『物理学者、SF映画にハマる』――科学に対する情熱

高水裕一=著
表紙 物理学者、SF映画にハマる
著者 高水裕一
出版社 光文社
サイズ 新書
発売日 2021年10月20日頃
価格 858円(税込)
ISBN 9784334045715
彼(スティーブン・ホーキング博士)は、タイムトラベラーがいるかということを怖かめるためのある斬新なパーティーを企画しました。(103ページ)

概要

タイムマシンのイラスト
タイトルに惹かれて買った――著者は、車椅子の天才科学者スティーヴン・ホーキング博士に師事した高水裕一さん。専門は宇宙論で、近年は機械学習を用いた医学物理学の研究にも取り組んでいるという。
冒頭、「まず真っ向から『科学的に無理です』と言い切っても、何も生産性がないので―(中略)―その作品で扱われているテーマをきっかけとして、科学的にはどういう風に考えられているかとか、科学者の目線で好意的に作品を解釈するとどうなるかといったことを、個人的に論じていってみよう」(3ページ)と始まる。ああ、なんてSFラブな天文学者さんなんだろう😍

レビュー

未来人のイラスト(女性)
第1部はタイムトラベルの可能性と限界――社会現象にもなった映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を皮切りに、『タイムマシン』『TENET』『12モンキーズ』『デジャヴ』『HEROES』、そして『ターミネーター』、アニメ『信長協奏曲』『ジョジョの奇妙な冒険』――あなたは、どれを見たことがあるか? 高水さんは『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ=著)にも触れている。
ワームホールを使ったタイムトラベルでは、人体のようなマクロな物体は、いったん、素粒子レベルに分解、再構築されるのか。相対性理論を考えると、四次元時空の中で時間軸だけの移動ではなく、場所も移動してしまうのか。過去の改変はできるのか。因果律との折り合いはどう付けるのか――高水さんの思考実験に、思わず引き込まれてしまった。
H・G・ウェルズ『タイムマシン』
というのも、私は実はタイムトラベルにそれほど関心はないつもりでいたのだが‥‥結構、見ている。H・G・ウェルズ原作の映画『タイムマシン』(1959年)と、そのオマージュ作品『タイム・アフター・タイム』(1979年)、そして2002年のリメイク版。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズはもちろん、本書で紹介されている『12モンキーズ』『ターミネーター』シリーズ『TENET』も見たし、アニメだと『ドラえもん』『タイムボカン』から『魔法少女まどか☆マギカ』『未来日記』まで、数え切れないほどのタイムトラベル/タイムパラドックスものを見ているではないか!
USSエンタープライズ号
なかでも印象深いのが、映画『スター・トレックIV 故郷への長い道』(1986年)だ。カーク船長以下、エンタープライズ号の乗組員が現代の地球へタイムトラベルする。タイムパラドックスは起きないようなシナリオになっているのだが、1箇所だけ、ドクター・マッコイが「言っとくが、あの式を残しておくと、未来が変わる」と警告する場面がある。技術者スコッティが即座に、「なぜ? 未来はもう確定してる」と答える。これでSF的にはクリア、というわけだ(笑)。
私は、タイムトラベルはタイムパトロールによって監視されていると考えている。これは、アイザック・アシモフのSF『永遠の終り』や、山田ミネコの少女漫画『最終戦争』シリーズの影響――ここからが個人的な考えなのだが――「時間」は、すべての生命に“公平”に分配されている唯一のリソースだ。この公平性を担保するために因果律が乱れることがあってはいけない。そこで、タイムパトロールは、因果律を乱そうとするタイムトラベラーと24時間365日戦うブラック職場。パトロールの規律を守らない隊員は粛正されるような、きわめて全体主義的な体制で運営されている。パトロールの頂点に君臨するのは、始皇帝も夢見た永遠の生命をもった独裁者に違いない。
家族で宇宙旅行のイラスト
第2部は宇宙をめぐるというテーマで、地球周回軌道から太陽系内惑星への宇宙航行、そしてワープ航法や宇宙人とのコミュニケーションについて取り上げる。取り上げられている映画は、『スター・ウォーズ』『スター・トレック』シリーズをはじめ、『ゼロ・グラビティ』『ファースト・マン』『オデッセイ』『インターステラー』『メッセージ』『アバター』『第九地区』など。
私は高水さんと逆に、『インターステラー』を見てから『オデッセイ』を見たので、マット・デイモン、格好ええなぁ、と感じた。(何だか分からない方は本書をお読みください)
宇宙船のイラスト(戦闘機)
さて、私にとって印象深いのは『スター・ウォーズ エピソード4』だ。それまでも特撮やSF映画は見てきたが、当時、地元の映画館には洋画ロードショーが回ってこなかった。そこで、1時間ほどかけて新宿の映画館まで遠征したのである。さらに『スター・トレック』では、有楽町マリオンまで足を運んだ。
郊外と都心(都庁はまだ大手町にあった)の間では相対論的時間差が発生している、と一緒に映画を見に行った友人と嘆いたものである。
映画より新しいメディアであるはずのテレビも、キー局は全部見ることができるはずなのだが、都心の超高層ビルの数が増えるにしたがい、電波が届かないという物理法則の制約を受けるようになった。
その6年後、パソコン通信ができるようになるが、アクセスポイントが東京03局にしかなかったため、電話代がかかる、かかる。海外青年協力隊の船と衛星通信経由でチャットしたが、通信速度は数十bpsと、いまの光通信の1000万分の1以下。『オデッセイ』に出てくる画面にテキストが並んでゆくのが分かるようなスピードだった――火星ほど遠くないから、ほぼリアルタイムで返事は返ってくるのだが――距離と時間と金という制約が、物理法則のように立ち塞がってくる。
間もなく、市内にアクセスポイントができ、テレホーダイがスタートした頃にインターネットに移行した。
1999年にホームページを開設し、2010年にはTwitterに入り、リアルタイムで月額固定で世界中の人たちと会話できるようになった。そして2020年、Zoomのおかげで映像・音声付きで、追加料金無しで世界中の人たちと繋がるようになった。そして、数百円出せば、自宅にいながらにして高画質のSF映画を見ることができる。
本書を読んで振り返ってみると、私は距離と時間と金という物理法則の制約から開放され、40年前には想像できなかったようなSF的な暮らしを送っていると感じている
私自身はもう宇宙飛行の訓練に付いていけるだけの体力は無いけれど、いずれ民間人が宇宙旅行に出掛けるようになったら、ぜひともチャットしたい🤗

高水さんは最後に、早稲田大学で物理学の大槻義彦 (おおつき よしひこ) 教授に学んだ思い出を記している。
早稲田大学出身でオウム真理教の幹部になった上祐史浩 (じょうゆう ふみひろ) 氏に対し、大槻先生は「口をすっぱく、彼のようになってはいけないと、強く念を押していた」(206ページ)という。
テレビ番組「超常現象バトル」で熱く科学を語る大槻先生を思い出し、さもありなんと感じた。
人間が携わる以上、科学に対する情熱をゼロにするわけにはいくまい。
(2021年10月25日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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