
ダヴィッド画:テルモピュライの戦い

ダレイオス1世

アフラ・マズダー

クセルクセス1世
ペルシア帝国が支配していたイオニア地方のギリシア植民都市は、紀元前500年、イオニアの反乱を起こす。ここにペルシア戦争が始まる。
ダレイオス1世は反乱を鎮圧したが、アテネを盟主とするギリシアは、紀元前492年に援軍を送る。第1回の遠征は暴風のために失敗するが、紀元前490年の第2回遠征でペルシア軍と対峙する。
一方、ペルシア帝国はフェニキア人を中心とする海軍を編成し、これに対抗した。ペルシア戦争は、地中海の交易権をめぐるアテネとフェニキアの争いという側面もあった。
ダレイオス1世は反乱を鎮圧したが、アテネを盟主とするギリシアは、紀元前492年に援軍を送る。第1回の遠征は暴風のために失敗するが、紀元前490年の第2回遠征でペルシア軍と対峙する。
一方、ペルシア帝国はフェニキア人を中心とする海軍を編成し、これに対抗した。ペルシア戦争は、地中海の交易権をめぐるアテネとフェニキアの争いという側面もあった。

レオニダス1世
紀元前486年にダレイオス1世が没し、跡を継いだクセルクセス1世は、紀元前480年、700隻あまりの艦隊を率いて第3回の遠征に出陣する。一方のギリシアは、アテネの執政官テミストクレスがスパルタなどに働きかけ、ポリス間の紛争をやめさせ、ペルシア軍に備えた。
ギリシア軍は、クセルクセスの本隊をテルモピュライで迎え撃つ。スパルタはカルネイア祭によって全軍を出動させることができず、レオニダス1世が率いる先遣隊300を派遣した。レオニダス王は、200万以上と伝えられるペルシア軍と互角以上に渡り合い、壮絶な死を遂げた。その名声はギリシア中に轟き、スパルタ随一の英雄とされた。
テルモピュライの戦いでレオニダス王が命を賭けて時間稼ぎをしたおかげで、ギリシア軍はサラミスの海戦の準備を整えた。数で優っていたはずのペルシア軍は惨敗を喫し、クセルクセス1世は戦意を失って帰国した。
ギリシア軍は、クセルクセスの本隊をテルモピュライで迎え撃つ。スパルタはカルネイア祭によって全軍を出動させることができず、レオニダス1世が率いる先遣隊300を派遣した。レオニダス王は、200万以上と伝えられるペルシア軍と互角以上に渡り合い、壮絶な死を遂げた。その名声はギリシア中に轟き、スパルタ随一の英雄とされた。
テルモピュライの戦いでレオニダス王が命を賭けて時間稼ぎをしたおかげで、ギリシア軍はサラミスの海戦の準備を整えた。数で優っていたはずのペルシア軍は惨敗を喫し、クセルクセス1世は戦意を失って帰国した。

ペリクレス
この時代の世界
(この項おわり)
ペルシア軍とギリシア軍はサラミスの海戦を含む4回の戦闘を経て、紀元前449年、カリアスの和約をもって戦争は終結する。