『ネットカフェ難民』――漫然と過ぎていく日常

川崎昌平=著
表紙 ネットカフェ難民
著者 川崎昌平
出版社 幻冬舎
サイズ 新書
発売日 2007年09月
価格 814円(税込)
ISBN 9784344980549
ネットカフェ難民は他人をうらまない。自らの境遇を誰かのせいにはしない。人に責任をなすりつけるタイプの人間ならば、わざわざこんな生活に飛び込んだりはしないからだ。(142 ページ)

概要

ネットカフェのイラスト
ヒキコモリ兼ニート生活を経てネットカフェ難民生活を開始した著者の川崎昌平さんが、その初日から約 1 ヶ月にわたる有様を日記風に綴ったもの――起承転結を期待してはならない。そこには、ただただ漫然と過ぎていくネットカフェ難民の日常があるだけである。
学生時代、私もまた「合理主義の終焉、あるいは新しい合理哲学の実践の兆候、気配、漠とした予感」(128 ページ)を感じた者の一人であった。そこで大学を辞め、いまで言うフリーターというかニートというか、そういった状況に身を委ねた。
おそらく、自分一人で生きていられるなら、そのままの状況が続いていたことだろう。しかし、兄妹のため、好きな人のため、子どものため、再び上昇気流に乗ることになった。
人は、所詮、ひとりでは生きていけない。他人に合わせて変化していなければならないのである。

しかし、本書を読了して気づいたのだが、いま、私が職を失ったら、ネットカフェ難民にすらなれない――この本の著者は、運転免許証を持っているらしいし、少なくとも携帯電話は持っている。一方、私には運転免許証がないし、プライベートな携帯電話もない(業務用しか持っていない)。免許証がなければ会員制のネットカフェを利用することはできないらしいし、携帯電話がなければアルバイトの電話を受けることもできない――どうやら 20 年前とは状況が違うようである。
しかも、両親とも高齢になり、いつ、実家の住所が失われるとも限らない。頼みの綱は、自分が築いた家族だけである。
いま、この気流から外れたら、最底辺どころの話ではない。学歴も職歴もマイノリティのそれである。世間から冷たい視線を浴び、確実にリンボ(辺獄)まで転げ落ちて行くであろう。あな恐ろしや。
ネットカフェ難民ができるだけでも、かなり幸せなことだと思うのであった。
(2008 年 9 月 2 日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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