三菱大夕張鉄道保存車両は保存会が管理保存している

2023年9月23日 撮影
南大夕張駅 - 三菱大夕張鉄道保存車両
南大夕張駅
三菱大夕張鉄道保存車両(北海道夕張市南部大宮町121番地)は、かつて清水沢駅と大夕張炭山駅を結び、1987年(昭和62年)に廃止された三菱石炭鉱業大夕張鉄道線で実際に使用されていた客車、ラッセル車、石炭車を、かつての南大夕張駅跡地に保存展示している。
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キ1形貨車 - 三菱大夕張鉄道保存車両
キ1形貨車
キ1形貨車は、日本初の雪かき車として、1911年(明治44年)1月に米ラッセル・アンド・スノープラウ社より輸入したもの。車体と鋤本体は木製だが、鋤の先端部に鋼板が張られており、雪をいったん跳ね上げ、上部にある楔形の鋤で左右にかき分ける。
鉄道員では本社を徹底的に調査し、1912年(大正元年)11月から国内製造できるようになった。

1942年(昭和17年)1月に天塩鉄道(後の天塩炭礦鉄道)に譲渡されたが、1967年(昭和42年)に路線廃止により廃車となった。
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オハ1形客車 - 三菱大夕張鉄道保存車両
オハ1形客車
オハ1形客車は、1906年(明治39年)に製造された半鋼製2軸ボギー客車で、沿線住民の貴重な足として活躍した。冬季は暖房にダルマストーブを搭載したため、定員が104名から96名に減る。1987年(昭和62年)に廃車となり、2007年(平成19年)に近代化産業遺産として認定された。
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オハ1形客車 - 三菱大夕張鉄道保存車両
オハ1形客車
これらの車両は夕張市に寄贈されたものだが、夕張市は財政難のため管理ができず荒廃していた。1999年(平成11年)に三菱大夕張鉄道保存会が発足し、修復・整備するとともに、夏季は一般公開している。
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セキ1形貨車 - 三菱大夕張鉄道保存車両
セキ1形貨車
セキ1形貨車は、1911年(明治44年)から製造が始まった鉄道省の24トン積みの石炭車だ。のちに30トン積みに改造された。
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三菱鉱業バス - 三菱大夕張鉄道保存車両
三菱鉱業バス
1948年(昭和23年)11月に、美唄鉄道のバス事業を担う美唄鉄道バスとして開業した。1950年(昭和25年)4月に三菱鉱業に吸収合併され、1961年(昭和36年)5月に三菱鉱業バスに改名した。1981年(昭和56年)4月に分社化し、美鉄バスとなる。2002年(平成14年)4月1日に解散した。写真は1967年(昭和42年)製の車両。
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シューパロ湖 - 三菱大夕張鉄道保存車両
シューパロ湖
近くに広がるシューパロ湖は、2015年(平成27年)に完成した夕張シューパロダムのダム湖で、1973年(昭和48年)に閉山した三菱大夕張炭鉱で栄え最大2万人が暮らしていた鹿島地区が湖底に眠る。当時使われていたアーチ橋が湖面に顔をのぞかしている。
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(この項おわり)
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