが、氷室は3件の殺人で立件され、死刑が宣告される。そして、青葉川芋煮会集団食中毒事件の冤罪も晴らせなかった。
氷室が日高に託した手記には、「これは恐ろしい検察独裁です。日本の刑事裁判は有罪率が99.9パーセントを誇っています。でもよく考えてみてください。不確定性に満ちている、危うげな『人間』がやること、しかも犯罪を犯すような『人間』とそうでない『人間』が入り乱れている混沌としたこの世界、人間がウソをつくのが必然の世界で、なぜ日本の検察はかくも高い有罪率を誇り得るのでしょうか」(262ページ)と記されており、別宮葉子の手で時風新報から出版された。
氷室は仙台拘置支所へ移送され死刑執行が近いとみられていたが、東日本大震災が発生。拘置所は停電になり、氷室は脱走を果たす。それから8年が過ぎたが、日高のもとへ氷室の情報が入ってくることはなかった。
表紙 コロナ黙示録
著者 海堂 尊
出版社 宝島社
サイズ 単行本
発売日 2020年07月10日頃
価格 1,760円(税込)
ISBN 9784299007018
雪まつりが始まろうとしている北海道の雪見市救命救急センターでは、ジェネラルこと速水晃一センター長が見守る中、未知の感染症により一人の老人が命を落とす。中国では、新型コロナ・ウイルスに7千人以上が感染したという情報が入ってきた。同じ頃、横浜港に入港していたクルーズ船「ダイヤモンド・ダスト」でPCR検査を行ったところ、大量の陽性者がいることが分かった。
蝦夷大学感染症研究所の名村茫教授は、ダイヤモンド・ダスト号に乗り込み、厚生労働省の防疫体制の杜撰さをネット動画で告発する。
一方、彦根新吾は名村の右腕である、「8割パパ」こと喜国忠義准教授と合流し、新型コロナの感染予測を行うデータを集めるために雪見市救命救急センターへ向かう。喜国は、雪見市救命救急センターで感染者が出ていることから、病棟閉鎖を進言。速水は断腸の思いで、ICUと内科を閉鎖することを決断する。内科の患者は、世良雅志が院長を務める極北市民病院へ回されることになった。
一方、東城大学医学部附属病院・不定愁訴外来主任の田口公平は、高階権太学長と厚生労働省大臣官房秘書課付技官の白鳥圭輔による策略にはまり、新型コロナウイルス対策本部長に担ぎ上げられる。
東城大はダイヤモンド・ダスト号の患者の受け入れをはじめ、無職高齢者の救命か、現役医師の救命か、田口と速水に「いのちの選択」が突きつけられる。

巻末に、「この物語はフィクションです。作中に同一の名称があった場合でも、実在する人物・団体等とは一切関係ありません」との注意書きがあるが、本作で新たに登場した人物は、どう読んでも、実在の人物に1対1対応する。そして、どう読んでも、「森友学園」「桜を見る会」「検事長の定年延長」「自殺した財務局職員」を取り上げて政権批判をしているようにしか読めないが(笑)。
さて、主人公の田口先生や速水先生は私と同期なので、その活躍っぷりは無理筋では、と感じつつも、海堂ファミリーの同窓会として、最後まで楽しませてもらった。
海堂ワールドで度々取り上げられる「いのちの選別」は、今回は「ECMO」という現実味を帯びた話題で再び取り上げられる。小説では田口先生の幸運で乗り切るが、リアル世界では、私たち一人一人が、是々非々で答えを導き出さなければならない。
だから、本作品は、海堂バイブルの最後に連なる「黙示録」ということなのかもしれない。
この項つづく
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