『AIの雑談力』――人工無能から雑談AIへ

東中竜一郎=著
表紙 AIの雑談力
著者 東中 竜一郎
出版社 KADOKAWA
サイズ 新書
発売日 2021年02月10日頃
価格 990円(税込)
ISBN 9784040823065
AIは社会の一員として、人間とうまくやっていくために雑談を始めたのです。(18ページ)

概要

人工知能と仲良くする人たちのイラスト
著者は、東ロボくんプロジェクトやNTTドコモの雑談対話APIの開発などに携わり、対話システムが専門の東中竜一郎 (ひがしなか りゅういちろう) さん。雑談AIが必要とされている背景や、その仕組みを解説した技術書であるが、私たちが普段、リアル社会やネット社会で交わしている雑談が、いかに人間関係に重要な役割を果たしているかを再認識させられた。
人工知能 Vol.33 No.5(2018年09月号)
また、本書には、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」「シュタインズ・ゲート ゼロ」、マツコ・デラックスマックスむらいの名前が並び、その方面の方であれば、ニヤリとすること請け合いだ。

レビュー

スマートスピーカーのイラスト
アレクサやSiriといったAIが、なぜ雑談できるようになっているかというと、雑談を交わしているうちにユーザーの信頼を得ることができるからだ。東中さんは、これを「AIは社会の一員として、人間とうまくやっていくために雑談を始めたのです」(18ページ)と書いている。
これはリアル社会でも同じで、教えるのが巧い教師、業績がいい営業、息の長いタレントは、皆、雑談が巧い。だから、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)は雑談AIの研究に多くのリソースを投入している。
私は第2次AIブームの時に研究サイドにいて、専門家のノウハウをAIに実装するエキスパートシステムの研究開発を行っていた。本書で取り上げられている、第1次AIブームの産物 ELIZA (イライザ)  を参考にしたこともある。お遊びとして、パソコン通信上で自動チャットする「人工無能」を作ったりしていた。雑談AIの源流のようなものだ。
昨今の第3次AIブームも、IBMのワトソンを嚆矢に、エキスパートシステムを目指しているかのように見えたが、前述のようなビジネス背景から、雑談AIが派生したようだ。
現在、私はビジネスサイドにいて第3次AIブームの研究成果を利用させてもらう立場だが、人工無能を作った当時の感触から、雑談AIにはたいへん魅力を感じる。東中さんが言うように、対話ができればチューリングテストに合格し、人工知能ができたことになるからだ。また私は、第2次から第3次AIブームの間に子育てした経験から、ディープラーニングの学習能力はヒトのそれとは全く異質なものだが、異質なものを研究することで、逆に、ヒトの「知能」の正体を明らかにできるのではないかと考えている。
AIと仲良くなる人間のイラスト
前置きが長くなったが、現役研究者の東中さんが著しただけあって、本書は構成からして論理的・合理的にできている。序章で、上述の雑談AIが求められるようになった背景を述べ、第1章で雑談AIの仕組みの概要を説明する。第2章以降で、東中さんが携わったプロジェクトの事例を挙げながら、雑談AIの仕組みを掘り下げてゆく。
雑談AIの仕組みだが、また方式は確立されていなが、手作業のルールを用いたもの、検索ベースによるもの、ディープラーニングを使った生成ベースによるものの3つに大別できる。
前述の人工無能は、手作業のルールを用いたものだった。現在でも手作業のルールは重宝されているという。それは、雑談AIが炎上発言しないように制御できるからだ。これは大切なことで、本書でも取り上げられているマイクロソフトのAIボット「Tay」が差別発言をしてシャットダウンされたことは記憶に新しい。もっとも、ヒトの方がSNS上で差別発言する確率は高いような気はするが‥‥こうした問題を考察することで、炎上発言の定義、ヒトとしてそれを回避する雑談のやり方と学べると思う。
お母さんと話をする男の子のイラスト
雑談AIでは、まず、相手の発話意図を理解することが大切だ。それが質問なのか、意見を言っているのか、カテゴリ分類していく。質問は特に重要で、「ユーザの質問に答えられないと『無視された!』」(86ページ)となるからだ。これは、リアルな対話でも同じことが言える。発話意図を理解できないと、KYと後ろ指を指される(笑)。
雑談AIの発話生成では、つまらない応答をしないように工夫が要る。たとえば、YouTuberやアニメでお馴染みのキャラ語尾を使うことが考えられる。また、自らのプロフィールをデータベース(PDB)にして、個性を出すことも必要だ。
対話の破綻を回避することも重要だ。発話意図不明確、質問無視、話題遷移エラーを回避できれば、「一定程度の対話破綻を削減できる」(176ページ)という。
心を持ったAIのイラスト
現在の雑談AIはチャット形式(テキストベース)だが、映像や音声を伴ったマルチモーダル対話ができるようになるだろう。
ヒトは、相手の話し終わりを予測して、自分が発言をはじめるというターンテイクができる。また、対話中、相手がどのような状態でいるのか常に推定している。
現在の雑談AIはこれらを達成できておらず、東中さんは「現状の雑談AIとの対話は正直飽きます」(210ページ)と心中を吐露する。そして、「システムが意図を持つこと」(212ページ)と「自分と相手の両方が理解していると信じている」(221ページ)共通基盤が必要だという。
オンライン打ち合わせのイラスト
最後に、東中さんは「ウェブ会議を中心としたコミュニケーションでは、雑談が担ってきた人間関係構築がかなり脅かされている」(243ページ)と指摘する。たしかに、私もウェブ会議では用件だけ打ち合わせて「退出」というケースが多い。信頼を得るという雑談本来の目的を鑑みて、今後は、ちょっとした雑談を挟んでみようと思う。雑談に乗ってくるかどうかは相手任せということで😀
(2021年11月20日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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