西暦1905年 - 「特殊相対性理論」の発表

光速度不変の法則
アルベルト・アインシュタイン
スイス特許庁の審査官であったアルベルト・アインシュタインは、博士号を取得すべく、1905 年に「特殊相対性理論」に関連する論文を書き上げた。しかし大学側に受理されなかったため、急遽、「分子の大きさの新しい決定法」という論文を提出した。

当時無名だったアインシュタインが提唱した「特殊相対性理論」は、当初は理解が得られなかったが、1908 年にドイツの理論物理学者マックス・プランクの支持を受け、やがて物理学界に受け入れられるようになる。
その後、アインシュタインはプラハ大学の教授となり、1916 年、特殊相対性理論を発展させた「一般相対性理論」を発表する。

アインシュタインは 1921 年にノーベル物理学賞を受賞するが、これは相対性理論に関する功績ではなく、特殊相対性理論と同じ 1905 年に発表した「光量子仮説」が評価されたものである。
アインシュタインは科学に対して早熟で、16 歳の時、ある思考実験を行った。それは、光線のビームを追って光速に近づくと、光線ビームが静止しているように見えるというものだった。この力学の予想は、「マクスウェルの電磁方程式」と矛盾する。
マクスウェルの没年に生まれたアインシュタインは、マクスウェルの理論が正しいことを直観した。つまり、電磁気学の法則と、それが導く光速は、慣性系によらずに不変でなければならない――これが特殊相対性理論を支える原理「光速度不変の原理」である。

一方で、理論科学者としてのアインシュタインは、光速の測定実験として、1887 年に行われたマイケルソン=モーリーの実験には興味がなかったようだ。特殊相対性理論は、最初からエーテルを必要としていなかった。
光速が速度の上限であるという予想は、1904 年にアンリ・ポアンカレが予想していたのだが、アインシュタインはこれも一蹴した。特殊相対性理論の帰結として、光速が速度の上限であることは自明だったからだ。
だが、こうしたアインシュタインの不遜な態度は、温厚なポアンカレの恨みを買い、科学界に多くの敵を生み出してゆくことになる。

この時代の世界

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参考書籍

表紙 科学という考え方
著者 酒井邦嘉
出版社 中央公論新社
サイズ 新書
発売日 2016年05月17日
価格 993円(税込)
rakuten
ISBN 9784121023759
科学とは、自然法則の発見を基礎とする考え方である。ケプラーが天文観測のデータから惑星の運動を解き明かし、ガリレオが力学の端緒を開いて400年。以来、科学の発展を担ってきたニュートン、アインシュタインなどの物理学者たちの苦悩やひらめきを手がかりに、科学的思考とは何かを探る。彼らの足跡、科学法則を支える意味を掘り下げ、人間がいかにして科学という考え方を築き、受け継いできたかを明らかにしていく。
 
(この項おわり)
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