『心理学的にありえない(上下巻)』――エンパシーとは?

アダム・ファウアー=著
表紙 心理学的にありえない 上巻
著者 アダム・ファウアー/矢口 誠
出版社 文藝春秋
サイズ 単行本
発売日 2011年09月14日
価格 2,200円(税込)
rakuten
ISBN 9784163808604
感情移入能力を持っている人間がこの世界をどんなふうに経験しているかは、それぞれ違っているのよ。でも、能力の根幹にあるものは変わらない――それが共感覚。(328ページ)

概要

著者は、ペンシルヴェニア大学で統計学を学び、スタンフォード大学でMBA取得、有名企業でマーケティングを担当し、2005年、『数学的にありえない』で作家デビューを果たしたアダム・ファウアー
心理アナリストのイライジャ・グラスと、天才ヴァイオリニストのウィンター・ロイスが巨大な陰謀をめぐって、心を操れるエンパシー能力者たちと協力して、対決してゆく。

あらすじ

2007年暮れ、人の微細な表情から心理を読み取る才能を持つ心理アナリストの青年イライジャ・グラスと、聴衆に圧倒的な感動を与える天才ヴァイオリニストの女性ウィンター・ロイスが巨大な陰謀に巻き込まれようとしていた。各章の冒頭に「最後の審判の夜まであと○○時間」と記されていることから、破滅の時が近づいていることが伺われる。
だが、二人ともまったく接点のないまま話が進んでいく。唯一の共通点は、二人が謎のネックレスをしていることだ。
イライジャはふとしたことからネックレスを失い、偶然、元ハッカーでホームレスとなった従兄スティーブ・グライムズに出会う。ここから彼の運命が転機を迎える。
一方、ウィンターもネックレスを失い、彼女にしつこく付きまとう男性や、彼女の母親が急死するという
二人を守ろうと動き出す盲目の男ラズロと、彼と因縁を持つ女性ダリアン・ライト。一方、異様なカリスマ性で信者を集めつつあるカルト教団の教祖ヴァレンティヌス

第2部に入ると、話は突然1990年に遡る。
悪魔憑きとされる孤児の少女ジル・ウィロビーと、悪魔祓いを行おうとするサリヴァン神父の心理戦。そして、ジルの身柄を引き取るという「研究所」のサマンサ・ジンザーと、彼女と一緒に働くダリアン・ワシントンが登場。
ダリアンは、ラズロの教え子であるイライジャ・コーエンウィンター・ベケットの特殊能力を見いだし、二人とも「研究所」に招き入れることに成功した。

第1部と2部で名前が共通するのはラズロだけ。下巻で話は収束するのか!? エンパシーとはいったい何か? ニコラ・テスラの晩年の研究とは何だったのか? ナチス・ドイツとの関係は?
著者独特のSFミステリーは、怒濤の勢いで下巻へと続く。
表紙 心理学的にありえない 下巻
著者 アダム・ファウアー/矢口 誠
出版社 文藝春秋
サイズ 単行本
発売日 2011年09月14日
価格 2,200円(税込)
rakuten
ISBN 9784163808703
わたしたちがエゴを持っているのは、神もまたエゴを持っているからだ。事実、神が自分自身の出自を隠し、自分こそが唯一の真の創造主であると詐称しているのは、そのエゴゆえだ。(221ページ)

あらすじ

1990年、イライジャ・コーエンウィンター・ベケットの二人は政府の秘密機関が運営する「学校」に収容された。間もなく三人目の子ども、チャーリー・ハモンドも収容される。三人は、人の心を読み取り操る特殊能力の持ち主「エンパス」だった。
教え子たちを救出すべく、ラズロ・クエールはダリアン・ワシントンの協力を得て動き出す。だが、同じエンパスの少女ジル・ウィロビーが感情を爆発させ、「学校」を爆破してしまう。
間一髪でラズロ、ダリアン、イライジャ、ウィンターの四人は脱出に成功。だが、チャーリーは死亡し、ラズロは両目を失ってしまう。

第3部では時を2007年に戻し、ラズロ、ダリアン、イライジャ、ウィンターの四人が再び一同に会する。ラズロはライジャとウィンターの記憶を呼び覚まし、死んでゆく。ダリアンもまた、ヴァレンティヌスの手に掛かって死ぬ。
イライジャとダリアンは、新年を迎えるときにヴァレンティヌスが恐ろしい罠を仕掛けていることを知る。これを阻止するためにイライジャの従兄弟でハッカーのスティーヴィー・グライムズと再び合流し、物語は破局へとむかってなだれ込んでいく。

レビュー

次から次へと迫る危機を、読者に映像として訴えかける手法は前作『数学的にありえない』に引き続いて健在だ。『数学的にありえない』の主人公ケインが、重要な場面で顔を出すのもにくい演出である。
さらに今回は、2007年と1990年を行ったりきたりするので、その間で話題になっているテレビ番組やゲーム機器などの違いにニヤリとさせられる
本書で登場するエンパシー能力は、テレパシー能力のようにオカルトじみた強力さはない。ただ65ページでディードリッヒが説明を試みようとしているように、科学的なテイストがたっぷりで、歴史の必然として人間に備わってきた能力であることを伺わせる。日本でいうなら、さしずめニュータイプといったところか。

下巻の冒頭でミステリーの結末は見切ったつもりだったが、「エピローグ」(最後のわずか4ページ!)にしてやられた。上巻の最初から伏線が張られていたというのに、この結末には気づかなかった。読者としてはうれしい裏切りである。
というわけで、最後まで「エピローグ」を読まないで物語を楽しんでいただきたい。
(2011年10月19日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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