『科学という考え方』――科学は楽しい

酒井邦嘉=著
周りの無理解、冷淡さ、妨害、そして自分の怠惰や慢心に打ち克って、科学の探究ができる人は極めて少ないだろう。しかし、その少数の人に対して敬意を払い、その知性の産物を味わうことは、もう少し多くの人ができるのではないか。(310ページ)

概要

著者は、『チョムスキーと言語脳科学』の著者で、脳言語科学者の酒井邦嘉 (さかい くによし) さん。冒頭で「科学は楽しい。これが科学者を含め科学を支える人たちに共通した動機であろう」と述べているが、同感である。
本書の狙いは3つ――
1.法則を発見するという創造的な過程に光を当てたい。
2.数学を超えた物理法則の意味を明らかにしたい。
3.「科学的認識」を通して、物理学から脳科学への道筋を追究したい。

本書は、東京大学教養学部の1、2年生を対象として開講した文理共通の選択総合科目「科学という考え方」をベースに書かれたという。東大の教養科目を新書で読めるとは、ありがたいことである。
まず、原理や法則の定義を明らかにし、続いてケプラーからニュートンに至る物理学史を振り返る。あらためて、科学は自然の全てを解明しているわけではないが、他の方法に比べて解明できていることが多いから信頼されていることを確認できた。

レビュー

冒頭、酒井さんは、「たとえ数学・物理・生物などの分野の違いがあったとしても、科学はあくまで一つであり、すべて関連しているということを私は強調したい」(1ページ)と主張する。また、言語学者のチョムスキーの著作を引き合いに、「数学は人間に生得的に備わった言語能力に支えられていると私は考えている」(10ページ)という。
幼児期に持っていた「知的好奇心」を、数学のテストの点数が悪いという理由で、封印していやしないか。これは教育にも責任の一端があると思うのだが、どうか、いま子育てをしている親御さんは、お子さんの好奇心の芽を摘まずに育ててあげてほしい

酒井さんは、「数式は、一般に左辺は主語、右辺は述語に対応していて、一つの文として読める」(17ページ)と説明する。なるほど。続いて、相関関係と因果関係、法則と原理について定義する。科学では用語の定義が大切だ。思い込みで用語を使うと、自分自身が間違った論理にはまってしまうことがある。
「科学で慣用的に使われる原理は、手法や哲学的な考えを含めても50くらいしかない」(40ページ)そうだ。
また、「法則に基づく現象の予測には、初期条件と境界条件が、前提として適切に設定されなくてはならない」(60ページ)。
ヨハネス・ケプラー
ヨハネス・ケプラー
続いて、ケプラーからニュートンに至る科学史を振り返り、科学的な考え方について考察する。
酒井さんは、「理論にデータを合わせるのではなく、データに理論を合わせるのが科学である」(81ページ)という視点から、コペルニクスより、「自分の思考過程の誤りを、自ら見つけ修正できる」(96ページ)ケプラーを評価する。
どんな分野であっても、ひたすら証拠となるデータの収集に徹して、様々な議論に虚心坦懐に耳を傾け、理性によって事実を吟味するしかない。次のケプラーの言葉を噛みしめたい。「神学においては権威の重みを、哲学においては理性の重みを考量すべきである。」(81ページ)
アイザック・ニュートン
アイザック・ニュートン
酒井さんは、「ニュートンの真の発見とは、運動方程式そのものというより、『方程式の形で表せば、運動を正確に記述し再現できる』ということだった」(127ページ)という。力とは何かという根源的な問題に対しは、現代物理学も正確な答えを用意できないでいるが、ニュートンは力を数学で表すことに成功した。
つまり、科学は自然の全てを解明しているわけではないが、他の方法に比べて解明できていることが多いから信頼されていると言えよう。この点について、酒井さんは、「現代の科学では、『本当に存在する』と主張することが科学的なのではなく、自然現象などによって実証あるいは反証ができるような『命題』こそが科学的」(145ページ)と指摘する。
アルベルト・アインシュタイン
アルベルト・アインシュタイン
酒井さんは、アインシュタインの相対性理論について、「相対性は、相手の立場に立って物事を考えるという想像力を必要とする」(157ページ)と指摘する。
マクスウェルの没年に生まれたアインシュタインは、16歳の時に行った思考実験から、力学と電磁気学の矛盾を感じたが、マクスウェルの理論が正しいことを直観した。これが特殊相対性理論を支える原理「光速度不変の原理」である。
さらに、アインシュタインが「私の生涯で最も素晴らしい考え」とした「等価原理」は、慣性力を「実在の重力」と見なしてよいとする原理だ。さらにリーマン幾何学を採り入れたアインシュタインは、「リーマン空間の一般座標系はすべて同等であり、あらゆる物理法則は座標系間の変換に対して不変」とする一般相対性理論を完成させる。
酒井さんは「科学のどんな法則や考え方も、かつて誰かが、人間の直感を正して発見したものなのだ」(279ページ)という。したがって、「自然科学の対象もまた、人間が認識する『世界』に限定される」(280ページ)という宿命を負っている。
アインシュタインは、ついに不確定性原理を正しく認識することはなかったが、多くの科学者が「シュレーディンガーの猫」問題に取り組んできた。現時点では、観測した時点で分岐して多世界が生まれるのではなく、生死どちらかに収束するコペンハーゲン解釈が有力とされている。アニメ『STEINS;GATE』は、このパラドックスを元にストーリーが展開する。

こうして科学史の流れを見てみると、アインシュタインという天才が、ある日突然、相対性理論を作ってみせたのではなく、多くの科学者の努力の延長線上にあらわれた理論であることが分かる。科学とはそういうものである。酒井さんは、「自然の不思議な現象を「説明」するために、身を擲って努力し続けるということに尽きる」(310ページ)と締めくくる。
アインシュタインは、こんな言葉を遺している――
「私にとって十分なのは次のような思想である。すなわち、生命の永遠性の神秘と、存在するもののもつ驚くべき構造の意識と予感、さらに自然において自己を顕示している理性の一部―たとえ、きわめて微小な部分にすぎなくとも―の理解を目指す献身的努力である」
一般相対性理論から導かれた重力場方程式は、1919年の皆既日食で実証された。さらに約100年後の2016年、重力波が検出された。科学は、次代の科学者へ受け継がれてゆく――。
(2019年5月18日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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