『シャーロック・ホームズと賢者の石』

五十嵐貴久=著
表紙 シャーロック・ホームズと賢者の石
著者 五十嵐貴久
出版社 光文社
サイズ 文庫
発売日 2009年12月
価格 544円(税込)
ISBN 9784334746940
シャーロック・ホームズ「ぼくは昔から鞭を武器として使っていてね。あれは下手な銃よりよほど役に立つものだ。よかったら、あれをもらってもらえないだろうか」(159ページ)

概要

シャーロック・ホームズと賢者の石
著者は、扶桑社の編集者から推理作家に転身した五十嵐貴久さん。
20世紀初頭のニューヨークを舞台に、シャーロック・ホームズと映画『インディー・ジョーンズ』シリーズの主人公、少年時代のインディを引き合わせた表題作をはじめとする、ホームズにまつわる「真実」を描いた4つの短編が収められている。2008年に第30回日本シャーロック・ホームズ大賞を受賞した。

あらすじ

シャーロック・ホームズと賢者の石
彼が死んだ理由――ライヘンバッハの真実
最後の事件」はワトソンの完全創作だった。どうしてホームズがモリアーティ教授とともにライヘンバッハの滝へ落ちなければならなかったのか――ホームズが問い詰めると、ワトソンは「金が欲しかったんだ」と言った。ワトソンはホームズを殺そうと計画していた――。
シャーロック・ホームズと賢者の石
最強の男――バリツの真実
ホームズは、兄のマイクロフトから来英しているブラジル大統領の暗殺計画を阻止してほしいという依頼があり、そこで小柄な十代のブラジル人に組み伏せられた苦い思い出を語る。彼は日本人のミスター・ジゴローにジュージツを学び、総合格闘技バーリ・トゥードバーリトゥード](バリツ)のチャンピオンになった有名な一族であった。ホームズは彼からバリツを学び、モリアーティとの対決で勝利する。
シャーロック・ホームズと賢者の石
賢者の石――引退後の真実
ワトソンは引退したホームズの転地療養に付き合い、ニューヨークを訪れていた。
「息子を助けて下さい」
古ぼけた大型のボストンバッグを手に飛び込んできた大男は、中世文学研究の第一人者、ヘンリー・ジョーンズ教授だった。ドイツ軍が教授が発掘した賢者の石を狙っているという。だが、三国同盟と三国協商がせめぎ合う第一次大戦前夜、ニューヨーク市警は迂闊にドイツ軍に手を出すことはできなかった。
ホームズの推理通り、少年は姿を現した。教授は「ジュニア」と呼びかけるが、少年は嫌な顔をする。ホームズが少年に語りかける。「君がジュニアと呼ばれるのが嫌だというのなら、インディと名乗りたまえ。すなわち、インディ・ジョーンズと」――。
シャーロック・ホームズと賢者の石
英国公使館の謎――半年間の空白の真実
1889年の日本。英国公使館で日本語書記を務める武田敬之助はアストンに呼び出され、公使館内で娼婦が惨殺された現場を見せられ、検死のために英語を話せる医者を探すように依頼を受ける。敬之助は英国留学の経験がある医師の吉田雀庵を連れて公使館に戻ってみると、アストンは解雇され、英国公使ヒュー・フレイザーは事件の報告を一切受けていないという。現場の部屋は何事もなかったかのように清掃されていた。
敬之助と息子の敬二は独自に真相を追求するが、じつは、ホームズが追っていた英国の猟奇事件に関係していたのだった。ホームズの鮮やかな推理を目の当たりにした敬二は、のちに岡本綺堂のペンネームで江戸の岡っ引が活躍する時代小説を書くことになる。

レビュー

シャーロック・ホームズと賢者の石
最強の男』でバリツのチャンピオンとなったのは歴史上の有名人。ワトソンが「バリツ」と聞き間違えたバーリ・トゥードも実在する総合格闘技。『賢者の石』に登場するジョーンズ父子は、スピルバーグの映画でお馴染み。年代的に辻褄が合う。『英国公使館の謎』は、ホームズが活躍していた時代にロンドンで起きた有名な未解決事件の話で、岡本綺堂も実在の人物。
いずれの短編も、正典との関係や、当時の世相・世界情勢を織り交ぜた珠玉の出来となっており、日本シャーロック・ホームズ大賞を受賞したのもうなずける。
巻末に、日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員の日暮雅通 (ひぐらし まさみち) さんが書いた「ホームズ・パロディ/パスティーシュの華麗なる世界」は読み応えがある。
それにしても、なぜシャーロック・ホームズは私の心を掴んで離さないのだろう――ジュブナイルながら、小学校の図書館で借りで正典を読破し、ジェレミー・ブレットが演じる「シャーロック・ホームズの冒険」を見て、多くのパロディ/パスティーシュ――最近ではアニメ「憂国のモリアーティ」か――を楽しんできた。
ホームズは決して正義の味方ではない。どんな難事件や陰謀を前にしても、ひたすら事実を追い求めようとする、ある意味、利己的な行動原理に共感を覚えているのかもしれない。
(2023年6月6日 読了)

参考サイト

(この項おわり)
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