『日本の救急医療を斬る』――医療バッシング

中村信也=著
表紙 日本の救急医療を斬る
著者 中村 信也
出版社 日新報道
サイズ 単行本
発売日 2008年09月
価格 1,430円(税込)
ISBN 9784817406668
遺族の無念を伝えるマスコミの報道は、医学的真実よりも、遺族の悲しみと医師への憎悪を伝えることが大衆の共感を得られやすいのである。(93ページ)

概要

救急車のイラスト
2007年10月4日、脳内出血を起こした出産間近の妊婦が7カ所の医療機関に診療を断られ、出産後に死亡するという出来事があった。最初に断ったのは、東京都が鳴り物入りでオープンした都立病院「東京ER・墨東」であった。
日本の医療、とくに救急医療は存亡の危機にある。著者の中村信也さんは救急医療の現場にも従事したことのある整形外科医で、その話を読むと、救急医療崩壊の原因の一端が分かる。
国は、医療にも経済的合理性を求めている。したがって、われわれが従事しているビジネスと同じ土俵で問題を考えることができる。
救急医療は24時間365日体制だ。もし、われわれシステム会社が24時間365日保守の体制を構築するとなると、一人の保守担当要員では足りない。1日の労働時間は8時間だから、24時間なら3人/日必要だ。さらに法定休業日と有給休暇を差し引くと、年間の労働日数は225日程度。よって、3×(365÷225)=4.87≒5人・年の技術者が必要だ。

システムは複雑なので、一人の技術者ではできることは、せいぜい自分の専門分野と障害の一次切り分けくらいだ。障害解決には、ネットワーク、データベース、アプリケーションなど、それぞれの分野のスペシャリストが必要だ。
24時間365日のシステム保守を請け負うには、20人以上の専門技術者の体制が必要なのである。そのために、一体幾らのコストがかかるか。そのコストを顧客は負担できるか。
当たり前のことだが、。保守・運用ビジネスを成立させるためには、同時に複数の案件を抱えていなければコストをペイできない。

さて、救急医療行政は、そうしたビジネス意識を持っているのか。莫大なコストがかかるERを設置する一方で、救急医療にはかからないようにと収益を減らすような周知を行う。そもそも、システムではなくヒトが相手なのだから、救急患者の発生予測は極めて難しい。そのうえ、救急患者の25%は治療費を払わないという。
こんなリスキーなビジネスの「経済合理性」を追求しろというのは無理な話である。現場から、技術者=医師が逃げ出すのは当然の帰結である。

本書に「《患者は神様なり》ということになると―(中略)―それならいっそのこと、触らぬ神に崇りなしということになる」(37ページ)とある。著者の本音であろう。
(2008年10月23日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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