万葉線 MLRV1000形電車のキーワードは「情熱・元気」

愛称は「アイトラム」
万葉線 MLRV1000形電車 アイトラム
2018年8月12日 越ノ潟駅 写真:こぱふぅ
MLRV1000形電車は、万葉線が運行する路面電車で、2004年(平成16年)1月に営業運転を開始し、2009年(平成21年)までに6編成が導入された。
2車体連接の超低床電車で、アイトラム(AI-TRAM)の愛称がついている。2004年(平成16年)、グッドデザイン賞を受賞。

富山ライトレール TLR0600形と同じく、新潟トランシスが製造した。高岡市のデザインアドバイザーを務めていた佐藤康三 (こうぞう) 氏がトータルデザインを行い、「情熱」「元気」をキーワードに、真っ赤な車体が誕生した。
万葉線 MLRV1000形電車 アイトラムの大きな写真大きな写真
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万葉線 MLRV1000形電車 アイトラム
2018年8月12日 東新湊駅 写真:こぱふぅ
佐藤康三氏によれば、路面電車の特性として、その路線沿線住民に親しまれ、街のアイデンティティーを生み出すデザインを計画設計したという。また、都市環境に大きな影響を与える事を意識してデザインに取り組んだとも。

定員80名、座席30名。全長18.4メートル、全幅2.4メートル、全高3.75メートル、重量21トン。締め切った状態で車体外壁と凹凸がなくなるプラグドアを採用。
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万葉線 MLRV1000形電車 アイトラム
車内は、乗降口上部に開閉確認LEDを設置し、フリーストップ遮光スクリーンを導入するなど、ユニバーサルデザインに配慮している。車内手すりを座席構造体に仕込むなど、車内外フォルムは危険な突起物を排除し、全てをRじまいとしている。
1編成がラッピング電車「ドラえもんトラム」として運行されている。藤子・F・不二雄氏の出身地が高岡市であることから、ドラえもん生誕“100年前”を記念して、2012年(平成24年)9月8日から運行開始した。
高岡の古い街並みを眺めながら、海へ向かい、庄川の鉄橋を渡るなど、車窓を見ていて飽きない。
万葉線 MLRV1000形電車 アイトラム
2018年8月12日 越ノ潟駅 写真:こぱふぅ
終点の越ノ潟駅から、富山県営渡船に乗って新港を横断し、きときとバス 海王丸パーク・ライトレール接続線に乗り換え、富山ライトレール・岩瀬浜駅へ向かう。
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運行ルート

高岡駅から越の潟駅までの12.8kmを、約50分で結ぶ。運賃350円。

車内アナウンスは、落語家の立川志の輔さん。地元の新湊市(射水市に合併)が出身とのこと。

万葉線の誕生

万葉線は、1948年(昭和23年)4月、富山地方鉄道伏木線として開業した高岡~伏木間の7.3kmが起原としている。高岡軌道線は、1959年(昭和34年)4月、加越能鉄道に譲渡された。

1976年(昭和51年)9月、新湊市内の庄川橋梁が水害で流出したため、新湊~越ノ潟口 (こしのかたくち) が不通となった。加越能鉄道は、これを機会に路線の廃止を申し入れたが、新湊、高岡両市は万葉線対策協議会を設立し、需要喚起を図ることになった。1977年(昭和52年)10月、全線で運行再開。12月、愛称が万葉線に決まった。
1993年(平成5年)10月、市民からなる万葉線を愛する会が発足し、対策協議会を支援することになった。

その後も検討は続けられたが、加越能鉄道の経営状況は厳しく、2000年(平成12年)9月、市民参加型の第3セクターを設立して万葉線の存続を図るという提言がなされた。そして、2001年(平成13年)4月、万葉線株式会社が設立され、2002年(平成14年)2月、加越能鉄道から事業譲渡を受ける。

2001年度に98万8千人だった旅客数は、設備・車両の近代化により、2010年度には121万1千人まで増えた。その後再び減少し、2019年度は113万6千人となっている。
万葉線 関連

参考書籍

表紙 鉄道と政治
著者 佐藤 信之
出版社 中央公論新社
サイズ 新書
発売日 2021年04月20日頃
価格 1,034円(税込)
ISBN 9784121026408

参考サイト

(この項おわり)
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