坂本ケーブルは日本最長

琵琶湖を望む11分間の旅
坂本ケーブル
2014年8月14日 ケーブル延暦寺駅 写真:こぱふぅ
坂本ケーブル(比叡山鉄道比叡山鉄道線)は、西側(滋賀県大津市)から比叡山を目指すケーブルカーで、ケーブル坂本駅からケーブル延暦寺駅までの2025mを結ぶ。ケーブルカー路線としては日本最長である。高低差は484m、最大勾配333‰。

年末年始を除く冬季は、東側ルートの叡山ケーブル叡山ロープウェイ、比叡山ドライブバスが休止になるため、坂本ケーブルが比叡山登山のための唯一の交通機関となる。
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坂本ケーブル
2014年8月14日 ケーブル坂本駅 写真:こぱふぅ
開業は叡山ケーブルより3年遅い1927年(昭和2年)3月。ケーブル坂本駅ケーブル延暦寺駅は当時の姿をとどめている。
太平洋戦争末期には運行を休止したが、1946年(昭和21年)8月に再開し、1958年(昭和33年)には全鋼製の2代目車両に更新した。

設備の老朽化のため、1992年(平成4年)より全面リニューアル工事が始まり、巻き上げ機や車両が一新された。2003年(平成15年)にはスルッとKANSAI対応カードが利用できるようになった。
また、それまでは架線から車内照明などの電源を供給していたが、2006年(平成18年)には電源を蓄電池化して車内に搭載した。
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坂本ケーブル
2014年8月14日 ケーブル坂本駅 写真:こぱふぅ
ヨーロピアン調の3代目車両には、「緑」「福」と名付けられている。
架線を撤去したことにより、11分間の車窓の眺めが大変よくなった。
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坂本ケーブル
2014年8月14日 ケーブル延暦寺駅~ケーブル坂本駅間 写真:こぱふぅ
車体デザインは、浜大津・びわ湖花噴水のデザイナーを務めたインダストリアルデザイナー、桜田秀美によるものだ。
坂本ケーブル
2014年8月14日 ケーブル延暦寺駅 写真:こぱふぅ
坂本ケーブルは、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に海軍に接収される。
本土決戦に備え、比叡山の山頂に人間ロケット特攻機「桜花」の発射基地を造るため、その資材運搬に利用された。発射台は完成したものの終戦となり、米軍に接収する前に破壊された。

発射台跡地はキャンプ場となり、そこへのアクセスのために、1949年(昭和24年)3月15日、山上側に中間駅「裳立山遊園地駅 (もたてやまゆうえんちえき) (現・もたて山駅)が設置された。
その後、キャンプ場は閉鎖され、坂本ケーブルの最大斜度333‰のところに駅だけが残る格好になった。いわゆる秘境駅である。
一方のケーブルカーが中間駅に止まると、必然的に、他方のケーブルカーも止まる。1984年(昭和59年)4月16日に、山下側に ほうらい丘駅が開業した。1571年(元亀2年)、織田信長の比叡山焼き討ちの際、犠牲になった多くの霊を慰めるため土地の人々が刻み、死者の冥福を祈ったものと伝えられる石仏群を納めた霊屈(蓬莱丘地蔵尊)の供養に訪れることができる。
周囲には霊屈に入り切らなかった多くの石仏が林立し、1軒の人家もなく、ふもとのケーブル坂本駅からわずか300メートルしか離れていないにもかかわらず、歩道さえも通じていない。当然、秘境駅である。

参考サイト

参考書籍

表紙 秘境駅の歩き方
著者 牛山隆信/西本裕隆
出版社 SBクリエイティブ
サイズ 新書
発売日 2013年09月18日頃
価格 836円(税込)
ISBN 9784797375046
(この項おわり)
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