『昭和16年夏の敗戦』――軍部独走の背景にあったもの

猪瀬直樹=著
表紙 昭和16年夏の敗戦
著者 猪瀬直樹
出版社 中央公論新社
サイズ 文庫
発売日 2010年06月
価格 712円(税込)
rakuten
ISBN 9784122053304
総力戦研究所研究生が模擬内閣を組織し、日米戦日本必敗の結論に辿り着いたのは昭和16年8月のことであった。(50ページ)

概要

東京裁判の様子
東京裁判の様子
著者は、皇室に関する作品が多く、現在は東京都副知事でもある作家の猪瀬直樹さん。
昭和15年夏の第三次近衛内閣が成立と同時期に、官民の若手エリートで構成された模擬内閣「総力戦研究所」が立ち上がった。それから11ヶ月後の太平洋戦争開戦前、昭和16年夏に東条内閣のもとで日本敗戦のシミュレート結果を報告していた史実をドラマ仕立てで描いている。
本書を読むと、A級戦犯・東條英機が独裁者ではなく凡庸な官僚であることや、皇室内閣である近衛内閣を退陣させて東條内閣のもとで開戦に踏み切った目論見があることに気づかされる。
何より印象に残ったのは、よく言われる「軍部の独走」可能にしたのが、帝国憲法の欠陥と元勲の不在によるところが大きいと解説している下りである(101ページ付近)。史実の枝葉の部分からボトムアップの論理で説明されると、「もし軍部が独走しなかったら」という歴史上のIFはあり得ないように感じる。
同じように、総力戦研究所のシミュレーションも論理的に導かれた結論で、日本が負けるのは必然だったに違いない。

レビュー

それにしても、「総力戦研究所」という名前はいかめしい。
本書でも何度も触れられているが、当時の日本政府は、来るべき戦争が日清・日露戦争のような軍事的戦争では無く「総力戦」であると想定していた。歴史的結果として、第一次・第二次世界大戦も総力戦だった。日本政府の想定は間違ってはいなかった。
そして、我々は、総力戦を超えた戦争として「冷戦」なるものを経験してきた。冷戦下では、戦術すら無力化されていた。
冷戦は終わった。では、次の戦争はどのような形になるのだろうか。戦略が役に立たない宗教戦争や全面戦争で無いことを願うばかりである。

本書は1983年に単行本出版されたものであるが、中公文庫収録にあたって、巻末に掲載された猪瀬さんと勝間和代さんの対談が分かりやすい。
勝間さんが「私が歴史の授業で習った時も、満州事変、日中戦争、そして太平洋戦争と、出来事は習いましたけれど、ではなぜ戦争を起こしたのかまでは、正直よく分かりませんでした」(269ページ)と言うが、同世代の私も同じ感想を持っている。これに疑問に対して解決の糸口を与えてくれる。
猪瀬さんは「会議の主人公はみな五十代、六十代で、組織の代弁者ですからしがらみがあって」(272ページ)と語るが、これは現代の会社社会にも当てはまりそうだ。「『模擬内閣』は、しがらみがないのでシミュレーションは正確」という指摘を読んで、ギクリとさせられた。自分は上司のご機嫌取りのためのシミュレーション結果を出したことなかっただろうかと。
最後に猪瀬さんが「日本の意思決定に欠けているのは、今も昔も、そういうディテールの積み重ね」(283ページ)と指摘するが、まさにその通りだと思う。
(2011年10月2日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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