『わたしたちが光の速さで進めないなら』

キム・チョヨプ=著
表紙 わたしたちが光の速さで進めないなら
著者 キム・チョヨプ/カン・バンファ/ユン・ジヨン
出版社 早川書房
サイズ 文庫
発売日 2024年10月09日頃
価格 1,100円(税込)
ISBN 9784150415334
アンナ「わたしに最後の旅をさせてくれないかい

あらすじ

宇宙ステーションの待合室で座っている老婆
巡礼者たちはなぜ帰らない
その村では、成年になると「始まりの地」を巡礼するのがしきたりだった。そして、巡礼者たちの一部は二度と村へ戻ってこなかった。そのことについて、大人たちは何も語ろうとしない。
この世界の真実を知ろうとしたデイジーは、学校の図書館の禁書エリアに入り込み、オリーブの記録を読んだ。そこには「2170.10.2」という数字が記録されていた。オリーブは、リリー・ダウドナを探してモハーベ砂漠の唯一の町イタサにたどり着いた。
町の中心部は華やかで美しい改造人のエリアで、その辺縁部はうち捨てられた被改造人のエリアとして徹底的な分離主義政策をとっていた。顔に痣のあるオリーブは、何とか下働きの仕事を得て、出来損ないの改造人だというデルフィーと仲良くなった。デルフィーはオリーブに「リリー・ダウドナは100年以上も前の人だろ。そして彼女こそ、この悪夢のような世界をつくった張本人さ」と言った‥‥。

スペクトラム
〈わたしたちは本当にひとりなのか? この広い宇宙に本当にわたしたちだけなのか?〉
この謎を解くため、わたしの祖母ヒジンは、スカイラボの33人目の生物学者として探査船に乗った。だが、ビーム推進装置の欠陥によりワーク家庭にトラブルが発生し、探査船は跡形もなく姿を消した。祖母は太陽系の外を漂っていたところを救助されたのは40年後のことだった。祖母はひどい栄養失調状態で、認知能力も低下していた。だが、祖母は「わたしは最初の接触者だったのよ」と語る。祖母が語る異星人ルイの話――。

共生仮説
リュドミラ・マルコフが描く世界の風景は、地球上のものではないかった。リュドミラが青年期に入ると、その世界「惑星」の姿はぐっと具体的になり、あらゆる特性と属性は精密に数値化された。リュドミラは世を去るとき、自らの作品を、誰もが自由に使用できるようにした。
リュ土ミュラの死後、ある多重星系の特殊な軌道を持つ小惑星のデータがリュドミラはの惑星と同じであることが分かった。
そんななか、ソウル市にある脳解析研究所では、赤ちゃんの頭の中に別の知性体が強制している可能性をつかむ。
リュドミュラの惑星と、それと同じデータを示す天体、そして赤ちゃんの脳のデータの3つには、驚くべき事実が隠されていた――。

わたしたちが光の速さで進めないなら
古びた宇宙ステーションで年老いたアンナは宇宙を見つめていた。アンナはスレンフォニア惑星系へ向かう宇宙船を待っているのだと、衛生管理会社の男に語った。人類はワープ航法を発明し、遠く離れた惑星への移民をはじめた。スレンフォニア惑星系もその1つだった。アンナの夫と息子はスレンフォニア惑星系へ移住した。だが、ワープ航法を使っても、遠い惑星へたどり着くには何年もの時間がかかった。そこで、アンナはコールドスリープ技術を開発した。
もう一歩で完成というときに、高次元ワームホールの通路が発見された。人類は瞬時にして、遠く離れた惑星に旅することができるようになった。宇宙航行向けにコールドスリープ技術は必要なくなったが、アンナは医療向けに細々と研究を続け、ついに実用化に漕ぎ着けた。だが、スレンフォニア惑星系の地殻にワームホールはなく、アンナはスレンフォニア惑星系行きの最後の宇宙船に乗ることができなかった。
男は会社から受けた指示をアンナに伝えなければならなかった。そして、アンナがとった行動は‥‥。

感情の物性
エモーショナル・ソリッド社の新製品『感情の物性』は、まだ発売されていないにもかかわらず、インスタで話題になっており、中古市場で高値で売れているという。感情そのものを造形化した製品で、「キョウフ」「ユウウツ」「オチツキ」などのライナップがあり、その名の通りの感情になるという。本当にそんな効果があるのだろうか‥‥。
ボヒョンと喧嘩をした僕は、彼女の引き出しの上に数十個もの感情の物性「ユウウツ」が並んでいるのを目にした。その横に、病院で処方してもらった抗鬱剤が置かれていた。

館内紛失
かつて図書館と呼ばれた場所は、人々が追悼のために訪れる場所になっていた。そこには本棚ではなく幾層にも連なるマインド接続機が据えられおり、死後にアップロードされたマインドと対話することができる。マインドは、過去の記憶に基づいて、死んだ人たちの反応をバーチャルに再現して見せることができた。
ジミンは3年前に亡くなった母のマインドと接続しようとしたところ、行方不明になっていた。職員は館内紛失と告げた。ジミンは妊娠8週目だった。会社では、部長はジミンがもうすぐ出産と育児休暇を取ることを念頭に置いていて、当分のあいだは新しい仕事は任せないつもりでいるようだった。
図書館の研究員に寄れば、母のマインドそのものが失われたわけではなく、検索インデックスが消失しているのだという。故人に深く関わりのある遺品を使えば、インデックスを再構築できる可能性があるという。ジミンは母親の遺品を探したが、それらしいものは見つからない。母は生前に、世界から孤立する道を選んでいた。万策尽きたジミンは、父ヒョヌクに会うことにした。ヒョヌクが語った母の真実は‥‥。

わたしのスペースヒーローについて
ガユンが宇宙飛行士の候補に選ばれたという知らせを受け取ったのは、去年の暮れのことだった。身体改造プロセスは1年半を要する長期プロジェクトで、当初は翌年夏から始まることになっていた。だが年が明けてほどなく、身体検査を受けろという連絡が来た。本部によると、予定より日程が早まったのだという。ガユンは、人類初のトンネル宇宙飛行士に選ばれたチェ・ジェギョンと家族同然の付き合いをしていたことが問題になった。ジェギョンはガユンにとってスペースヒーローだったが‥‥。
火星の軌道上にトンネルが発見された。このトンネルは既存の天体でもブラックホールでもない新しい何かで、物質はトンネルを通過できる。だが、本来の形のままではない。完全に形を失った物質が質量のみを保ったまま宇宙のどこかへ到達したことがわかった。航空宇宙局は、人間を宇宙の彼方へ送り出すために、宇宙の極限環境に合わせて生命体を改造するパントロピーに着手した。そしてジェギョンはその最初の改造宇宙飛行士プロジェクトに志願し、最終メンバーに選ばれた。だが、最初の改造宇宙飛行士を乗せたカプセルはトンネルに入る直前に爆発事故を起こし、乗組員は全員行方不明になってしまった。
ガユンはカプセルに乗り、トンネルに入っていった‥‥。

レビュー

図書館でSF小説を読んでいる少女
韓国では、「新世代」と呼ばれる作家たちによるSF小説が一大ブームになっているそうだ。その牽引役のひとりが、本書の著者キム・チョヨプさん。本書は韓国内で発行部数35万部の大ベストセラーになった。
彼女は、学生の頃に『ドクター・フー』や『スター・トレック』シリーズが好きでよく見ていたという。SFを背景にしたゲームや日本のアニメも好きだという。その延長線上でSF作家になったそうだ。
だが、本書に登場する人物は、「アイデンティティを見い出せない人」や「どこに所属したらいいのかわからない人」が多く、『ドクター・フー』や『スター・トレック』と違って、その檻の中から抜け出せないままでいる。人種や性による差別も描かれているが、差別は差別のままで、それを個性にすることはしない――たとえば性的役割が中性的のままで、読みづらいところが何カ所かあった――こうした“現状維持”がブームを呼んでいるなら、それが今どきの世相なのだろうと受け容れるしかないが‥‥私は『ドクター・フー』や『スター・トレック』のようにSFに夢を見るタイプなので、本書の読後感は「哀しい」の一言に尽きる。
(2025年4月6日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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