ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? | |||
著者 | 河田雅圭 | ||
出版社 | 光文社 | ||
サイズ | 新書 |
|
|
発売日 | 2024年04月17日頃 | ||
価格 | 1,100円(税込) | ||
ISBN | 9784334102920 |
本節で考察してきたように、「小進化では大進化が説明できない」という理解は誤解である。
概要
著者は、進化学、生態学がご専門で、ヒトを含め様々な生物を対象にゲノムレベルから集団などのマクロレベルをつなぐ進化研究を行ってきた河田雅圭さん。
本書を読んで、中学・高校の生物で習った「進化」が、間違いではないにせよ、相当曖昧な内容であったことを再認識させられた。オオモリシモフリエダシャクの工業暗化やヒトの身長の変化について、教科書や参考書で曖昧な触れ方だったが、本書を読んで「進化」の定義に当てはまることがわかった。
進化とは何か――第1章では、ポケモンの「進化」が進化でないことは衆知のこととして、ネットの辞書やWikipediaの定義も必ずしも正しいとは限らない。河田さんは進化を「生物のもつ遺伝情報(主にゲノム配列)に生じた変化が、世代を経るにつれて、集団中に広がったり、減少したりすること、またそれに伴って、生物の性質が変化すること」と定義する。進化は生物の生存に有利な方にも不利な方にも起きる。さらに、本書でよく使われる用語の意味を図表1-1に整理している。
ダーウィンの進化論には様々な解釈があるとしながらも、河田さんは大きな枠組みとしては現在の進化学にも引き継がれているという。ただし、ゲノム解析を含む様々な生命現象が解明されてきたことで、より複雑で多様な進化メカニズムが明らかになりつつあるともいう。
第2章では変異・多様性について解説する。
まず注意することは、ヨーロッパ人が高身長になったのは、身長を高くする突然変異が、低くなる突然変異より頻繁に発生したのではなく、自然選択によって方向付けられたということ。ヨーロッパ人では身長を高くするようなアレルに自然選択が働き、日本人の場合は低くなるようなアレルに自然選択が働き、数千~数万年かけて進化したと推定されている。だが、環境要因によってる突然変異率が増加するかどうかは、まだ確かめられていない。
遺伝的多様性は、個体の生存や繁殖への効果が有利になるようなアレルと同時に、有利にも不利にもならない中立なアレルや不利になるような有害なアレルが増大するということだから、必ずしも種の存続に有利に働くとは限らない。
分布域の中心地域の環境に適応しているアレルは、分布域の境界付近では不利になる。このため、分布域を越えて拡大できない可能性がある。
集団中の遺伝的多様性は、突然変異と遺伝的浮動のバランス、突然変異と負の自然選択のバランス、平衡選択の3つのメカニズムで創出・維持されている。遺伝的多様性によって、生物が環境に適応するように進化が促進されることもあるが、それは結果であって、環境への適応を促進することが原因となって遺伝的多様性が生じたり、増大しているわけではない。
ここで河田さんは、遺伝子の定義として、「主にタンパク質に翻訳されるゲノム領域(コード領域)とその翻訳を調節する領域」を指すと定義するが、場合によってはコード領域のみを遺伝子と呼ぶこともあるという。
学校の生物学では、獲得形質は遺伝しないと習ったが、近年、DNA配列の変化に依存しないで遺伝するエピジェネティク遺伝が話題になっている。せいぜい数世代の遺伝にとどまる者だが、なかには何世代にもわたって遺伝するエピアレルと呼ばれるものがある。エピアレルは進化の原動力となったり、DNA配列の変化による進化をより効果的にする場合がある。
第3章では自然選択について解説する。
冒頭、ディズニー映画『白い荒野』で有名なレミングスの集団自殺を取り上げる。だが、現在の進化学での一般的な理解は、集団にとってはプラス(集団の維持や保存)に働くが、個体の生存や繁殖にはマイナスに働く性質が、集団にとって有利だという原因で進化することは少ないと理解されているという。生物は種の維持のために進化しているわけではない。
「種の保存」の定義についても再確認する。たとえば、イリオモテヤマネコやツシマヤマネコは保存すべき対象となっているが、これらは大陸に生息するベンガルヤマネコの亜種であるから、「種の保存」ではなく、あくまで地域集団の保存である。
次に>河田さんは、1976年にドーキンスが出版して話題になった『利己的な遺伝子』を取り上げ、ここでいう遺伝子が荒れるという意味であるならば、「利己的な遺伝子が個体の表現型を進化させた」という比喩的表現は当てはまらないと指摘する。
1973年にシカゴ大学のヴァン・ヴェーレンは、化石の種の絶滅確率を調査し唱えた仮説がその後修正され、生物は常にほかの生物と相互作用をしており、ほかの生物が進化することで、生物をとりまく環境は常に変化することや、その変化が常に新たな自然選択を働かせ、適応進化が継続していくという共進化があることが間違いないと考えられるようになった。
第4章では種や大進化を解説する。
「種」という用語は、生物学的に見ると曖昧で、すくなくとも進化とは関係しないという。たとえばイヌは、最初から人間によって選抜され、オオカミから進化したわけではない。オオカミが、人間のゴミを漁るように適応していくことで、イヌに分化したと考えられている。その後、ヒトの生活圏に定着したイヌは、オオカミとの交雑頻度が減り、結果的に「生殖隔離」が行われた。この生殖隔離機構が進化した結果、独立した遺伝的性質をもつ集団が進化し、地球上に様々な種類の生物が進化してきたという。
さて、こうした種の中で起きる「小進化」は、種を超えて、属、科、目、綱、門という高次分類群間で見られる生物の大きな違いを引き起こす「大進化」を起こすことができるだろうか。河田さんによれば、時間をかければ、小さな進化の積み重ねで大きな進化が達成されるという。だが、それほど時間がかからず、不連続に大きな変化が生じたようなギャップは説明できるだろうか。まだ研究途上ではあるものの、その説明もできるようになっているという。たとえばキリンの首の長さも、化石標本の解析から中間の長さを持つ化石が同定されている。遺伝子は遺伝子によって調節されているが、これらが複雑につながった遺伝子制御ネットワークが変異することで大進化が起きるケースもある。魚が陸上にあがり、ヒレが肢に変化していった様子も、遺伝子制御ネットワークを使って説明ができる。
また、これまでの地球史上で何度か起きた大量絶滅のような大規模な環境変化は、自然選択の力を緩和し、それまで淘汰されていた突然変異個体が生き残る余地を広げるという。
脊椎動物も、過去に数回の全ゲノム重複が生じ、植物の倍数体のようになった時期が確認できている。倍加した領域は急速に消失し、もとに近い状態に戻るが、その消失率は一定していない。ヒトでは2回目の全ゲノム重複後、20~30%の割合で倍加したゲノム領域が保持されている。大規模な環境変化の時にゲノムを倍数化した生物は、大量絶滅を免れたようである。
本書を読んで、中学・高校の生物で習った「進化」が、間違いではないにせよ、相当曖昧な内容であったことを再認識させられた。オオモリシモフリエダシャクの工業暗化やヒトの身長の変化について、教科書や参考書で曖昧な触れ方だったが、本書を読んで「進化」の定義に当てはまることがわかった。
進化とは何か――第1章では、ポケモンの「進化」が進化でないことは衆知のこととして、ネットの辞書やWikipediaの定義も必ずしも正しいとは限らない。河田さんは進化を「生物のもつ遺伝情報(主にゲノム配列)に生じた変化が、世代を経るにつれて、集団中に広がったり、減少したりすること、またそれに伴って、生物の性質が変化すること」と定義する。進化は生物の生存に有利な方にも不利な方にも起きる。さらに、本書でよく使われる用語の意味を図表1-1に整理している。
ダーウィンの進化論には様々な解釈があるとしながらも、河田さんは大きな枠組みとしては現在の進化学にも引き継がれているという。ただし、ゲノム解析を含む様々な生命現象が解明されてきたことで、より複雑で多様な進化メカニズムが明らかになりつつあるともいう。
第2章では変異・多様性について解説する。
まず注意することは、ヨーロッパ人が高身長になったのは、身長を高くする突然変異が、低くなる突然変異より頻繁に発生したのではなく、自然選択によって方向付けられたということ。ヨーロッパ人では身長を高くするようなアレルに自然選択が働き、日本人の場合は低くなるようなアレルに自然選択が働き、数千~数万年かけて進化したと推定されている。だが、環境要因によってる突然変異率が増加するかどうかは、まだ確かめられていない。
遺伝的多様性は、個体の生存や繁殖への効果が有利になるようなアレルと同時に、有利にも不利にもならない中立なアレルや不利になるような有害なアレルが増大するということだから、必ずしも種の存続に有利に働くとは限らない。
分布域の中心地域の環境に適応しているアレルは、分布域の境界付近では不利になる。このため、分布域を越えて拡大できない可能性がある。
集団中の遺伝的多様性は、突然変異と遺伝的浮動のバランス、突然変異と負の自然選択のバランス、平衡選択の3つのメカニズムで創出・維持されている。遺伝的多様性によって、生物が環境に適応するように進化が促進されることもあるが、それは結果であって、環境への適応を促進することが原因となって遺伝的多様性が生じたり、増大しているわけではない。
ここで河田さんは、遺伝子の定義として、「主にタンパク質に翻訳されるゲノム領域(コード領域)とその翻訳を調節する領域」を指すと定義するが、場合によってはコード領域のみを遺伝子と呼ぶこともあるという。
学校の生物学では、獲得形質は遺伝しないと習ったが、近年、DNA配列の変化に依存しないで遺伝するエピジェネティク遺伝が話題になっている。せいぜい数世代の遺伝にとどまる者だが、なかには何世代にもわたって遺伝するエピアレルと呼ばれるものがある。エピアレルは進化の原動力となったり、DNA配列の変化による進化をより効果的にする場合がある。
第3章では自然選択について解説する。
冒頭、ディズニー映画『白い荒野』で有名なレミングスの集団自殺を取り上げる。だが、現在の進化学での一般的な理解は、集団にとってはプラス(集団の維持や保存)に働くが、個体の生存や繁殖にはマイナスに働く性質が、集団にとって有利だという原因で進化することは少ないと理解されているという。生物は種の維持のために進化しているわけではない。
「種の保存」の定義についても再確認する。たとえば、イリオモテヤマネコやツシマヤマネコは保存すべき対象となっているが、これらは大陸に生息するベンガルヤマネコの亜種であるから、「種の保存」ではなく、あくまで地域集団の保存である。
次に>河田さんは、1976年にドーキンスが出版して話題になった『利己的な遺伝子』を取り上げ、ここでいう遺伝子が荒れるという意味であるならば、「利己的な遺伝子が個体の表現型を進化させた」という比喩的表現は当てはまらないと指摘する。
1973年にシカゴ大学のヴァン・ヴェーレンは、化石の種の絶滅確率を調査し唱えた仮説がその後修正され、生物は常にほかの生物と相互作用をしており、ほかの生物が進化することで、生物をとりまく環境は常に変化することや、その変化が常に新たな自然選択を働かせ、適応進化が継続していくという共進化があることが間違いないと考えられるようになった。
第4章では種や大進化を解説する。
「種」という用語は、生物学的に見ると曖昧で、すくなくとも進化とは関係しないという。たとえばイヌは、最初から人間によって選抜され、オオカミから進化したわけではない。オオカミが、人間のゴミを漁るように適応していくことで、イヌに分化したと考えられている。その後、ヒトの生活圏に定着したイヌは、オオカミとの交雑頻度が減り、結果的に「生殖隔離」が行われた。この生殖隔離機構が進化した結果、独立した遺伝的性質をもつ集団が進化し、地球上に様々な種類の生物が進化してきたという。
さて、こうした種の中で起きる「小進化」は、種を超えて、属、科、目、綱、門という高次分類群間で見られる生物の大きな違いを引き起こす「大進化」を起こすことができるだろうか。河田さんによれば、時間をかければ、小さな進化の積み重ねで大きな進化が達成されるという。だが、それほど時間がかからず、不連続に大きな変化が生じたようなギャップは説明できるだろうか。まだ研究途上ではあるものの、その説明もできるようになっているという。たとえばキリンの首の長さも、化石標本の解析から中間の長さを持つ化石が同定されている。遺伝子は遺伝子によって調節されているが、これらが複雑につながった遺伝子制御ネットワークが変異することで大進化が起きるケースもある。魚が陸上にあがり、ヒレが肢に変化していった様子も、遺伝子制御ネットワークを使って説明ができる。
また、これまでの地球史上で何度か起きた大量絶滅のような大規模な環境変化は、自然選択の力を緩和し、それまで淘汰されていた突然変異個体が生き残る余地を広げるという。
脊椎動物も、過去に数回の全ゲノム重複が生じ、植物の倍数体のようになった時期が確認できている。倍加した領域は急速に消失し、もとに近い状態に戻るが、その消失率は一定していない。ヒトでは2回目の全ゲノム重複後、20~30%の割合で倍加したゲノム領域が保持されている。大規模な環境変化の時にゲノムを倍数化した生物は、大量絶滅を免れたようである。
レビュー
本書は、進化に関わる最新の定義を明確化し、その理論を整理するだけでなく、豊富な実験・観察データを紹介し、その理論の確からしさを担保する。結果として、学生時代に曖昧だった生物進化の要所要所を補強してくれた。
全体的に、実験や観察の結果から導かれる遺伝子頻度の図表を使って、論理的に(数学的に)厳然たる事実を提示する。また、「アレル」という用語は初めて目にしたが、こうした新しい概念も定年に説明しており、曖昧だった記憶の整理に役立つ。
全体的に、実験や観察の結果から導かれる遺伝子頻度の図表を使って、論理的に(数学的に)厳然たる事実を提示する。また、「アレル」という用語は初めて目にしたが、こうした新しい概念も定年に説明しており、曖昧だった記憶の整理に役立つ。
冒頭で触れた、イギリスの産業革命の時の大気汚染がもとでオオモリシモフリエダシャクが工業暗化したのは、いまでは、チョウやガの色素沈着や鱗粉の発生速度を制御する遺伝子であるcortex遺伝子の発現調節領域に転移因子(トランスポゾン)が挿入されたためだということ分かっている。その意味では、これも進化である。
本書では触れられていないが、オランダ人が世界一の高身長になったのは、高身長な配偶者を求めたからだという研究報告がある。これを自然選択といっていいのかどうか分からないが、突然変異の頻度の違いで起きたことではないのは確かだ。だとすると、日本人が江戸時代に低身長になったのは、そういう選択が働いたからかもしれない。また、近年の平均身長の伸び悩みは、バブル期のような高身長のパートナーを求めなくなった結果かもしれない。オランダ人も、1980年生まれをピークに身長が低下傾向にあるという。
これも本書で触れていないが、人類進化のミッシングリンクも、多くの研究成果を積み重ねていくと、ミッシングリンクではなくなりそうだ。
つまるところ、学生時代の授業で分からなかったこと、曖昧だったことをそのままにして思考停止するのではなく、常に新しい情報・知識を学ぶことの大切さを、本書は教えてくれる。
本書では触れられていないが、オランダ人が世界一の高身長になったのは、高身長な配偶者を求めたからだという研究報告がある。これを自然選択といっていいのかどうか分からないが、突然変異の頻度の違いで起きたことではないのは確かだ。だとすると、日本人が江戸時代に低身長になったのは、そういう選択が働いたからかもしれない。また、近年の平均身長の伸び悩みは、バブル期のような高身長のパートナーを求めなくなった結果かもしれない。オランダ人も、1980年生まれをピークに身長が低下傾向にあるという。
これも本書で触れていないが、人類進化のミッシングリンクも、多くの研究成果を積み重ねていくと、ミッシングリンクではなくなりそうだ。
つまるところ、学生時代の授業で分からなかったこと、曖昧だったことをそのままにして思考停止するのではなく、常に新しい情報・知識を学ぶことの大切さを、本書は教えてくれる。
(2024年11月13日)
参考サイト
- ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか?:光文社
- 河田雅圭:東北大学
- 西暦1859年 - ダーウィン『種の起源』:ぱふぅ家のホームページ
- アフリカツメガエルの複雑なゲノムを解読―脊椎動物への進化の原動力「全ゲノム重複」の謎に迫る―:東京工業大学
(この項おわり)