『世界神話学入門』――旧石器時代の再評価

後藤明=著
表紙 世界神話学入門
著者 後藤 明
出版社 講談社
サイズ 新書
発売日 2017年12月14日頃
価格 990円(税込)
ISBN 9784062884570
ローラシア型神話の基本構造が繰り返し今日まで再生されるのは、その基本的なストーリーラインに今日でもわれわれに訴えるものがあるからである。(187ページ)

概要

黄泉比良坂 (よもつひらさか) を訪ねて島根を旅したとき、そういえばギリシア神話のオルフェウスの話と同じプロットだな、と感じ、本書を手に取った。著者は、海洋人類学および物質文化や言語文化の人類学的研究を専門としている後藤明さん。

2013年、ハーヴァード大学のマイケル・ヴィツェルが『世界神話の起源』の中で、世界中の神話はゴンドワナ型ローラシア型の2つに大別できるとした。本書は、その仮説を下敷きに、考察を進めてゆく。

レビュー

第1章では人類の発祥まで時間軸を遡る。続く第2章では、旧石器時代の文化について考察する。文字の存在は確認されていないが、壁画などが残っており、後藤さんらの仮説が正しければ、世界神話に関する認識をあらためなくてはならない。
第3章では、世界中に見られるゴンドワナ型神話を紹介していく。そのなかで、人類が後期旧石器時代には天文に関心を抱いているとした上で、後藤さんは、「たとえばシベリアあるいはモンゴル付近から北米大陸にかけて、もっとも広範囲に見られるのが宇宙狩猟(コスミック・ハント)のモチーフである。この地域は緯度が高いため、北極星の周りを回って沈まない周極星が多い。日本の北海道の北部でも北斗七星は1年中沈まない。それでこれら沈まない星に対して、漁師や猟犬が獲物を永遠に追いかけている、という神話が付与された」(132ページ)と述べている。だとすると、星座に関わるギリシア神話は、ゴンドワナ型神話にルーツをもっていることになる。

第4章では、ローラシア型神話を紹介する。「ローラシア型神話にとっての究極的な問いは、世界と人間の起源はどのようなものだったのか」(146ページ)だという。世界の創造から、世界各地の神話には共通項が多い。「そしてローラシア型神話は、最終的な世界の破滅を語る黙示録をしばしば伝える」(180ページ)。
洪水神話も、世界各地に見られる。あのヴェリコフスキーの彗星(イマヌエル・ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』)を持ち出すまでもなく、アフリカからユーラシア大陸を伝って南北アメリカ大陸に移動した人類によって、神話は伝搬したのかもしれない。だとしたら、洪水は1万2千年前の出来事ではなく、さらに上代に起きた海進を、人類の記憶として伝えているのかもしれない。
また、こうした神話の共通性を利用して、ナチスや戦前の大日本帝国は、自らの正当性を主張した。後藤さんは、「われわれは、神話は使い方を間違うと諸刃の剣、あるいはまさに『指輪』(トールキン『指輪物語』)になることをこうした歴史から学ぶ必要がある」(190ページ)と警鐘を鳴らす。

第5章では、世界神話との比較で日本神話を眺める。後藤さんは、日本神話がローラシア型神話と考えている。そして、黄泉比良坂に関わるオルフェウス型神話について、「イザナキ・イザナミのように、2人の神がこの世とあの世の聞で離縁を誓いあう『誓建』モチーフがある。オセアニアでは、『誓建』はミクロネシアのカロリン諸島やメラネシアのフィジー諸島にも見られる」(221ページ)と紹介している。

第6章では、再びゴンドワナ型神話群について振り返り、「解決の糸口が見えない、現代の人類社会。どんな思想も大宗教も解決策を提案できないでいる今日、よほどの革新的な思考の転換が必要だ、そう多くの人々が感じ始めているのではないだろうか。私にも答えはわからない。しかしそんなときにとそ、人類としての原点にもどってみるべきではないか、このところ私はそう考え始めている」(268ページ)と結ぶ。

私は、文字が無いという理由だけで、旧石器時代を軽んじていたのかもしれない。
北極星の周りを恒星が回っているという空間認識ができることをとってみても(小学校の理科で苦労する子どもが多い)、現代人と同等の思考活動をしていたことは明らかだ。
イスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリさんは、著書『サピエンス全史』において、いまから7万年前、アフリカ大陸を再出発したホモ・サピエンスは、ホモ・エレクトスやネアンデルタール人にない高い認知的能力を備えた「認知革命」を達成し、抽象概念を扱えるようになったという。そのとき、ローラシア型神話が誕生したのだろう。
歴史を学ぶものとして、視点を1万年以上遡ってみることにしよう。
(2018年9月2日 読了)
(この項おわり)
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