『銀河英雄伝説』――日本SFの金字塔

田中芳樹=著

シリーズ概要

1982年11月に徳間書店から新書版で刊行が始まった田中芳樹 (たなか よしき) さんのSF長編小説。略称は銀英伝
遙かな未来、銀河系の各所に植民していった人類は、銀河帝国と自由惑星同盟の2大勢力に分かれ、戦争を繰り広げていた。銀河帝国に彗星のごとく登場した若き常勝元帥ラインハルト・フォン・ローエングラムと、自由惑星同盟の職業軍人として不敗を誇る魔術師ヤン・ウェンリーの2人の主人公の間で繰り広げられるスペースオペラで、SFの枠を超えて、歴史や戦争論に話が及ぶ。

1988年2月にキティフィルムが制作したアニメ映画『銀河英雄伝説 わが征くは星の大海』が公開され、1988年12月から2000年にかけ、本編110話、外伝52話という途方もない量のOVAが販売された。通信販売で1話2,500円と、当時としては安価な価格で、毎週配達されるという販売方式をとった。原作も登場人物が多いのだが、それぞれに声優を当てたことから、銀河声優伝説の異名をもつ。

1993年12月にキティフィルムがアニメ映画『銀河英雄伝説 新たなる戦いの序曲』を公開し、2018年4月からはProduction I.Gと松竹が『銀河英雄伝説 Die Neue These』としてリメイクをしている。漫画、ゲーム、舞台、オーディオブックなどへのメディア展開も続いている。

1982年から1989年に刊行されたトクマ・ノベルズ版を読んだのだが、以下のリンクには現在入手可能な創元SF文庫版を掲げる。

目次

銀河英雄伝説 第1巻

表紙 銀河英雄伝説 第1巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年02月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725013
ヤン・ウェンリー「心配するな。私の命令に従えば助かる。生還したい者は落ち着いて私の指示に従ってほしい。わが部隊は現在のところ負けていいるが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ」(60ページ)
宇宙歴8世紀末、帝国歴5世紀末――最盛期には3000億を数えた人類の総人口は、銀河帝国自由惑星同盟 (フリー・プラネッツ) とがフェザーンを挟んで惰性的な対立抗争を続けた結果、400億まで減少していた。そんな中、帝国には氷のような美貌と不敵な表情をもつローエングラム伯ラインハルトが台頭し、同盟には歴史家としての生涯を望んだ用兵家ヤン・ウェンリーが登場する。
第1巻では、上級大将のラインハルトと准将のヤン・ウェンリーが、アスターテ星系で初めてお互いの存在を認知する場面に始まり、ヤンがイゼルローン要塞を無血占領し、同盟軍がアムリッツァ海戦で大敗北を喫するまでを描く。

ラインハルトヤンの人となりは、第1巻でほぼ固まっている。
常勝のラインハルトと不敗のヤンとは正反対の存在として描かれてゆくが、じつは、根っこは同じなのではないかと感じる。つまり、両者とも個人的理由で戦争を早く終わらせようと目論んでおり、そのために必要な“最小限”の範囲で、味方の死を厭わないという点が似ている。

銀河英雄伝説 第2巻

表紙 銀河英雄伝説 第2巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年04月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725020
シェーンコップ「まず、あなたほど戦争の愚劣さを嫌っている人間はいませんが、同時にあなたほどの戦争の名人はいない。そうでしょう?」(84ページ)
銀河帝国では、後継者を指名せずに皇帝フリードリヒ4世が崩御した。帝国暦488年4月、5歳の皇孫エルウィン・ヨーゼフを皇帝に立てた国務尚書リヒテンラーデ候と宇宙艦隊司令長官ローエングラム侯ラインハルトの枢軸派と、ブラウンシュバイク公リッテンハイム候を中心に結集した門閥貴族との間にリップシュタット戦役がはじまる。
そんな中、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)がラインハルトを訪ね、協力を約束する。

アムリッツァ会戦で疲弊した自由惑星同盟であるが、ラインハルトは後顧の憂いを絶つため、同盟の混乱を誘うべく、ある人物を派遣する。これを予想していたヤン・ウェンリー大将は、ビュコック大将と連絡を取り合うが、宇宙暦797年3月、首都星ハイネセンで軍事クーデターがはじまってしまう。クーデターを首謀した救国軍事会議の議長は、ヤンの副官フレデリカの父ドワイト・グリーンヒル大将だった。
クーデターの中で起きた暴動で、ヤンの学生時代の女友達ジェシカ・エドワーズが殺害される。
8月、ヤンは、ハイネセンを防衛するアルテミスの首飾りを予想外の方法で全て破壊し、クーデターを鎮圧する。

リップシュタット戦役の緒戦で、レンテンベルク要塞に陣取るオフレッサー上級大将を追い詰めたラインハルト軍は、オーベルシュタイン中将の提案をとりいれ、彼を放免した。ガイエスブルク要塞に帰還したオフレッサーは、だがしかし、ブラウンシュバイク公らにあらぬ疑いをかけられ、銃殺されてしまう。こうして門閥貴族の中に不信の芽が育ってゆく。
ブラウンシュヴァイク公と反目したリッテンハイム侯は、5万隻の艦艇を率いてガルミッシュ要塞へ移り、辺境制圧を担当していたキルヒアイスと衝突した。キルヒアイスはたやすくリッテンハイム侯爵を討ち取る。
一方、ブラウンシュヴァイク公は、反乱を起こしたヴェスターラントに核ミサイルを撃ち込み住民を虐殺する。ラインハルトは、オーベルシュタインの進言によりこの惨劇を見逃し、その映像を帝国中に流す。
こうして民心が離れたところで、ラインハルトガイエスブルク要塞を攻略する。ブラウンシュヴァイク公は自害し、内乱は終結する。ラインハルトはブラウンシュヴァイク公の死体検分を行おうとしたところ、アンスバッハが死体に仕込まれたハンド・キャノンを取り出しラインハルトを殺害しようとする。間一髪で楯となったキルヒアイスは、自らの命と引き換えに、ラインハルトを救う。

オーベルシュタインは、キルヒアイス殺害の主犯をリヒテンラーデ候として、首都オーディンを制圧、国璽を奪取する。
落ち込んでいたラインハルトではあったが、キルヒアイスの死を知り、山荘に移るという姉アンネローゼと会話したことで、再び前進をはじめる。

ヤンはクーデターを鎮圧した英雄として、国家元首ヨブ・トリューニヒトに歓迎される。ヤンはトリューニヒトに握手した瞬間、説明できない悪寒を感じる。
はるか彼方の地球では、地球教の総大司教が歴史を動かそうとしていた。

銀河英雄伝説 第3巻

表紙 銀河英雄伝説 第3巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年06月
価格 858円(税込)
ISBN 9784488725037
ヤン・ウェンリー「人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは、権力を持った人間、権力に媚びを売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することからはじめるべきではありませんか」(154ページ)
宇宙暦798年/帝国暦489年3月、ローエングラム公ラインハルトは、帝国宰相と帝国軍最高司令官の両方の地位を手に入れた。本巻では、ただ一人の天才の出現によって、自由惑星同盟の民主主義政体が窮地に追いやられてゆく様を描いている。ただ、民主主義が滅んでゆくのは、ラインハルトの戦力によってではなく、自らが前進することを止めたからである。
ラインハルトに比べてヤン・ウェンリーは、自由惑星同盟軍の人事バランスの都合で、いくら功績をあげても大将のまま、いたずらに勲章だけ増えていくという状況だった。こうして本書では、同盟が歴史の歩みを止めてしまったことを明らかにしている。

それでもヤンは、ラインハルトの出現は歴史の気まぐれと感じている。「彼は現在、銀河帝国の全権力を一身に集中させている。帝国宰相にして帝国軍最高司令官! それはよろしい。彼にはその両方の責務をはたす力量がある。しかし、彼の後継者はどうか? 何百年かにひとり出現するかどうか、という英雄や偉人の権力を制限する不利益より、凡庸な人間に強大すぎる権力を持たせないようにする利益のほうがまさる。それが民主主義の原則である」(198ページ)と考える。
一方で、国家元首トリューニヒト一派による査問会に呼び出されたときは、「人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは、権力を持った人間、権力に媚びを売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することからはじめるべきではありませんか」(154ページ)と痛烈に批判する。こうした批判が許されるのは、民主主義社会ならではのこと。

ヤン艦隊が占拠しているイゼルローン要塞に、小規模な帝国軍艦隊がやってくる。ヤンの養子となっていたユリアン・ミンツは、初めてスパルタニアンで出撃し、素晴らしい戦果を挙げる。
ラインハルトは、シャフト技術大将の提案を採り上げ、ガエスブルク要塞イゼルローン要塞の手前まで移動させる作戦に取りかかる。作戦司令官はケンプ大将、副司令官はミュラー大将と決まった。
ヤンが査問会に呼び出されている隙を突いて、ガエスブルク要塞がワープし、イゼルローン要塞の前に現れる。キャゼルヌ少将らはイゼルローン要塞を死守し、査問会から解放されたヤンはケンプを葬り去った。
イゼルローン要塞を守ったユリアンは、その功績が認められ准尉となり、ヤンは渋々彼が軍人になることを認めた。

銀河英雄伝説 第4巻

表紙 銀河英雄伝説 第4巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年08月
価格 858円(税込)
ISBN 9784488725044
ラインハルト「そうだ、終わりのはじまりだ、フロイライン」(212ページ)
銀河帝国では、帝国宰相と帝国軍最高司令官の両方の地位を手に入れたローエングラム公ラインハルトにもとに、ランズベルク伯アルフレッドとレオポルド・シューマッハ大佐が程度オーディンに潜入したという密告がもたらされる。ラインハルトを補佐する立場となったヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)は、7歳の幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世を誘拐する可能性と、ラインハルトの姉アンネローゼへの危害の可能性について述べる。
ヒルダは山荘に隠遁した姉アンネローゼを訪れ、親身になって警護の必要性を説き、アンネローゼ、ヒルダと呼び合う仲となる。
そんなとき、フェザーン自治領の自治領主ルビンスキーの腹心であるボルテックラインハルトを訪問し、フェザーンとの同盟を持ちかけようとするが、逆にフェザーン回廊の自由航行権を差し出すよう詰め寄られる。応答に窮したボルテックは、ルビンスキーに報告することなく、皇帝誘拐の陰謀が実行に移される。

アルフレッドとシューマッハはヨーゼフ2世を連れ、自由惑星同盟へ亡命。レムシャイド伯爵を国務尚書とする銀河帝国正統政府を宣言し、自由惑星同盟の元首ヨブ・トリューニヒトがこれを公表した。
イゼルローン要塞で、この放送を見ていたヤン・ウェンリーらは言葉が出せなかった。客将として迎えたメルカッツ提督が軍務尚書として指名されたからだ。
そして、統合作戦本部はユリアン・ミンツを少尉に昇進させ、フェザーン駐在武官に任命してきた。ユリアンはヤンに説得され、マシュンゴ准尉を伴いフェザーンへ向かう。

宇宙暦798年/帝国暦489年8月、ラインハルトは、銀河帝国正統政府と亡命を受け入れた自由惑星同盟に皇帝誘拐の共犯者としての懲罰を与えるという名目で、帝国軍全軍に神々の黄昏 (ラグナロック) 作戦を指令し、華麗に宣戦布告を行う。ラインハルトヒルダに語る――「そうだ、終わりのはじまりだ、フロイライン」。
ロイエンタールが指揮する帝国軍3個艦隊は、イゼルローンを攻略。ヤンはラインハルトの戦略を読み切っていたが、命令なくイゼルローンを離れることはできなかった。
一方、ミッターマイヤー艦隊はフェザーン回廊に侵攻し、フェザーンを占領した。ユリアンは同盟弁務官事務所のコンピュータデータを消去すると、フェザーンから脱出をはかる。

銀河英雄伝説 第5巻

表紙 銀河英雄伝説 第5巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年10月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725051
ヤン・ウェンリー「当然だろう。せっかくの年金も、同盟政府が存続しないことにはもらいようがない。したがって、私は、老後の安定のために帝国軍と戦うわけだ。首尾一貫、りっぱなものさ」(120ページ)
ローエングラム公ラインハルト公爵は、帝国軍全軍に神々の黄昏 (ラグナロック) 作戦を指示した。ミッターマイヤーはフェザーンを陥落させ、そこで宇宙暦799年/帝国暦490年の新年を迎え、自由惑星同盟領内へなだれ込んだ。一方、ロイエンタールはイゼルローン要塞を襲い、ヤン・ウェンリーを足止めする。ビュコック宇宙艦隊司令長官の指示を受けたヤンは、イゼルローン要塞を放棄し、帝国軍と同盟軍が衝突したランテマリオ会戦へ支援に向かう。
不意を突かれた帝国軍は、ウルヴァシーへ退却。ヤンはビュコックの本隊と合流し、バーラト星系に撤退した。このとき、フェザーンを脱出したユリアンとも合流する。
首都星ハイネセンへ戻ったヤンは、同盟史上最年少となる元帥への昇進を果たした。
ユリアンは、脱出する宇宙船に同乗していた地球教のデグスビイ司教についてヤンに報告した。

ウルヴァシーで、ラインハルトは38度を超す発熱に見舞われる。医師団は過労によるものと診断を下した。
その間、ヤン艦隊は帝国軍の補給路を襲い、ワーレン、シュタインメッツ、レンネンカンプの3提督が率いる艦隊を各個撃破した。ついにラインハルトは、自らヤンと対峙することを決意した。亡命政権のメルカッツらはヤン艦隊に合流した。これが決戦になることを知っているヤンは、フレデリカにプロポーズする。そしてバーミリオン会戦が始まった。
壮絶の死闘の末、ついにヤン艦隊は、ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトへ肉薄する。ミュラー艦隊がラインハルトの窮地を救うが、なおもヤン艦隊は攻撃の手を緩めなかった。
ところが突然、ハイネセンから最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトが無条件停戦命令を出してきた。ヒルダがラインハルトを救うためにミッタマイヤー艦隊へ出向き、ハイネセン急襲を提案したのだった。ビュコック元帥はトリューニヒトの無条件停戦命令を止めようとするが、逆に地球教徒たちによって拘束されてしまう。
ヤンは停戦命令に従うが、メルカッツに60隻の艦艇を指揮させて落ち延びさせた。

戦いは終わり、ヤンは旗艦ブリュンヒルトを訪れ、ラインハルトと会見する。ラインハルトはヤンを幕僚に加えようとするが、彼はこれを固持し、退役すると宣言した。
ハイネセンに降り立ったラインハルトを、多くの兵士が「皇帝ばんざい、帝国ばんざい」と出迎えた。5月25日、バーラトの和約が成立する。

銀河英雄伝説 第6巻

表紙 銀河英雄伝説 第6巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2007年12月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725068
アッテンボロー「これこそ奇蹟の名にふさわしい。本来なら、先輩なんぞのところへ降嫁する女性じゃありませんからな」(61ページ)
序章で地球衰亡の歴史が語られる。2129年、地球統一政府が誕生した。世界戦争によって人口は10億前後にまで減少していたが、オーストラリア大陸に首都が置かれ、宗教の支配力が低下し、人類は再び生存権の拡大に乗り出した。2360年、超光速航行が実現し、2402年に恒星間移民が始まる。宇宙省航路局航空安全部は宇宙軍となり、大敗が始まる。2600年代に入ると、恒星間移民のスピードの衰えを見せる。
2682年、植民星は地球の支配に反旗を翻し、2690年、シリウスを盟主とした恒星間戦争が勃発する。混乱は1世紀近くに及び、西暦2801年、アルデバラン星系第2惑星テオリアを首都として銀河連邦が成立した。

宇宙暦799年/新帝国暦1年6月22日、ラインハルトがローエングラム王朝の初代皇帝として即位する。7月、国務尚書マリーンドルフ伯爵の甥で、余命いくばくも無いキュンメル男爵邸を訪れたラインハルトは、地球局の謀略により暗殺されかかる。

一方、バーラトの和約によって保有を禁止された戦艦と宇宙母艦の爆破処分しようとしたとき、メルカッツが率いるシャーウッドの森の一党の襲撃を受け、艦艇500隻余りを強奪される事件が起きた。
これがヤン一党の仕業だと帝国のレンネンカンプ高等弁務官に密告され、彼は同盟政府に対してヤンを逮捕するように勧告した。
退役して妻フレデリカと夢の年金生活を送っていたヤン・ウェンリーであったが、同盟と帝国の双方から監視を受け、ついにダークスーツの男達に逮捕されてしまう。怒ったフレデリカは、シェーンコップアッテンボローに連絡をとり、薔薇の騎士 (ローゼンリッター) が市街戦を展開する。
同盟元首ジョアン・レベロを拉致した一行は、同盟軍にヤンとレベロの身柄交換を要求した。しかし、ロックウェル統合作戦本部長はレベロを見殺しに、ヤンを謀殺しようとする。ヤンは、間一髪で救出され、薔薇の騎士 (ローゼンリッター) レンネンカンプを人質に取り、ハイネセンを脱出する。

地球教の正体を探るために地球に赴いたユリアン一行は、サイオキシン麻薬中毒にされそうになるが、帝国のワーレン艦隊が地球教本部を討伐し、地球教徒自身が本部を爆破し、総大主教ら教徒のほとんどが生き埋めになった。
本部のデータを光ディスクにコピーしたユリアンは、ワーレン艦隊に救出され、首都星オーディーンへ向かう。

皇帝ラインハルトが惑星フェザーンへ大本営を移そうとしていた宇宙暦799年/新帝国暦1年8月、惑星エル・ファシルが、帝国に屈した同盟からの分離独立を宣言した。

銀河英雄伝説 第7巻

表紙 銀河英雄伝説 第7巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年02月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725075
アレクサンドル・ビュコック「えらそうに言わせてもらえば民主主義とは対等の友人をつくる思想であって、主従をつくる思想ではないからだ」(153ページ)
宇宙暦799年/新帝国暦1年10月、ラインハルトは大本営を惑星フェザーンに置き、黄金獅子旗 (ゴールデンルーヴェ) を掲げた。自由惑星同盟を併合したいま、オーディンよりフェザーンの方が全銀河を見渡せる位置にあるからだ。
ラインハルトは、レンネンカンプ高等弁務官の失策とヤン逮捕を同盟の責任とする演説を行い、バーラトの和約を破棄し、自由惑星同盟への再侵攻を宣言する。同盟の脱走兵となったヤン一党は不正規隊 (イレギュラーズ) を自称していたが、この演説を聴いて、イゼルローン要塞の再奪還を当面の目標とする。

宇宙暦800年/新帝国暦2年1月、ヤンはエル・ファシル革命政府に接触し、メルカッツに艦隊指揮を任せ、イゼルローン要塞の再奪還を目指す。以前、要塞を放棄したときに仕掛けた罠によって、要塞の防御システムを停止させ、再奪還に成功する。

同じ頃、退役していたアレクサンドル・ビュコック元帥を復帰させた自由惑星同盟は、帝国軍とマル・アデッタ星域で戦端を開く。ビュコックはこの戦闘で死を覚悟しており、艦艇の一部をヤンの元へ走らせた。
一時はラインハルトの本営へ迫る奮戦を見せたが、力及ばず、「えらそうに言わせてもらえば民主主義とは対等の友人をつくる思想であって、主従をつくる思想ではないからだ」とラインハルトに通信を送り、戦死する。
ラインハルトは戦うことでした自己を表現できず、ヤン・ウェンリーは自分よりも民主主義思想の保護を優先する。すでにラインハルトによる銀河統一は成ったのに、それでも戦いは終わることがなく、多くの血が流される。ヤンはこの矛盾に気づいており、「つまりは自由惑星同盟の歴史的な存在意義は、反専制にあらず、反ゴールデンバウムであったというにとどまるのだろうか」と独白する。同じ反ゴールデンバウムを掲げるラインハルトが勝利した以上、同盟の存在意義は消失したのかもしれない。
それでもヤンは、1人の英明なる専制君主による独裁体制より、民主主義の方が将来的なリスクが低くなると考えている。一方のラインハルトも、専制君主は血統ではなく実力があるものがなるべきだとの持論を持っており、これもリスク管理としては間違ってはいない。結局、両者が互いの信念を譲ることはなかった。
同盟元首ジョアン・レベロジョアン・レベロは、同盟軍士官らによって暗殺されてしまう。同盟の統治能力が失われたとみて、2月20日、自由惑星同盟の首都惑星に降り立った皇帝ラインハルトは、冬バラ園の勅令を公布し、自由惑星同盟が銀河帝国に併合されたことを告げる。

ビュコックの死を知ったヤンは、3日間の喪に服した後、ラインハルト軍との戦いに備える。さらに、ユリアンが持ち帰った地球教の記録をい検証し、フェザーンとの安易な協力体制を躊躇しつつ、ヤンはユリアンに「陰謀やテロリズムでは、結局のところ歴史の流れを逆行させることはできない。だが、停滞させることはできる」と告げた。
イゼルローン回廊は、ヤン艦隊にとって祭りの広場となった。一方、ハイネセンの帝国軍大本営に「ロイエンタール元帥に不穏の気配あり」とする報告書が届いたが、ラインハルトはこれを不問に付し、ロイエンタールを新領土総督として惑星ハイネセンに駐在することを命じる。惑星フェザーンの地下深くでは、かつての自治領主アドリアン・ルビンスキーが策動していた。

銀河英雄伝説 第8巻

表紙 銀河英雄伝説 第8巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年04月
価格 858円(税込)
ISBN 9784488725082
フレデリカ・グリーンヒル・ヤン「真実を言うとね、わたしは民主主義なんか滅びてもいいの。全宇宙が原子に還元したってかまわない。あの人が、わたしの傍で半分眠りながら本を読んでいてくれたら‥‥」(158ページ)
宇宙暦800年/新帝国暦2年4月、イゼルローン回廊で、ヤン艦隊とラインハルト軍の戦いがはじまる。初戦で、ビッテンフェルト艦隊、ファーレンハイト艦隊、メックリンガー艦隊と対戦したヤン艦隊は、巧みな作戦で、ファーレンハイトを戦死させる。この戦いで、カーテローゼ・フォン・クロイツェルが初めてスパルタニアンで参戦する。
つづいて、帝国軍本体14万6600隻が到着する。これに対し、ヤン艦隊は2万隻を切っており、彼我の戦力差は明らかだった。そこでヤン艦隊は、狭い回廊に敵艦隊を次々に誘い込み、各個撃破する戦術をとった。この戦いでシュタインメッツが戦死する。
ヤン艦隊は窮地に追い込まれるが、突然、ラインハルトから停戦と会見の申し入れがあった。このとき、ラインハルトは発熱し伏せっていた。病床でラインハルトは、キルヒアイスが諫めに来たとヒルダに語った。

5月25日、ヤン・ウェンリーsは会見に応じるため、巡航艦レダIIで出発した。その3日後、ボリス・コーネフは、アンドリュー・フォークがヤンの暗殺を謀っているという情報をもたらした。ユリアンシェーンコップらはユリシーズに乗艦し、レダIIを追った。
6月1日深夜、フォークが乗っ取った武装商船を破壊したという帝国駆逐艦がレダIIにドッキングし、ヤンたちを暗殺する。ヤン・ウェンリーは33歳で死去した。暗殺者達は帝国軍ではなく、地球教徒だった。

6月3日、ユリアンはヤンの死をフレデリカに報告した。フレデリカは「ユリアン。あなたはあなたにしかできないことをやればいい。ヤン・ウェンリーの棋倣をすることはないわ。歴史上にヤン・ウェンリーがただひとりしかいないのと同様、ユリアン・ミンツもただひとりなのだから」と語り、ユリアンは請われて軍事指導者の地位に就く。一方、フレデリカは政治指導者の地位を受けるが、「真実を言うとね、わたしは民主主義なんか滅びてもいいの。全宇宙が原子に還元したってかまわない。あの人が、わたしの傍で半分眠りながら本を読んでいてくれたら‥‥」と本音を吐露する。
ムライ中将は、ヤン艦隊における最後の任務として、不平分子や動揺したメンバを連れでイゼルローン要塞を出て行くと宣言した。エル・ファシル独立革命政府も解散した。一方、メルカッツ提督は、恩返ししなければならないとして、イゼルローン要塞に残留した。
6月6日、革命軍司令官代行ユリアン・ミンツの名において、ヤン・ウェンリーの死が公表され、正式な葬儀が執り行われた。
皇帝ラインハルトは、ヤンの訃報をもたらしたヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢に怒りをぶつけるが、やがて落ち着きを取り戻し、ミュラーを弔問の使者としてイゼルローンに送った。
喪中の敵を討つことを潔しとしないラインハルトは、全軍を撤退させる。

銀河英雄伝説 第9巻

表紙 銀河英雄伝説 第9巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年06月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725099
ロイエンタール「遅いじゃないか、ミッターマイヤー‥‥卿が来るまで生きているつもりだったのに、まにあわないじゃないか。疾風ウォルフなどという、たいそうなあだ名に恥ずかしいだろう‥‥」(216ページ)
地球教徒の陰謀によって、ヤン・ウェンリーは不帰の人となった…。否応なく、彼の遺髪を継ぐ立場になったユリアン・ミンツは、魔術師の死に涙する暇を許されなかった。一方、畏敬すべき宿敵を失った深沈の皇帝ラインハルトは、けだるい発熱に悩まされていた。忠臣たちは、またぞろ皇妃の話題を口にしはじめ、帝国は束の間の憂愁につつまれている。だが、惑星ハイネセンには新領土総督府高等参事官に昇ったヨブ・トリューニヒトが赴任した。「祖国を枯死させたやどりぎめが」とロイエンタールの金銀妖瞳が冷たく光る!

わずか18歳でイゼルローン共和政府の軍事指導者となったユリアン・ミンツは、ヤン・ウェンリーのお気に入りだった公園のベンチに座って思索をめぐらしていた。彼は、銀河帝国に憲法をつくらせ、専制国家から立憲国家に変質させることを目論むようになった。そして、ワルター・フォン・シェーンコップ中将の娘、カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長と会話する機会が増えてゆく。

戦没者墓地の完工式に出席した皇帝ラインハルトは、ヴェスターラントの生存者によって命を狙われる。軍務尚書オーベルシュタインケスラー上級大将が犯人の処刑を進言するが、ラインハルトはこれを拒絶した。傷心したラインハルトヒルデガルト・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢に救いを求め、一夜を共にした。
翌朝、ラインハルトはバラの花束を抱えてマリーンドルフ家を訪れ、ヒルダを妃に迎えたいと告げる。

新帝国歴2年9月1日、惑星ハイネセンで合同慰霊祭に集まった20万人の群衆が暴徒化するグエン・キム・ホア広場事件が発生した。
地球教団の大主教ド・ヴィリエは、ロイエンタールやラインハルトを殺し、宗政一致の巨大な帝国が人類社会を統一するための陰謀をめぐらしていたのだ。ロイエンタールに憎悪を抱いていた国内務省次官ハイドリッヒ・ラングは、フェザーン前自治領主アドリアン・ルビンスキーが秘密裏の会合をもっていた。
その頃、フェザーンでは、ロイエンタール元帥が皇帝に叛意を抱いているという噂が流れていた。
9月22日、事の真偽を確かめるため、ラインハルトはハイネセンへ向かう。途中、惑星ウルヴァシーに立ち寄るが、ここで叛乱部隊に襲われる。ここで、ラインハルトを守ったルッツ上級大将が倒れる。ウルヴァシーの治安を任されていた新領土 (ノイエラント) 総督ロイエンタール元帥の責任は免れなかった。
心ならずも皇帝に反旗を翻すことになったロイエンタールは、帝国軍の通過を阻止するようイゼルローン要塞に使者として送った。
フェザーン回廊に帰還したラインハルトは、ロイエンタールの親友ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥にロイエンタール討伐を命じた。ミッターマイヤーはラインハルトに再考を願い出るが、ラインハルトはこれを聞き入れなかった。

銀河帝国はロイエンタールの元帥号と総督職を剥奪した。ミッタマイヤーはロイエンタールに通信し投降を求めるが、ロイエンタールは「皇帝を頼む」と言い残し、通信を切った。
11月24日、ロイエンタール艦隊とミッタマイヤー艦隊は、かつてビュコック元帥が帝国軍と戦ったランテマリオ星域で会戦する。

イゼルローン要塞は、ロイエンタールの使者ムライ中将を迎えた。ユリアンはロイエンタールとの協約は結ばないことを決断した。こうして、メックリンガー艦隊がイゼルローン回廊を通過することになる。
撤退をはじめたロイエンタール艦隊の中で、アルフレット・グリルパルツァー大将が裏切り、ロイエンタールは深手を負ってしまう。
命からがらハイネセンへ辿り着いたロイエンタールに呼び出されたヨブ・トリューニヒトは、地球教と内通していることを喋ってしまい、ロイエンタールに射殺された。
瀕死のロイエンタールのもとを、彼の子を産んだエルフレーデ・フォン・コールラウシュが訪れる。
ロイエンタールは2杯のウイスキーグラスを前に、「遅いじゃないか、ミッターマイヤー‥‥卿が来るまで生きているつもりだったのに、まにあわないじゃないか。疾風ウォルフなどという、たいそうなあだ名に恥ずかしいだろう‥‥」と独白し、絶命する。赤ん坊はミッタマイヤーの手に渡った。

12月16日、ロイエンタール元帥叛逆事件は終結する。帰還したミッターマイヤーに、ラインハルトは「卿は死ぬな。卿がいなくなれば、帝国全軍に、用兵の何たるかを身をもって教える者がいなくなる。予も貴重な戦友を失う。これは命令だ、死ぬなよ」と命じた。
ミッターマイヤーはロイエンタールの遺児を養子として迎えることを妻エヴァンゼリンに告げると、彼女は赤ん坊をフェリックスと名付けた。
ミッターマイヤーが戦っているとき、ヒルダはオーディンにいるラインハルトの姉アンネローゼと通信し、ラインハルトの子を身ごもっていることを告げた。アンネローゼは「どうかラインハルトのことをよろしくお願いしますわね」と語った。アンネローゼがその言葉を発したのは、死んだジークフリード・キルヒアイスに次いで2人目だった。ヒルダはラインハルトに懐妊していることを告げ、皇帝の求婚を受けた。

銀河英雄伝説 第10巻

表紙 銀河英雄伝説 第10巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年08月
価格 880円(税込)
ISBN 9784488725105
伝説が終わり、歴史がはじまる。(238ページ)
宇宙歴801年/新帝国歴3年1月1日、皇帝ラインハルトヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢を皇妃として迎えることを公表した。皇妃は妊娠4ヵ月であった。皇子の義父となったマリーンドルフ伯爵は国務尚書を辞任することを表明し、後任にミッターマイヤー元帥を推挙する。
1月29日、フェザーンのホテルで結婚式が執り行われたが、式の最後に軍務尚書オーベルシュタインがラインハルトにハイネセンで反政府暴動が起きたことを告げる。ラインハルトは、事態の収拾を、ロイエンタールに代わって新領土 (ノイエ・ラント) の駐留軍を指揮していたワーレン上級大将に一任する。
そんななか、幼い元皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世の亡骸を抱えて逃走していたランズベルク伯アルフレットが逮捕される。

帝国上層部は、旧同盟領における秩序の混乱はイゼルローン共和政府の存在にあるとして、ワーレン艦隊はイゼルローン回廊へ向かう。2月、ユリアンは戦艦ユリシーズに登場し、司令官としての初の戦闘に赴く。ワーレン艦隊を撤退させる。
一方、フェザーン前自治領主アドリアン・ルビンスキーは、地下に潜伏しながら航路局のデータを消去させるなどの工作を重ねるががいずれもうまくいかず、健康に不安を抱え、焦りを見せていた。
3月20日、動乱を収拾すべく、軍務尚書オーベルシュタインが惑星ハイネセンに降り立った。オーベルシュタインは、パエッタ中将、ムライ中将など5千人を危険人物として強制連行した。オーベルシュタインは彼らを人質として、イゼルローンの明け渡しを迫ろうと考えていた。同時に、オーベルシュタインはルビンスキーを逮捕していた。彼は、ラインハルトの覇道を完成させるため、すべての敵を排除しようと目論んでいた。
将兵の血を流さずに事を終わらせようとするオーベルシュタインの策略は正しかったが、まず帝国内でビッテンフェルト上級大将が異議を唱えた。ビッテンフェルトは拘束されるが、この混乱を収めるべく、ラインハルトはハイネセンへ親征する。

5月14日、ラインハルトの留守を狙い、ヒルダが暮らす仮皇宮・柊館 (シュテッヒバルム・シュロス) が炎上する。地球教徒によるテロだった。ケスラー上級大将がヒルダアンネローゼを救出する。救出されてから間もなく、ヒルダは男児を出産する。
ケスラーは、フェザーンにおける地球教の地下組織をほぼ壊滅させた。時を同じくして、ラング内務省次官の死刑が執行された。
知らせを受けたラインハルトは、苦労の末、男児にアレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムと名付ける。アレク大公の誕生である。ラインハルトは、まだ見ぬわが子に、半生をともにした赤毛の親友の名を与えた。

5月末、故障して救援を求めた宇宙船をイゼルローン軍が救出したことがきっかけで、ふたたび帝国軍との戦端が開かれた。
ラインハルトは「かのヤン・ウェンリーは、勝算がなければ戦わぬ男だった。ゆえに予の尊敬に値したのだが、彼の後継者はどうかな」と独白し、帝国軍総旗艦ブリュンヒルトに乗り込み出陣する。5月29日、シヴァ星域で両軍は衝突する。帝国軍の艦艇はイゼルローン軍の5倍、将兵に至っては10倍という彼我の戦力差があった。
戦いの最中、ラインハルトは高熱を発して倒れる。ミッターマイヤー元帥とメックリンガー上級大将は、この事実がイゼルローン軍に漏れないよう通信封鎖をしたが、これが指揮命令系統の混乱を招くことになる。
普段は紳士的対応をするメックリーンガーの詰問された侍医団は、ラインハルトが変異性劇症膠原病という未知の病気に侵されていると報告する。
戦闘が膠着状態に陥り、皇帝不予の情報を得たイゼルローン軍は、ユリアンシェーンコップポプランらで決死隊を組み、6月1日、ブリュンヒルトへ向かう。ユリアンはシェーンコップらに、「ぽくの目的は、皇帝ラインハル卜と談判することで、殺害することではありません。そこのところ、まちがえないでください」と宣言する。強襲揚陸艦イストリアがブリュンヒルトに接舷した。ヤン・ウェンリーが不慮の死を遂げてからちょうど1年目のことだった。

ラインハルトは、ミッタマイヤーミュラーに介入することを禁じ、「そのミンツなる者が、予の兵士たちの抵抗を排して、予のもとに至りえたならば、すくなくともその輿を認め、対等の立場で要求を受諾してやってもよい」と告げた。
この事態を知ったビッテンフェルトは、怒りにまかせてイゼルローン軍に襲いかかった。その猛攻の中で、メルカッツはともに亡命したシュナイダーに、「なに、そうなげくような人生でもあるまい。何と言ったかな、そう、伊達と酔狂で、皇帝ラインハル卜と戦えたのだからな。卿にも苦労をかけたが、これからは自由に身を処してくれ‥‥」と言って絶命する。シェーンコップも、ブリュンヒルト内での壮絶な格闘戦の末、死亡する。
多くの屍を超えて、ユリアンはついに皇帝ラインハルトの前に立つ。ユリアンは、「ローエングラム王朝が、病み疲れ、衰えたとき、それを治癒するために必要な療法を、陛下に教えてさしあげます。虚心にお聞きください。そうしていただければ、きっとわかっていただけます、ヤン・ウェンリーが陛下に何を望んでいたか‥‥」と言うと、疲労のあまり気絶してしまう。ラインハルトミュラーに「医師を呼んでやれ。予には無用のものだが、この者には役だとう」と命じ、ミッターマイヤーには「この者の大言に免じて、戦闘をやめさせよ。ここまで生き残った者たちには、最後まで生き残る賓格があろうから」と言った。オリビエ・ポプランカスパー・リンツは一命をとりとめた。スピーカーから声が流れた。「戦うのをやめよ! 和平こそが陛下の御意である」

イゼルローン要塞に戻ったユリアンは、カリンを抱きしめた。ユリアンは帝国軍とともにハイネセンに降り立った。ところが、ルビンスキーが自らの死と引き換えに、旧自由惑星同盟最高評議会ビルの地下に設置した爆弾を爆発させ、ハイネセン市街は3日間にわたって炎上を続けた。

6月20日、ユリアンは正式にラインハルトに対面し、憲法をつくり、議会を開くことを勧める。だが、ラインハルトは、立憲政治によって民主思想が銀河帝国を乗っ取ってしまう目論見であることを看破する。そして、皇妃ヒルダと話し合うのがいいだろうと告げた。
7月8日、ランズベルク伯アルフレットと逃亡していたシューマッハが捕まった。シューマッハは、アルフレッドが抱えていた亡骸は別の子どもの死体で、ヨーゼフ2世は行方不明となったことを話す。そして、地球党の残党が、なおもラインハルトの命を狙っていることを伝えた。
フェザーンへ向かうブリュンヒルトの艦内で、ユリアンはしばしばラインハルトと面談した。ここで、イゼルローン要塞の放棄と、ハイネセンを含むバーラト星域を自治領として内政自治権を与えることについて合意を得た。ただ、憲法制定と議会開設については、ラインハルトはこれを認めなかった。

フェザーン到着の1週間後の7月25日、ラインハルトは危篤状態となった。ユリアンらも呼ばれ、そこでオーベルシュタインがおびき寄せた地球教徒の最後の残党を倒す。一方、オーベルシュタインは皇帝の身代わりとなって爆死した。
ラインハルトは、ミッターマイヤー一家を呼び寄せ、フェリックスアレクサンデル・ジークフリードの対等な友人になるよう頼んだ。
ラインハルトはヒルダに、「宇宙を手に入れたら‥‥みんなで‥‥」と囁き、逝去した。
ポプランは、ユリアンとカリンに、「いいか、早死するんじゃないぞ。何十年かたって、おたがいに老人になったら再会しよう。そして、おれたちをおいてきぼりにして死んじまった奴らの悪口を言いあおうぜ」と別れを告げた。
バーラート星系は民主主義の手に残った。たったこれだけのことを実現するのに、500年の歳月と、数千億人の人命が必要だった。

銀河英雄伝説 外伝 第1巻

表紙 銀河英雄伝説 外伝 第1巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年10月
価格 836円(税込)
ISBN 9784488725112
ラインハルト「神に折らねば勝てないというくらいなら、最初から戦いなどするな」(158ページ)
宇宙暦795年/帝国暦486年2月、ラインハルト・フォン・ミューゼルは中将として、ジークフリード・キルヒアイスは少佐として、ミュッケンベルガー元帥麾下の一個艦隊を率い、第3次ティアマト会戦に臨んだ。ロボス元帥が率いる同盟軍は、ビュコック中将とホーランド中将がそれぞれ艦隊を率いていたが、同盟軍史上最年少の中将であるホーランド中将が独断専行し、ラインハルトの攻撃に遭って壊滅する。
この武勲を受けて、ラインハルトは大将に、キルヒアイスは中佐に昇進した。また、ローエングラム伯爵家の名跡を継ぐことになった。
しかし、これを快く思わないベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナは、姉のアンネローゼともどもラインハルトを始末しようと謀略をめぐらしていた。

3月半ば、ラインハルトブラウンシュヴァイク公爵のパーティに招待される。皇帝が臨席する場のため、ラインハルトも出席せざるを得なかった。ところが、皇帝は腹痛で現れることはなく、代わりに爆発事件が起きる。クロプシュトック侯爵が、皇帝フリードリヒ4世に対する長年の恨みから、爆殺を目論んだのだった。
ブラウンシュヴァイク公を頭目にクロプシュトック侯爵討伐軍が編成される。そのなかに戦闘技術顧問としてオスカー・フォン・ロイエンタール少将とウォルフガング・ミッターマイヤー少将が参加していた。ミッターマイヤーは、クロプシュトック侯爵で略奪の限りを尽くす貴族達に怒り、ついにブラウンシュヴァイク公の親族を銃殺してしまう。囚われたミッターマイヤーを救うべく、ロイエンタールはラインハルトとキルヒアイスに接触し、協力関係を築く。

この頃、皇帝フリードリヒ4世の寵姫として赤ん坊を身ごもったものの流産したベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナは、代わって皇帝の寵愛を受けるようになったラインハルトの姉、グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼの排除を画策する。
しかし、5月16日に国務尚書リヒテンラーデ侯クラウスは、シュザンナの館を訪れ、勅命として新無憂宮 (ノイエ・サンスーシ) を命じる。逆上したシュザンナは、アンネローゼが乗る車を爆破しようと試みるが、ラインハルトやミッタマイヤーの活躍でアンネローゼは怪我もなく無事で、シュザンナは服毒自殺させられる。

後顧の憂いを取り払ったラインハルトは、皇帝から与えられた新造艦ブリュンヒルトに乗り込み、ミュッケンベルガー元帥麾下の艦隊を率いて再び自由惑星同盟との戦いに赴き、自由惑星同盟軍のパエッタ中将が指揮する第二艦隊と巨大なガス状惑星レグニツァ上空で遭遇する。ラインハルトは、ロイエンタールとミッタマイヤーの能力をみる機会となった。一方の第二艦隊には、パエッタ中将の次席幕僚をつとめるヤン・ウェンリー准将が乗艦していた。戦いは、惑星レグニツァの大気を利用したラインハルトの勝利に終わった。
9月11日にミュッケンベルガーの本隊はイゼルローン要塞を進発し、自由惑星同盟軍が展開するティアマト星域で衝突した。このとき、ミュッケンベルガーはラインハルトに突出を命じるが、ラインハルトは、この命令を逆手にとった奇策で戦線を混乱させ、最終的な勝利を手中にした。戦いが終わり、ロイエンタールラインハルトに「閣下が元帥府をお聞きになるときは、なにとぞ吾ら両名をお忘れなく」と願い出る。

銀河英雄伝説 外伝 第2巻

表紙 銀河英雄伝説 外伝 第2巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2008年12月
価格 814円(税込)
ISBN 9784488725129
「なりなさい」ではない。むろん「なれ」でもない。「なれるといいね」――これがヤン・ウェンリーという人なのだ。まずそのことを、ぼくはずっと忘れないだろう。(97ページ)
宇宙暦796年5月、ヤン・ウェンリーはわずか半個艦隊を率い、銀河帝国軍の難攻不落のイゼルローン要塞を陥落させた。同年10月、反転攻勢にでた自由惑星同盟軍はアムリッツァ星域会戦ラインハルトの前に大敗し、死者・行方不明者は2000万人を超えた。唯一、ヤンが率いる第13艦隊だけが過半数の生存者をイゼルローン要塞へ帰投させた。自由惑星同盟軍は、ヤンにイゼルローン要塞司令官の地位を与えた。本巻は、ヤン・ウェンリーの養子となっていた14歳の少年ユリアン・ミンツが軍属となり、イゼルローン要塞でヤン一党と生活を共にする日記で、796年12月1日からスタートする――本伝の1巻終盤から2巻冒頭にあたる時期を、ユリアンの目から見て書いたか形になっている。

ユリアンが記録したヤン・ウェンリーの言葉、ヤン一党の人となりや政治家、軍上層部への手厳しい批判、要塞内の幽霊騒動、新年パーティ、帝国との捕虜交換式、そのときのジークフリード・キルヒアイス上級大将の印象、ヤンとともにハイネセンへ向かう宇宙船での出来事や、自由惑星同盟で起きたクーデターのこと。日記は、ヤン艦隊に出動命令が出た4月15日に終わる。

毎日欠かさず日記をつけているユリアンの生真面目さ、わずか半年余りの間に、観察眼も筆致も大きく成長していく様を読み取ることができる。

銀河英雄伝説 外伝 第3巻

表紙 銀河英雄伝説 外伝 第3巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2009年02月
価格 814円(税込)
ISBN 9784488725136
ヤン・ウェンリー「吾々は、銀河帝国と戦っているのであって、イゼルローンと戦っているのではないということです。イゼルローン要塞が建設されたとき、吾々の祖父たちは、錯覚してしまったのですよ」(171ページ)
宇宙暦794年/帝国暦485年3月、18歳のラインハルト・フォン・ミューゼルは准将、同い年のジークフリード・キルヒアイスは大尉だった。2人はミュッケンベルガー元帥麾下のリヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン中将という76歳の高齢将官の指揮下で、ヴァンフリート星域会戦に参戦する。
戦いは混戦となり、帝国軍と自由惑星同盟軍はともに衛星ヴァンリリート4=2に前線基地を設け、地上戦となる。このとき、自由惑星同盟軍の白兵戦部隊、薔薇の騎士 (ローゼンリッター) の副連隊長ワルター・フォン・シェーンコップ中佐は、先代の連隊長で帝国へ亡命したヘルマン・フォン・リューネブルク准将との戦いに挑むが、キルヒアイスに遭遇し斬り合いとなる。キルヒアイスとはぐれたラインハルトは、同盟軍の基地司令シンクレア・セレブレッゼ中将を捕虜にする。
ヴァンリリート星域の会戦は混戦のまま終息し、5月19日にイゼルローン要塞を経て銀河帝国の首都オーディンに帰還したラインハルトは少将となり、グリンメルスハウゼンの推薦を受けたキルヒアイスは少佐に昇任した。

6月、キルヒアイスは帰省し、久しぶりに両親と会う。ラインハルトの実家だった隣家を訪れ、その荒れように心を痛めるが、1人で暮らす老婆の3人の息子が、すべて戦死していたことを知る。
グリンメルスハウゼン邸のパーティに出席したラインハルトは、そろそろ帰ろうとしたところでリューネブルクの妻エリザベートを助けたことでリューネブルクと口論となるが、会場を警備していたウルリッヒ・ケスラー大佐が仲裁する。

10月、自由惑星同盟軍は、ラザール・ロボス元帥を総司令官に、ドワイト・グリーンヒル大将を参謀長として、3万6900隻の艦艇をもってイゼルローン要塞への総攻撃に出た。第6次イゼルローン要塞攻防戦が幕を開ける。
ラインハルトは、麾下の2200隻を率いて要塞から出ると、同盟軍はまんまとラインハルトの罠にはまる。だが、武功を立てようと残りの帝国軍が参戦し、要塞の周囲は大混戦となってしまう。
一方、シェーンコップ薔薇の騎士 (ローゼンリッター) を率いて帝国軍の感染を次々と制圧し、帝国軍の通信装置を使って「出てきやがれ、リューネブルク、地獄直行便の特別席を、きさまのために用意してあるぞ。それともとうに逃げうせたか」とリューネブルクを挑発する。面子を潰されたミュッケンベルガー元帥はリューネブルクを切り捨て、リューネブルクシェーンコップとの一騎打ちに出る。

混戦の中、ラインハルトケスラーからグリンメルスハウゼンが亡くなったことを知らされ、グリンメルスハウゼンが宮中で書きためた多くの秘密、貴族社会や官僚界、軍部のさまざまな裏面の事情を克明に記録した分厚い文書を遺託される。だが、ラインハルトは「私は軍人であるし、軍人としての器量と才幹とをもって、自分の未来を開きたいと思っている」と言い、ケスラーに文書を封印するよう指示する。
同盟軍はヤン・ウェンリーが提言した作戦で持ち直していたが、再びラインハルトが2000隻あまりを率いて陽動に出て、ヤンの提言にもかかわらずこの罠にはまり、要塞主砲・雷神 (トール) のハンマーになぎ払われる。

銀河英雄伝説 外伝 第4巻

表紙 銀河英雄伝説 外伝 第4巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2009年04月
価格 814円(税込)
ISBN 9784488725143
ヤン・ウェンリー「もし一連の事件について完全な真相があきらかにされるとすれば、それは現在の政治体制が覆ったときのことでしょう。銀河帝国と自由惑星同盟が、ともに滅亡したときの……
宇宙暦788年9月19日、自由惑星同盟軍のヤン・ウェンリー中尉は21歳。エルファシルの英雄に祭り上げられ、一気に少佐に昇進した。ヤンの先輩で27歳のアレックス・キャゼルヌ中佐は、ヤンにブルース・アッシュビー提督の忙殺の噂を調査する仕事を持ち込んだ。アッシュビー提督は「730年マフィア」の指導的存在であり、745年の第二次ティアマト会戦で自由惑星同盟軍を勝利に導き戦死したとされていた同盟軍史上に残る英雄だった。
歴史家を志望するヤンにとって、アッシュビーの人生を再発掘することは貴重な作業になるはずだったが、上からの命令で渋々、「730年マフィア」の最後の生き残りであるアルフレッド・ローザス退役大将を訪ねることにした。すると、8歳の孫娘ミリアム・ローザスは、「ブルース・アッシュビーが祖父の親友ですって? 冗談じゃないわ、あの男は、わたしの祖父の武勲を偸ぬすんだのよ!」とヤンに言った。
記録によれば、745年12月11日、同盟軍が勝利しようとしていた最中、旗艦「ハードラック」が流れ弾に当たり、アッシュビーは腹部を負傷し出血性ショック死したことになっている。第二次ティアマト会戦では、「730年マフィア」が中心となって同盟軍の艦隊を指揮していたが、その結束は揺らいでいた。アッシュビーの死後、「730年マフィア」は天寿を全うできずに他界していった。
ヤンが資料を調べている最中、ローザス退役大将が亡くなった。病死ではなく、自殺か事故か、他殺の可能性もあった。

結論が出ないまま、ヤンは惑星エコニアの捕虜収容所に参事官として赴任することが決まった。11月9日、ヤンがエコニアに到着すると、フョードル・パトリチェフ大尉が迎えに来ていた。
収容所の所長バーナビー・コステア大佐は、第二次ティアマト会戦フレデリック・ジャスパー中将の下で戦ったという。第二次ティアマト会戦で捕虜になった帝国軍のクリストフ・フォン・ケーフェンヒラー大佐が収容所に居座っており、捕虜たちの自治委員会の長となっていた。ケーフェンヒラーは、帝国軍のジークマイスター提督の亡命とミヒャールゼン提督の暗殺の真相を知らないうちには死ねないと、ヤンに語る。
従卒としてヤンに付いたチャン・タオ一等兵は、ウォリス・ウォーリック提督の思い出を語った。
その夜、プレスブルク中尉が率いる80人の捕虜が脱走し、副所長ジェニングス中佐が人質になった。コステア所長は、ヤンとパトリチェフを人質として差し出し、ジェニングス副所長を解放する。すると、ケーフェンヒラーがヤンの前に現れ、コステア所長が収容所の予算を横領していると告げ、アッシュビー提督が謀殺されたことを臭わせる。ケーフェンヒラー、ヤン、パトリチェフ、プレスブルクの4人は隠し通路を使って逃げ、コステア所長を捕らえる。
エコニアを管轄するタナトス警備管区から派遣されたムライ中佐は、関係者から事情聴取をしたうえで、コステア所長を公金横領の容疑で拘禁する。ムライは事後処理を引き受け、ヤンパトリチェフは首都惑星ハイネセンへ帰還することになった。ケーフェンヒラーは今回の功績で釈放となった。
宇宙暦789年の新年を、3人は惑星マスジットの宇宙港で迎えることになった。ビールで乾杯したケーフェンヒラーは、眠るように死んでいった。

ヤンは、ケーフェンヒラーが残した資料を読みながら、なおもアッシュビー謀殺事案を追っていた。
第二次ティアマト会戦で、ケーフェンヒラーコーゼル大将の艦隊司令部における情報参謀の1人だった。ケーフェンヒラーの資料には、帝国暦419年/宇宙暦728年に自由惑星同盟へ亡命したマルティン・オットー・フォン・ジークマイスター提督、彼が残した諜報網を引き継いだクリストフ・フォン・ミヒャールゼン中将、そしてジークマイスターが自らの理想、民主共和制による宇宙の再統一を実現してくれる者として「730年マフィア」を選び、一方でその諜報網を調査していたのがコーゼル大将だったと記されている。
だが、ヤンはケーフェンヒラーの資料を、物的証拠がなにひとつないことから、嘘だと断じた。そして、ヤンはキャゼルヌに「もし一連の事件について完全な真相があきらかにされるとすれば、それは現在の政治体制が覆ったときのことでしょう。銀河帝国と自由惑星同盟が、ともに滅亡したときの……」と予言めいた発言をする。

銀河英雄伝説 外伝 第5巻

表紙 銀河英雄伝説 外伝 第5巻
著者 田中芳樹
出版社 東京創元社
サイズ 文庫
発売日 2009年06月
価格 836円(税込)
ISBN 9784488725150
ラインハルト「功績というのは、すなわち、民衆の蜂起を弾圧し、無抵抗の女子供を迫害し、思想犯を殺したということさ。歴史上の前科者だ……。だが、ローエングラムという名のひびきはいいな。ミューゼルよりずっといい
■ダゴン星域会戦記
宇宙暦640年/帝国暦331年2月、ゴールデンバウム朝銀河帝国と、自由惑星同盟 (フリー・プラネッツ) との勢力がはじめて接触し、長きにわたる抗争劇の幕が開いた。この日のために軍隊を組織した自由惑星同盟では、マヌエル・ジョアン・パトリシオ最高評議会議長は統合作戦本部長の進言を受け、帝国軍迎撃の総司令官にリン・パオ中将を、総参謀長にユースフ・トパロウル中将という人事を決定した。2人の問題児が艦隊を率いることに、コーネル・ヤングブラッド国防委員長は懸念を示す。
一方の帝国軍は、皇帝フリードリヒ3世の三男、ヘルベルト大公が遠征軍の総司令官に任命され、幕僚の半数はヘルベルトの個人的な友人であった。
7月14日、帝国軍と同盟軍はダゴン星域において戦闘状態にはいった。これは人類が西暦2801年に宇宙暦をもちいるようになってから最初の恒星間戦争であった。人類は6世紀の長きにわたって戦争を経験したことが無かった。
リン・パオは「吾々の目的は勝つことではない。負けないことだからな。敵の侵入を阻止さえできればいい」と割り切っていたが、ヘルベルトは感情に任せて艦隊を配置した結果、ほとんどが遊兵となってしまった。
帝国軍は各個撃破され、7月22日早朝に決着がついた。同盟軍の完全勝利だった。

■白銀の谷
イゼルローン要塞から自由惑星同盟領の方向へ8.6光年の位置にある極寒の惑星カプチェランカは、銀河帝国と自由惑星同盟との歴史的な争奪地のひとつで、両軍の軍事施設が建設されては破壊されることを繰り返していた。
宇宙暦791年/帝国暦482年7月に帝国軍幼年学校を卒業したばかりのラインハルト・フォン・ミューゼル少尉とジークフリード・キルヒアイスは、帝国軍の前線基地BIII (ベードライ) に着任した。ラインハルトは、「なぜ戦うのか、目的を達成するためになにをなすべきか、まるで考えていない。敵がいれば戦って勝てばよい、としか思っていないのだ」と帝国軍を公然と批判する。
基地司令官のヘルダー大佐は、皇帝フリードリヒ4世の寵妃となったアンネローゼの弟ラインハルトを快く思っていなかった。ラインハルトキルヒアイスに、機動装甲車に乗って敵情偵察する命令がくだる。ところが、装甲車の水素電池が抜かれていた。2人は極寒の惑星表面で進退窮まるが、たまたま通りがかった同盟軍の装甲車を鹵獲した。
そんなとき、ヘルダーの部下フーゲンベルヒ大尉が2人の最期を見届けようとやって来た。ラインハルトがブラスターを撃ってフーゲンベルを殺すと、2人は装甲車に乗ってB III基地へ向かう。

■黄金の翼
宇宙暦792年/帝国暦483年5月、自由惑星同盟軍は、宇宙艦隊司令長官シドニー・シトレ大将を総司令官に、5万1400隻の艦艇と600万の兵員をもって第5次イゼルローン遠征部隊を編成した。参戦したヤン・ウェンリー少佐は、「力ずくであの要塞を陥おとすのは不可能ではないかと思います。それに、陥したところで傷だらけではしかたありません」とシトレに語る。
一方、帝国軍のラインハルト・フォン・ミューゼル少佐とジークフリード・キルヒアイス中尉はヘルムート・レンネンカンプ大佐の指揮下、イゼルローン要塞にあって、出撃を待っていた。ラインハルトとキルヒアイスを内偵する憲兵少佐グレゴール・フォン・クルムバッハは、昨年、惑星カプチュランカでヘルダー大佐が同盟軍との戦闘で戦死したが、2人がヘルダーを殺したのではないかと疑っていた。
ラインハルトは駆逐艦エルムラント2号の艦長としてイゼルローン要塞を進発した。クルムバッハが同乗した。イゼルローン駐留艦隊は、同盟軍艦隊を雷神 (トゥール) のハンマーの射程に誘い込もうとするが、艦隊戦は混戦となった。しかし、イゼルローン要塞司令のクライスト大将は味方を巻き込むことを承知で雷神 (トゥール) のハンマーを発射した。同盟軍は大損害を被り、ヤンが退却命令を出した。
そんななか、エルムラント2号の艦内ではクルムバッハらがラインハルトを暗殺しようとするが、キルヒアイスが救援に駆けつけた。

■朝の夢、夜の歌
帝国暦484年、ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐とジークフリード・キルヒアイス大尉は帝都憲兵本部へ出向しており、母校である帝国軍幼年学校で最上級生のカール・フォン・ライフアイゼンが殺された事件の捜査に入った。
校長のゲアハルト・フォン・シュテーガー中将は、最上級生で学年首席のモーリッツ・フォン・ハーゼに2人に協力するように指示した。
捜査中の4月30日に、ラインハルトとアンネローゼの父、帝国騎士 (ライヒスリッター) セバスティアン・フォン・ミューゼルの葬儀が営まれた。長年の深酒がたたり、肝硬変で他界した。アンネローゼも参列したが、夜には皇帝フリードリヒ4世の歌劇見物に同行しなければならず、2人と会話する暇もなく宮廷へ戻った。
2人が幼年学校に戻ってみると、第2の殺人事件が起きていた。学年次席のヨハン・ゴッドホルプ・フォン・ベルツが殺された。現場に流れ出た血液が中途半端にふき残されていた。ラインハルトは、ハーゼが赤緑色盲であることに気付いていたが、真犯人は‥‥。
ラインハルトキルヒアイスの問いかけに、「夢の大小はともかく、弱い奴は、いや、弱さに甘んじる奴は、おれは軽蔑する。自分の正当な権利を主張しない者は、他人の正当な権利が侵害されるとき共犯の役割をはたす。そんな奴らを好きになれるわけがない……」と言い放つ。

■汚名
帝国暦486年、休暇中のジークフリード・キルヒアイス中佐は、ガス状惑星ゾーストの静止衛星軌道上を周回する人工衛星クロイツナハIII (ドライ) を訪れた。ホテルでチェックインしようとしていると、サイオキシン麻薬で暴れ出した大男が老人に襲いかかろうとした。キルヒアイスが助けた老人はミヒャエル・フォン・カイザーリング退役少将だった。カイザーリングはある事件をきっかけに軍を追われ、中将から少将に降格して退役させられた。一方で、ホフマン警視が麻薬捜査に協力してほしいとキルヒアイスに願い出る。
キルヒアイスカイザーリングからディナーの招待を受け、カイザーリングがクリストフ・フォン・バーゼル退役中将と待ち合わせでクロイツナハIIIを訪れていることを知る。
キルヒアイスは自室に戻って就寝すると、危うく二酸化炭素中毒で命を落とすところだった。ホフマン警視がによれば、誰かがエアコンダクトにドライアイスをほうり込んだのだろうという。ホフマン警視は、バーゼル夫妻が2日前にクロイツナハIIIに到着していることを教え、キルヒアイスバーゼル夫妻に会って話をする。そして再びカイザーリングに‥‥サイオキシン麻薬とカイザーリングとバーゼル夫妻の関係は‥‥。
バーゼルは「利益をえる奴がいるからこそ、戦争がおきるのだ」と語るが、キルヒアイスは「あなたと戦争にかんする哲学を論じる気はない」と否定する。そこへホフマン警視が現れる‥‥。
事件に決着がついた頃、ようやくラインハルトがクロイツナハIIIに到着する。

本書は、オリジナルの徳間書店版には存在しない。OVAの外伝編を見ていて小説にないエピソードがあるな、と思っていたのだが、本書に収録しされていた。本書は、2009年に東京創元社から出版された。
時間軸でみると、最後の短編「汚名」の次に、本伝冒頭のアスターテ会戦が勃発する。かくして円環は閉じられた――。

巻末の「田中芳樹ロングインタビュー」が面白い。ラインハルトビッテンフェルトの関係、ラインハルトヤン・ウェンリーのキャラクター設定の仕方、ヤンユリアンの関係、等々。

感想

発刊から40年以上を経た今日でも、銀河帝国自由惑星同盟の争いを世界情勢に投影することができる。本書の発刊後、全体主義国家ソ連は瓦解した。その直前に天安門事件が起きたが、なおアジアでは、複数の全体主義国家が危ういバランスの上に存続している。
一方、民主主義陣営にいるわが国ではあるが、果たして衆愚政治に陥っていないか、自由惑星同盟のように人材やインフラの弱体化が起きていないか、それは、われわれ自身が痛感するところである。
こうした逼塞する世界情勢の中、民衆が英雄の登場を期待することが、もっとも危険な局面であることは、本書を読まずとも、これまでの歴史から明らかなことである。

本作品が、アイザック・アシモフのSF「銀河帝国の興亡(ファウンデーション)」シリーズの影響を受けていることは明らかだが、滅亡の危機にあったアシモフの銀河帝国は、人類史の暗黒期間を短縮するために、2つのファウンデーションを設置した。これがヤン・ウェンリーの考え方にマッチする。心理歴史学によって人類のとるべき最良の道を計算したハリ・セルダンは、魔術師ヤン・ウェンリーによく似ている。
ラインハルトが帝国の首都をフェザーンに遷したことによって、イゼルローン要塞ファウンデーションと同じ辺境の地となったのである。
ハリ・セルダンが物語の冒頭で退場しなければならなかったのと同じく、ヤン・ウェンリーもここで退場する。そして、その意志を引き継ぐ者が現れる。

ラインハルトの二つ名になっている「金髪の孺子 (こぞう) 」だが、アイザック・アシモフのSF長編『銀河帝国の興亡』第2巻に登場する「金髪の若造」と呼ばれた帝国将軍ベル・リオーズを連想する。田中芳樹さんは、アシモフの遺作となった『ファウンデーションの誕生』の「あとがき」を書いている。第二ファウンデーションが「星界の果て」にあるとされたように、銀河帝国の興亡銀河英雄伝説の相関関係もここに果てる――。

参考サイト

(この項おわり)
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