『秘境駅の歩き方』――盛者必衰の理をあらわす

牛山隆信、西本裕隆=著
表紙 秘境駅の歩き方
著者 牛山隆信/西本裕隆
出版社 SBクリエイティブ
サイズ 新書
発売日 2013年09月18日頃
価格 836円(税込)
ISBN 9784797375046
多くの人々が住む街は時代とともに変化していくが、誰も住まない秘境では、何百年経っても変わりようのないことを、改めて実感することだろう。

概要

室蘭本線「小幌駅」
本書は、全国の秘境駅を訪問し自身のホームページで公開、「秘境駅」の名を鉄道ファンの間に知らしめた牛山隆信 (うしやま たかのぶ) さんの味わいのある文章に、西本裕隆さんが各々の秘境駅までのアクセス方法を解説しており、教養を身につけられる実用書となっている。
室蘭本線「小幌駅 (こぼろえき) 」の周囲には人家が一切なく、車道はおろか歩道さえも存在しない究極の秘境駅である。両側を長いトンネルに挟まれ、わずか100メートルあまりの狭い空間に過ぎず、通過列車から車窓を注視していても、数秒で視界から消え去ってしまうほど儚い。駅から見て左側の海岸へ降りて行くと岩屋観音という場所がある。1666年、僧・円空が居住しながら木像を彫り、安置したことで知られる。誰も住んでいない秘境であっても、長い歴史の中ではわずかながらに人の営みがあった。多くの人々が住む街は時代とともに変化していくが、誰も住まない秘境では、何百年経っても変わりようのないことを、改めて実感することだろう。

大井川鐵道井川線「尾盛駅 (おもりえき) 」は、うっそうとした深い森林の中、車道はおろか歩道さえもないという、外界からのアクセスを一切許さない。ここにはかつて多くの労働者が住み込んでいた。周辺に多数の宿舎や小学校もあり、医師も常駐していたという。繁栄した歴史があったことは確かだが、すでに一帯は遺跡と化している。

新千歳空港駅からわずか3駅のところにある「東追分駅」は、夕張炭鉱を擁した運炭路線・石勝線にあり、かつての主要エネルギーである石炭を運ぶために活況を呈した。現代社会を支えるさまざまな産業も、近い将来に同じ道をたどるのであろうか。

バブル時代に賑わった花輪線「安比高原駅 (あっぴこうげんえき) 」は、バブルが弾けた1998年12月に無人駅となり、広い待合室は閑散としている。最近はスキー客もクルマでスキー場まで移動するので、列車を利用してスキーに行く乗客もほとんど見かけなくなった。

比叡山に登る坂本ケーブルの中間駅が秘境駅となっている。1949年3月15日に開業した裳立山遊園地駅(現・もたて山駅)の反対側にできた ほうらい丘駅である。ケーブルカーの工事で掘り起こされた石仏群(1571年、織田信長の比叡山焼き討ちの際、犠牲になった多くの霊を慰めるため土地の人々が刻んだと伝わる)を奉納するため、蓬莱丘地蔵尊がつくられ、その供養に訪れる人たちが利用する。辺りには霊屈に入り切らなかった多くの石仏が林立し、異様な空気に包まれている。森林に囲まれ、1軒の人家もなく、ふもとのケーブル坂本駅からわずか300メートルしか離れていないが、歩道さえも通じていない。

高野山へ登る高野山ケーブルへの乗換駅である南海電鉄高野線の終点・極楽橋駅。その1つ手前にある「紀伊神谷駅 (きいかみやえき) 」は、南海電鉄の全99駅の中で最も乗降客数が少ない。開業当時のままの古い駅舎は、各部に細やかな装飾が施されており、まるでお屋敷の回廊のようだ。そこに場違いのような自動改札機があり、自動券売機はなく、出札窓口で駅員が手作業で発券している。なんと有人駅なのである。改札の脇には下駄箱が設置されており、地元の方が足元の悪い家路との行き来に、長靴を履き替えているとのこと。そんな地域に密着した駅の素顔に感銘を受ける。

宗谷本線「糠南駅 (ぬかなんえき) 」のホームは、たった1両の列車さえも受け止めることが長さで、その端に、まるで小学校の校長先生が話をするために立つ朝礼台のような待合室がある。内部は大人一人が入ればいっぱいになる。1987年4月の国鉄分割民営化でJR北海道に継承された際に正式な駅に昇格したものの、待合室が台風で倒壊してしまい、地元住民によって現在のプレハブ物置を改造した待合室が建てられた。そこには旅人の足跡を記した「駅ノート」が静かに待っている。
駅の周囲に人家はなく、青々とした牧草地が広がっている。しかし、屋根が吹き飛んであばら骨のようになった牧舎があり、土地の主要産業である酪農でさえ廃業へ追い込まれる現実を目の当たりにする。

飯田線「中井侍駅 (なかいさむらいえき) 」は長野県の最南端に位置し、両側をトンネルに挟まれた急傾斜地で人家はわずか2軒しか存在しない。外界から続く車道は限界的に狭く、のけ反りそうな急坂とつづら折れの屈曲が続く。
2000年代初頭、中井侍駅から通学するひとりの女子高校生のため毎朝、快速が臨時停車していた。卒業式の朝、「卒業おめでとう。列車は明日から駅を通過しますが、これからもがんばってください」という車内アナウンスが流れたという。

羽越本線「折渡駅 (おりわたりえき) 」から羽後岩谷方面へ数百メートルほど先には、折渡トンネル(下り1438メートル、上り1705メートル)がある。トンネルが開通したのは1924年のことで、日本初のシールド工法による掘削であった。当時は、大型のモーターやそれに代わる動力があったはずもなく、なんと掘削機の中に10数人が入る手掘り式だったという。結局、初のシールド工法は失敗に終わり、途中から従来工法に切り替えて貫通している。

レビュー

飯田線秘境駅号
2025年11月15日に、家族で飯田線秘境駅号に乗り、豊橋駅から飯田駅まで5時間40分をかけ、途中、8つの秘境駅を訪れた。本書で取り上げている「中井侍駅」にも立ち寄った。
どこの幹線道路にも繋がっていない駅、人がすれ違うこともできない狭いホーム、どの駅にも人の気配すらない。それでも、かつて人が暮らしていた廃屋があり、朽ちたスーパーカブやダイハツ・ミゼットがうち捨てられている。
本書を読んでいて、スキーリゾートでお馴染みの「安比高原駅」が秘境駅として取り上げられていることに愕然とした。私がふだん使っている駅も、いつか秘境駅になるかもしれず、路線そのものが廃止になってしまうかもしれない。栄枯盛衰、盛者必衰の理をあらわす――。
(2025年11月29日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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